中小企業に「効く」人事制度:データ分析で会社の行く末を語る
前回の記事は、経営者の背中を押すために必要な「人事制度の大原則」を自分なりに述べましたが、その中で今回は下記を取り上げます。
なぜ人事制度を刷新しないといけないのか。
経営者はいろいろとそれらしい言葉を並べますが、結局一番の問題と思っているのは「今の制度では人件費が膨らんで会社がもたない」と感じているからでしょう。
年功制からの脱却
人件費が会社経営を圧迫する場合の原因が”年功的賃金体系”であることが多いわけです。
なにせ、しっかりした人事制度がないと、毎年皆同じことをしていても普通評価がもらえ、毎年給料が上がっていくわけです。よほど優れた収益構造でもない限り、それは「新しい価値が生まれているわけでもないのに費用が増大していく」ということです。
若い世代が減り、プレーヤーが欠乏する中で、60歳手前の社員の給与がピークに達します。その50代がもっとも稼いでくれる人たちばかりなら給与に見合うのでなんら問題ないですが、単なるオペレーター、あまつさえ「入社以来ずっと同じ仕事をしている人」であっても給料が増大していくわけです。事業収入が拡大しない限り無理が生じるのは目に見えています。
そこで、過去に富士通などが無理くり導入したのが「成果主義」だったわけですが、それは要するにベテラン社員の賃金減らしでした。あまりにあからさまで、見事に失敗。そして今度は「ジョブ型雇用※」がバズワード化。次から次へと勇ましいのは良いのですが、それと対極とされる「メンバーシップ型雇用」にどっぷり浸かった地方の中小企業で働くひとたちには、そんな劇的な変化は到底受け入れられません。
そこで、「ある程度の定期昇給は残しつつ、社員の平均年齢が上がり続けても総賃金が抑えられる制度」(以下”課題X”)が望まれます。
そんな消極的な考えで良いのか。そう思います。会社の発展には投資が必要。会社の貸借対照表でも、貸方で調達したお金を事業に必要な資産に変えることで借方になっているわけです。そういう順番で然るべきが、こと労働に関しては、「自分らの給料は自分で稼げ」みたいな感じが普通なのが違和感あります。
そんなことも言いたくはなりますが、閑話休題、背に腹は替えられませんから、なんとか難題Xの解を見つけないといけません。
さて、課題Xの解を見つけるには、前提条件たる下記の設定が必要です。
「現制度のままでは将来に賃金がどれほど膨らむのか」
「どこまでの金額なら許容できるか」
さて、ここから先は、数学の話が多くなります。
経理で数学が嫌いな人はいないでしょうけど、人事には苦手な方がいるかもしれませんね。しかし、人的資本経営やHRテックといったワードがバズり、人事の仕事にコンサルの思想が注入された段階で、「人事はアナログな仕事」でもあるのと同時に、「戦略立案やデータ分析が仕事」となってしまったのです。
目をそらさず以下も読んでいただきたい。
現制度のままでは将来に賃金がどれほど膨らむのか
決算書を見る→将来を推定する
賃金は、決算書の「賃金・賞与・給与」といった科目から読み解くことができます。製造業などであれば製造原価の中に入っている直接部門の労務費と、販管費に入っている間接部門の費用がありますから足しましょう。経理部門に確認し適切に数値を拾い、自社の過去5年分ほどの推移を見てみましょう。
ところで、当然ですが、人件費と一番相関が高いはずなのは「従業員数」です。そこで、中期経営計画で示される3年後を見据えた場合、どれくらいの従業員数を見込むべきかを決める必要があります。
もし会社の事業体質として「従業員数」が「売上」または「営業利益」と相関が強いようであれば、必要な従業員数は、中期経営計画で目指す売上・利益指標から推定できるはずです。
このあたりの分析は、あくまで概算なので、単純な回帰分析レベルで十分と思います。回帰直線も一次関数だけでなく多少複雑なものもExcelでできてしまいます。下記の書籍が非常に参考になる…というよりここに書いてあることそのものをやれば大丈夫なので、絶対手元にあったほうが良いです。この本があれば、一ヶ月ぶんくらい仕事が早まります。
「今の制度のままではどの程度の賃金になっていくか」
私の会社の場合、まずは中期経営計画にて「売上高目標」及び「一人あたりの売上高目標」が示されてました。そこから必要従業員数が割り出されます。そこで単純に、「賃金と社員数の相関」から、「今の制度のままで従業員が増えるとどの程度の賃金になっていくか」を推定しました。
その結果が次のグラフです。(具体的な数字は黒塗り)
なんと相関係数Rが限りなく1に近いことがわかります。
新入社員もいれば定年退職する人もいて、定期昇給もしている。売上も変動している。にもかかわらずこれほど相関が強いのは、「平均年収がほぼ横ばい」であることにほかならず、「年功型賃金体系」であり、かつ「賞与は業績連動性がなくほぼ毎年一定」であることが類推されます。
ここで得られた回帰直線の一次関数をもとに、中計の売上に必要な人数から、「3年後の人件費予測」が計算できるわけです。
なお、実際は下記のような、時代的な上ブレ要因を加味しなければいけません(検討当時の状況)
ここで言う「人件費」は、社会保険などの福利厚生を含んだ金額で考える必要があります。これも法定福利費として過去の決算書から類推しても良いですし、現在の社会保険の会社負担割合から計算しても良いでしょう。
どこまでの人件費なら許容できるか
”現制度での3年後の人件費”が予測できたところで、「そのままで良いのか?」の判断が必要です。
「なんだ、その程度の人件費で済むなら、目標とする利益率の達成はイージーっしょ」となってくれたらよいのですが、そうなるかどうかは、「目標営業利益から目標人件費」を推定した上で、それと予測値を比較しなければなりません。
「目標営業利益から目標人件費」を推定
言わずもがな営業利益は売上と営業利益率で決まります。
「売上高=コスト+利益」ですから、売上と利益の目標値があれば、自ずと「コストの目標値」が出てきます。人件費もコストのうちなので、「人件費以外のコスト」を売上から推定できたならば(※)、「許される人件費総額」がみえてきます。
この手法は上での紹介した書籍に詳しく出ています。
しかし、これはそう単純ではありません。
ものを作ったり販売するなら仕入れが必要で、それは売上増加に伴い変動するでしょう(変動費)。
一方で、オフィスの維持費や特定のサービス利用費等は売上や従業員数にあまり影響を受けません(固定費)。
「※」の推定を”正確に”するためにはこれらを分けないとできないわけです。
しかし、私の会社の場合はそこまで正確に「人件費以外のコスト」を細分化して推定する必要はありませんでした。なぜなら特殊な収益構造の事業のため、コストの大部分が「人件費」だったからです。想定の誤りによって楽観的な結論が導かれないよう、人件費以外はすべて変動費と決め打ちして悲観的なケースで計算することとしました。
一方で、私の会社の場合は、設備投資を積極的に行う年とそうでない年があり、減価償却費の変動が大きいという特徴がみられました。そもそも減価償却費は、特に中小企業の場合、優遇制度を利用して早めに償却させたりなど、意図的にコントロールできる余地もあります。投資した設備が活用でき売上UPにつながるにはタイムラグもあるでしょう。
そこで、実績と業界平均をふまえて減価償却費は売上の10%と簡易化します。
このように、企業固有の要因を抱えたデータをそのまま使ってしまうと回帰分析の上で”外れ値”となってしまうので、必ずしも生データを使ったほうが正確だとも言えません。
それらを踏まえた上で、以下の通り計算を進めます。
相関係数Rは0.7弱です。これを強い相関があるとみるかは場合により異なりますが、2021年は役員クラスを採用したことによる就職エージェントの支払いがあったりして少し例外的にコストが上がったので、そうでなければもっと相関係数は1に近づいたはず。これで計算を進めることにしました。
上の図によって、目標売上高で想定される「人件費以外のコスト」が推定されたので、あらかじめ推定した人件費をそれに足せば、
「今の人事制度のままとした場合の将来の営業利益率」
が見えてきますし、逆に目標利益率から人件費を逆算すれば、
「中計で目標とする営業利益率を達成させるための人件費総額」
がわかります。
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さて、ここまで来て何をやっているのかわからなくなってきませんでしたか。向かっているのは下記の課題Xでした。
「ある程度の定期昇給は残しつつ、社員の平均年齢が上がり続けても総賃金が抑えられる制度」
つまり今回の計算によって、「今の制度では会社の利益がなくなる」ことがあらためて示され、「目標利益率達成のためには3年後に◯◯円に人件費が抑えられるような制度設計が必要」であることがわかった、というわけです。
なぜ人事担当がデータ分析するのか
いや、こんな面倒なことしなくても、このままだとやばいってのは目に見えてることでしょ?
そう思ったかもしれませんが、具体的にどこまでやばくて、どこまで制度でがんばらなければいけないか、を理屈として整理するのが大事なのです。そうでないと、初任給も、賃金テーブルも、賞与のベース月数も決めることができません。制度設計後に人件費をシミュレーションしたときに、その総額で良いのかどうかもわかりません。
もっと言えば、経営者にこれらを示してあげないと見えぬ敵を怖がるあまり「必要以上に渋い給与制度」を要求される恐れがあるわけで、そのときに社員への説明に苦慮し、ときに罵られるのは、人事制度の設計担当者たる自分自身なのです。
己を助けるのは、己の努力のみです。
さて、このデータをもとに、そもそも現在の制度の危うさを更に分析し、経営者に理解してもらいます。
つづく
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