外傷性TOS
病 態
胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome :TOS)は、神経原性(neurogenic)なものと血管性(vascular)のものがある事は知られている。TOSが外傷性の頚部軟部損傷に関与することは、1935年Ochsnerらが報告しており、井手らは、むち打ち損傷などの頚部軟部組織損傷後に肩甲帯、上肢のしびれ、痛みなどの神経原性TOS 症状を生じた症例が25%に認められ、TOSの病態に外傷性の要因があることを述べている。
外傷性胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome :TOS)は、頚椎の過伸展、過屈曲により頚部期の胸郭出口での斜角筋の瘢痕性線維化、腕神経叢周囲の瘢痕組織の形成により腕神経叢が圧迫を受けると考えられる。障害の部位によって症状は異なる。
TOS. (a)頚部後面を支える筋群の多くは、肩甲骨から発生する。表面には僧帽筋があり、インナーマッスルには肩甲挙筋、大・小菱形筋が付着する。これらの筋緊張がベースとなって、肩こり様の症状が発生する。(b)鎖骨と肋骨、斜角筋によって神経血管が圧迫され、上肢の冷えやしびれも生じる。
1)腕神経叢神経幹部での障害
(a)上神経幹の障害頚から肩にかけての痛み、斜角筋上方部でTinel徴候陽性など
(b)下神経幹の障害前腕と環指、小指の痛みとしびれ、斜角筋化法での腕神経叢でのTinel徴候陽性で、しばしば肘部管でTinel徴候陽性ともなる。
2)腕神経叢
鎖骨上窩または烏口突起下でのTinel徴候陽性で、それぞれ、内束、外束、後束での障害で尺骨神経、正中神経、橈骨神経優位のしびれと疼痛が出現する。
診断
Tinel徴候陽性
腕神経叢部でのTinel徴候が重要である。上肢の挙上支持によって腕神経叢の緊張を緩めた時に疼痛は軽減する。また、上肢を下方に牽引して腕神経叢の緊張を強めると症状の悪化を認める場合が多い。また、尺骨神経(肘部管)、正中神経(手根管)、橈骨神経(上腕骨外上顆部)にTinel徴候が認められることが多い。
Roosの3分間負荷テスト
患側の上肢を3分間、90°外転、外旋位を保持し、指の開閉を3分間継続させることにより、疼痛やしびれの再現や悪化を認める。
ほかに、Morleyテスト(鎖骨上窩の斜角筋参画を圧迫した際に、上肢への放散痛が生じる)、Adsonテスト(頚椎の回旋、伸展して深呼吸をした際に橈骨動脈の拍動が消失する)、Wrightテスト(上肢挙上外転の際に橈骨動脈が消失する)などがある。
文献紹介
目 的
外傷を契機にTOSが発症するとの報告はあるものの、そうした病態に対する詳しい記載、報告は少ない。福岡市民病院整形外科(以下、福岡整形外科)に来院した症例に対し、TOS症状を呈する例の特徴につき検討された。
対 象
1994-95年に福岡整形外科を受診した外傷性頚部症候群110例を対象とされた。TOSの診断は、有症状であり
1)Morley test
2)1分間Roos test
3)Wright test
のうち1)2)3)又は1)2)陽性で典型的なTOS、1)のみ陽性でProbable TOSとした。
単なる頚椎捻挫(N群)29例(男18例、女11例、平均年齢33.9歳)、Probable TOS(PT群)30例(男17例、女13例、平均年齢40.0歳)、典型的TOS(T群)52例(男27例、女24例、平均年齢34.0歳)について比較対照された。経過観察期間は1日―3年6ヵ月であった。
方 法
問診上から自覚症状、症状側、体型面から肥満度=(体重-標準体重)/標準体重×100、治療上から受傷から受診までの期間、通院期間、治療方法さらに頚椎病変との合併、MRI実施率を評価した。Xp所見上から両上肢下垂の状態での側面像を用い、頚椎の長さ=(単純X-P中間位、C1上縁―最下位椎体までの長さ)×0.9/身長、中間位の最下位椎体を確認された。C1―C7下縁に沿って引かれた線の垂線の角度を図るCobb法に準じて頚椎可動域、前弯度を測定、さらにC5―6前後径を比較検討し、病態として数値比較や統計解析を行われた。
結 果
事故原因は各群、追突事故が事故であり差はなかったが、PT群、T群は女性の比率、さらに30―50歳台例の比率(60.0%と52.0%)がN群(41.0%)より高かった。自覚症状においても頭痛、肩こり、上肢のしびれ、腰痛、めまい等が高く、症状側はPT、T群合わせて右11例、左23例、両側47例であった。体型面での肥満度の数値平均には差はなかった。治療上で、受傷から受診までの期間、通院期間は平均でT群、PT群が有意にN群より長く(P=0.05)、治療方法でも薬物治療以外に、PT、T群はTOS枕使用(60.0%と55.0%:N群14.0%)、運動療法(27.0%と37.0%:N群0%)などを主体としていた。頚椎病変との合併やMRI実施率もPT、T群に多かった。Xp所見上、頚椎の長さ%はT群がN群より有意に長く(0.3%)、170㎝の身長の人で約5㎜の頚椎の長さの差があることを示した。
最下位椎体もPT、T群は中央値、最頻値が共にTh1中~下縁で、N群はC7下縁~Th1上縁であった。頚椎可動域、C5-6前後径は各群差を認めなかったが、前弯度は平均で差は無いものの、後弯を呈する例の比率がT群(19/51、N群7/28)で高かった。
考 察
TOSの発症に外傷が関与する報告は、1976年Capistrantが頚椎捻挫に伴うTOSの35例を、1982年位はMartinenzが、Traumatic TOSと題し38例を報告した。1986年、Capistrantが再び外傷性頸椎捻挫の36%にTOSの合併があったと報告し、Traumatic TOSと表現した。本邦では外傷性とTOSの関連を記載した文献を目にすることはほとんどなく、外傷性胸郭で口症候群の症状や診断については知られていない。
福岡整形外科の報告からPT群、T群の特徴として、1)受傷から当院受診までの期間が長く、転医したり一般的な治療に抵抗する。2)通院期間が3―6ヶ月以上と長いことにある。しかし福岡の地域上の特徴から、事故直後の受信者が少なく、むしろ近医よりの紹介や難治性の症例が受診する傾向があることは1)2)の判断の際には考慮しなければならない。3)頭痛、しびれ、めまいなど症状が多彩で頑固である事、これはTOSに対する医療サイドの認識や社会認識の低さが、患者に不安や心理的ストレスを与えることも原因と考えられるし、また頚椎病変との合併やMRI実施率の高いことから、その病態の複雑さを反映しているといえる。4)頚が長く、なで肩の体型。5)女性、高壮年に発症しやすい。事故によるため運転の機会などから男性、青壮年者に多くなるのは当然であるが、その中でPT、T群の女性の比率、30―50歳台の比率が多い事は注目すべきと考える。6)Xp上頚椎は後弯傾向になりがちにて(全体としては前腕の比率が多いが)、さらに最下位椎体をTh1中~下縁まで確認できる事、以上が挙げられる。
外傷性TOSには2型あり、純粋に外傷のみで発症するタイプがある。頚椎病変にTOS合併したタイプがある。発症メカニズムとして、先天素因(頚肋など)、体型(なで肩)上のものは軽微な刺激により胸郭出口部の狭窄を起こし発症するのであろう。素因のない人でも強い直接刺激による斜角筋スパズムでの発症はあり得る。頚椎との合併タイプで、斜角筋支配神経(C5―7)の刺激症状による斜角筋スパズムによる狭窄も考えられ、その病態は複雑で、そのため治療も遷延し症状も多彩となる。
こうした外傷性TOSの病態を考慮し、頚椎捻挫の診断、治療に当たるべきである。
引用参考文献
遠藤健司他):むち打ち損傷ハンドブック 第3版、丸善出版、2018年1月
甲斐之尋他):外傷性胸郭出口症候群、整形外科と災害外科、47:(4)1169~1171、1998
吉田一也他):病態動画から学ぶ臨床整形外科的テスト 的確な検査法に基づく実践と応用、HUMAN PRESS、2021年1月