【堺シュライクス】鬼の手
松本オーナーのツイートより
鬼の手と言っても地獄先生ぬ〜べ〜や福田周平の話ではない。
どんなスポーツでも見ている方は気楽なものだ。
やれそれぐらいボールを取れだの、三振するなだの、簡単に言えてしまう。
でもやってみるといかに大変なことかと思い知らされる。
ちょっと球場の外に出たボールを追いかけて走ったら次の日太もも裏が壮絶な筋肉痛に襲われた。
そしてシュライクス名物、ランメニューに参加したら盛大に転んだ。
なんというか本当にすごいよ彼ら。プロってすごい。
が、オーナーは手厳しかった。
東大入るより厳しい道だもんなぁ。しかも参考書なんてない道だ。資格試験を受けて「何点以上が合格」なんて明確な基準もない。自分の努力と結果と運が左右する道。怪我なく、頑張れ。と簡単なことしか言えない一ファンであることが何かと歯がゆい。
鬼
そんな厳しい世界に、シュライクスには「鬼」と呼ばれる人がいる。
藤江均。横浜DeNAでリリーバーとして活躍した男だ。
2月、練習が始まると黄色いノックバットを手に、野手相手にノックの雨を降らせる。通算打率.043の男が気持ちよさそうにバットを振っている。そもそもバットを持つイメージ自体があまりなかった(最後に打席に入ったのが2012年)のだが今や藤江コーチといえば「黄色バット」のイメージがついた。
(試合前ノック。右方向にホームランを放つ藤江コーチ)
モラハラやパワハラなんて言葉が踊る昨今。ついたあだ名は「鬼軍曹F」。
手を抜いている選手がいると見るや、怒りのスイッチに火がつく。
「オラァ!ちゃんと走れー!手ェ抜くな!」という声が響くのはすっかり練習名物となった。
かと思いきや良いところがあればすぐほめる。悪いところを指摘するときも、どこに原因があって、どこを修正すればもっと良くなるかを具体的にフィードバックする。ただ怒るだけの人ではない。
やるべきことをできてない。やらないといけないことをやっていない。そんな時に鬼になるのが藤江コーチだ。
くやしい
ある日。シュライクスは22失点して負けた。そのあと練習をしていたところを見学させていただいた。
野手が思い思いにバッティング、ノックと練習している中、投手陣は一部を除き、外野でとにかく走っていた。
当然藤江コーチの声が大きくなる。手にはこの日入場者特典として配られたハリセンがあった。渡してはいけない人に渡してしまっている感はある。
外野のポール間走。規定のタイムで走りきると言うものだ。一本走りきるごとに投手たちはその場に倒れこむ。そしてまた向こうに走っていく。
投手たちが走っている間、藤江コーチが私の方にきてこう言った。
「悔しい。悔しいよ、俺は。」
正直なんて声をかけて良いかわからない試合の後、口調こそ軽い感じだったが目は笑っていなかった。
その悔しいはいろんな意味を持っていると思う。単純に試合に負けたこと、受け持っている投手が失点を重ねたこと・・・この悔しさを晴らすには勝つしかない。
その情熱を超えろ
そんなハリセンを持つ藤江コーチの手を見る機会があった。
血豆だらけだった。決して選手をボコボコにしたわけではない。ノックバットをしこたま振った結果だった。
「今、野手やってた頃よりバット振ってるんすよ」
そうサラッと言った藤江コーチ。どう見ても投手コーチの手ではない。
ああ、この人は他人の為に協力を惜しまない人なんだな。その為に自分をここまで追い込んでいける人なんだ。ましてやこの人焼肉屋をやっているわけで、その仕事の前にとんでもない量のノックを打ったり、時にはバッティングピッチャーとして投げたりする。これをほぼ毎日繰り返しているのだから、舌を巻くことしかできない。
ちなみに藤江コーチと同じ1986年生まれの私だが、シュライクスの練習にフルで参加して、そこから仕事に行けと言われたら、多分3日も持たない。
もちろんなんでもかんでもというわけではない。2月、藤江コーチは選手にこう言っていた。
「俺はメニューを考えてお前らにやれ、と言うところまではできる。でもやるかやらへんかはお前ら次第や。やらへんかった時に後で困っても俺はどうすることもできへんからな」
藤江コーチの情熱を超えられるか。ただ練習をするだけで・・・という松本オーナーの話に戻るが、そこに行き着いていくのだろう。
努力の方向性と量、これは絶対だ。
負けたないねん!
その藤江コーチのグラブに刺繍されている言葉がある
「負けたないねん!」
またある日の練習中、JJがそれに気づきどういう意味なのかを藤江コーチに聞いていた。
「アイ ドント ライク ルーズ!」
JJが「Me too!」と言って気合を入れてバッティング練習を始めていった。
「それ『勝ちたいんや!』でよくない?」という大西監督のツッコミに「星野(仙一)さんのそのまま使うのアレなんで・・・」と藤江コーチ。
負けたないねん。今一番必要な心意気かもしれない。
しばらくして藤江コーチはグラウンド内を所狭しと駆け回っていった。いつもの通り黄色いバットを持って。
鬼の手は野球とチームへの想いが詰まったものだった。