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橈骨遠位端骨折を診る上で必要な知識⑤神経
手掌への神経支配
手掌への神経支配パターン(Schmidt.Lanzによる)。この領域の感覚神経支配パターンは、正中神経と尺骨神経管の結合枝があることで特徴づけられている。以下の神経支配パターンがよくみられるものである。
左図が最も頻度が高い(46%)のは、正中神経と尺骨神経が尺骨神経の交通枝で結合されているケースである。
中図は変異の1番目としては(20%)。正中神経と尺骨神経が尺骨神経の交通枝と正中神経の交通枝両方で結合されているケースである。
右図は変異の2番目としては(20%)。正中神経と尺骨神経の間に交通枝がないケースである。
手における掌側面の感覚神経の固有あるいは共通感覚支配領域
重複のない固有支配領域は濃い色で示されている。手背の図と比較すること。
手背の支配神経
手背の皮神経
示指と中指および環指の橈側では、近位と遠位で違う神経に支配されている。
・遠位:正中神経からの掌側指神経の背側枝で支配
・近位:橈骨神経からの背側指神経で支配(示指と中指の近位指節間jtぐらいまで)、および尺骨神経からの背側指神経で支配(同様に中指と環指の近位指節間jtぐらいまで)
手背における斜骨神経、正中神経、橈骨神経の固有あるいは共通感覚支配領域
薄く色付けされた領域はそれぞれの神経から大部分の支配を受けている。それぞれの神経の感覚支配領域は、実際、近傍の神経の支配領域、すべての感覚がなくなるのではない。重度の、あるいは完全な感覚障害を示すのは、濃く色付けされている重複のない領域に限られている。
手・手jtに関与する3つの主要な神経
手・手jtには正中神経、尺骨神経、橈骨神経が分布しているが、これらの神経麻痺は外傷性と非外傷性に分けられる。非外傷性麻痺は、絞扼性神経障害entrapment neuropathy、あるいはいわゆる神経炎 neuritisによって引き起こされる。ここでは手の機能に影響を与える神経麻痺について記載する。
手の神経麻痺の主原因と症状
正中神経麻痺
原因は切創など開放創による受傷が多いが、肘周辺の骨折やVolkmann拘縮に合併することもある。絞扼性神経障害としては、回内筋症候群、前骨間神経麻痺、手根管症候群がある。
〔症状〕 手jt付近の麻痺では母指球筋の麻痺と正中神経領域の感覚障害を伴い、「低位麻痺」とよばれる。母指球筋が萎縮し母指の対立運動が不能となり、母指と示指の指尖をつけて作る丸(perfect O)が不整となる。
母指と手掌が同一平面にあるため、この変形を「猿手 ape hand」と呼ぶ。感覚障害は手掌の手掌の橈側、母指、示指、中指、および環指の橈側半分の手掌面に起こる。一方、肘より近位での麻痺では正中神経の支配筋全体の麻痺と感覚障害を伴い「高位麻痺」と呼ばれる。低位麻痺の症状に加えて、長母指屈筋、浅指屈筋、示指と中指の深指屈筋麻痺のため母指と示指の屈曲が不可能になり、中指の屈曲力が低下する。円回内筋、長掌筋と橈側手根屈筋の麻痺のため回内ができなくなり、手jt屈曲力が低下する。
橈骨神経
原因は開放性損傷に比べると非開放性損傷が多く、上腕骨骨幹部骨折に合併するもの、睡眠時の上腕部での圧迫や注射によるなどが多い。絞扼性神経障害としては、後骨間神経麻痺がある。
〔症状〕 障害部位により異なり、腋窩部での麻痺では上腕二頭筋以下の支配筋の麻痺と橈骨神経領域の感覚障害が起こる。上腕外側部での麻痺は高位麻痺ともよばれ、腕橈骨筋の麻痺の他に手jtの伸展不能、母指と他指のMPjtの伸展不能と感覚障害が認められる。首相を地面の方向に向けると手jtとMPjtが下垂し背屈できないため、この変形を下垂手 drop handと呼ぶ。
前腕部での麻痺は低位麻痺あるいは後骨間神経麻痺と呼ばれる。この場合、腕橈骨筋と長橈側手根伸筋は正常であり、手jtの伸筋は可能であるが、伸展時に手jtは撓屈する。また、母指と他指のMPjtの伸展不能がみられるが、感覚障害はないか軽度である。
尺骨神経
原因は開放創が多いが、上腕骨顆上骨折や内上顆骨折などの骨折に合併する非開放性損傷もある。絞扼性神経障害として肘部管症候群(遅発性尺骨神経麻痺)と尺骨神経管症候群(Guyon管症候群)がある。
〔症状〕 前腕以下の麻痺では小指球筋、骨間筋、環指と小指の虫様筋の麻痺と尺骨神経領域の感覚障害を伴い「低位麻痺」と呼ばれる。小指球と骨間筋に萎縮が認められ、環指と小指はMPjtが過伸展しIPjtが屈曲し、鉤爪指clawfinger変形を呈する。
環指と小指では虫様筋と骨間筋の麻痺に加えて、MPjtの過伸展により指伸筋腱の伸展力が末梢に伝わりIPjtの自動伸展運動は不可能である。MPjtを中間位あるいは屈曲位に他動的に保持すると、指伸展県の伸展力が末梢に伝わりIPjtの自動伸展運動は可能になる。骨間筋麻痺のため指の内外転運動が障害され、指の間に挟んだ紙は容易に引き抜かれる(紙引き抜きテスト)。また、母指内転筋の筋力低下を長母指屈筋が代償するため母指と示指で物を挟む際に母指IPjtの過屈曲を生じるFroment(フロマン)徴候がみられる。
感覚障害は手掌・手背の尺側、小指および環指の尺側半分に起こる。一方、深指屈筋への運動枝が分岐する部位より高位での麻痺は「高位麻痺」と呼ばれる。低位麻痺の症状に加えて、深指屈筋麻痺のため小指と環指のDIP関節の屈曲が不可能になる。手jt尺屈力が低下する。
正中・尺骨神経麻痺
損傷高位により両神経の低位あるいは高位麻痺の症状が合併する。すべての内在筋が麻痺するため示指から小指にかけてMPjtが過伸展しIPjtが屈曲し、鉤爪手clawhand変形を呈する。
感覚障害が手背橈側を除いて手全体に出現する。
絞扼性神経障害と神経炎
末梢神経が解剖学的狭窄部を通過する部位において慢性的な圧迫、摩擦、伸張、屈曲が加わることにより神経障害を絞扼性神経障害という。占拠性病変や炎症が加わることが発症の誘因になることもある。また、原因の明らかでない神経障害は、いわゆる神経炎と呼ばれる病態により引き起こされると考えらえている。
手根管症候群
手根管内における正中神経の圧迫神経麻痺で、最も頻度の高い絞扼性神経障害である。
屈筋腱腱鞘炎、手の過度の使用、血液透析後のアミロイドの沈着、妊娠などの前進油種、橈骨や手根骨骨折後の変形、ガングリオンなどの腫瘤形成が発症の要因となる。中年以降の女性に発症することが多く、時に両側性にみられる。症状は橈側指のしびれや疼痛、時に両側性にみられる。症状は橈側指の痺れや疼痛、時に母指の脱力を訴える。痛みと痺れは夜間あるいは明け方に強い傾向がある。正中神経低位麻痺の症状を出現する。
〔診断〕 麻痺の所見、手jt部の掌側で正中神経を皮膚の上から叩くことにより放散痛が得らえるTinel徴候、手jt掌屈位保持による正中神経支配領域の疼痛、あるいは痺れの増強(手jt屈曲テスト、Phalenテスト)
正中神経の皮膚の上から持続圧迫による症状の増強(正中神経圧迫テスト)、電気生理学的検査での正中神経の終末潜時の遅延などにより行う。正中神経の近位での圧迫、頚髄神経根障害や糖尿病性神経障害との鑑別を要する。
〔治療〕 継承あるいは中等度の例では、手jtを中間位に固定する装具を用いたり、副腎皮質ステロイドの局注を行う。筋委縮が存在する例、腫瘍など麻痺の原因が明らかな例、保存療法の効果がない例では、屈筋支帯を切離して正中神経への圧迫を取り除く。ガングリオンや滑膜炎があれば切除する。神経の除圧を鏡視下手術で行うことも試みられている。
前骨間神経麻痺
原因は円回内筋の深頭、浅指屈筋の起始部、破格筋である長母指屈筋副頭による圧迫や神経炎が考えられている。正中神経本幹が肘の遠位で円回内筋を貫通した後に前骨間神経が分岐する。本神経は長母指屈筋、示指の深指屈筋、方形回内筋を支配するため、これらの筋に麻痺が起こる。感覚障害はみられない。臨床的には母指IPjtと示指DIPjtの屈曲が不可能になり、腱の皮下断裂との鑑別を要する。
治療は自然回復する例もあるので6ヵ月程度は経過観察する。回復のない場合には神経剥離術あるいは腱移行術による再建を行う。
回内筋症候群
正中神経の本幹が円回内筋に入る部分での障害である。円回内筋症候群とも呼ばれる。正中神経の高位不全麻痺が出現する。前腕屈側に疼痛があり、前腕回内運動の反復によって増悪する。Tinel(ティネル)徴候が円回内筋の近位に存在する。麻痺が軽度のことが多く、手根管症候群と誤診されることがある。保存療法として装具により前腕の安静を保つ。効果がない場合は神経剥離術を行う。
尺骨神経管症候群〔Guyon(ギヨン)管症候群〕
尺骨神経管における尺骨神経の圧迫麻痺で、比較的稀な絞扼性神経障害である。手根骨骨折、ガングリオンなどの腫瘤、長時間のサイクリングでのハンドルによる圧迫などが原因になる。
症状は小指、環指の痺れや疼痛、あるいは鉤爪指変形や指の巧緻運動障害である。尺骨神経低位麻痺の症状が出現するが、感覚障害は主に手の掌側尺側のみに出現し、手背尺側にはない。これは上位の尺骨神経麻痺と区別する大事な所見である。診断は手背尺側の感覚障害を伴わない尺骨神経低位麻痺の存在と尺骨神経の終末潜時の遅延により可能である。急性発症例では数ヵ月で自然に回復することが多い。その他の例では手術による神経の除圧と原因の除去が必要である。
後骨間神経麻痺
橈骨神経の本幹は肘の前面で感覚枝である浅枝と後骨間神経と呼ばれる深枝に分かれる。この深枝の麻痺を後骨間神経麻痺という。原因は回外筋の線維性アーチ(Frohse arcade)、ガングリオンや脱臼した橈骨頭などによる圧迫や神経炎である。手jtの背屈はできるが指の伸展が不可能になる橈骨神経の低位麻痺を呈する。
画像診断により麻痺の原因を調べて、原因を明らかであれば早期に手術により除圧する。
引用・参考文献
坂井建雄他)監訳:プロメテウス解剖学アトラス解剖学総論/運動器系第3版、医学書院、2019年、1月
中村利孝他):標準整形外科学、第9版、医学書院、1993年、4月