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【読書録】『夫の墓には入りません』垣谷美雨

今日ご紹介する本は、垣谷美雨氏の小説『夫の墓には入りません』(2019年、中公文庫)(『嫁をやめる日』(2017年、中央公論新社)を改題。)。

垣谷美雨氏は、家族に関する社会問題などを鮮やかに描いた作品で知られる小説家だ。本書のほかに、著書に『結婚相手は抽選で』『夫のカノジョ』『老後の資金がありません』などがある。これらは、映画やテレビドラマの原作にもなっている。

本書『夫の墓には入りません』についてのAmazonの紹介ページに、以下の紹介文があった。

ある晩、夫が急死。これで嫁を卒業できると思いきや、舅姑や謎の女が思惑を抱えて次々押し寄せる。〝愛人〟への送金、墓問題、介護の重圧……がんじがらめな夏葉子の日々を変えたのは、意外な人物と姻族関係終了届!? 婚姻の枷に苦しむすべての人に贈る、人生逆転小説。『嫁をやめる日』を改題。〈解説・角田龍平〉

(以下、ネタバレあり。ご注意ください。)

あらすじをもう少し補充してみよう。主人公である夏葉子かよこは、若くして夫に急に先立たれた妻。現在44歳。46歳で死んだ夫との間には、子どもはいなかった。そんな状況で、夫亡き後も、嫁として、夫の両親やきょうだいの世話を一手に担うことを期待され、少しずつ外堀を埋められていく。

死んだ夫と法律上夫婦であったというだけで、夫の死後も、夫の家族の言いなりにならなければならないのか。夫への愛が既に消えていたとしてもか。子どももいないのに、夫の家の墓守をし、その墓に入らなければいけないのか。

この作品は、日本の伝統的な家族観の問題点を、ストーリー仕立てにして、鋭く浮き彫りにしている。特に、妻の目から見た、配偶者の家族、いわゆる「姻族」との関係を、リアルに描いている。とりわけ、「妻は、嫁として夫の家に従属する」という、伝統的日本的結婚観を、生々しくあぶり出す。

私が特に心に残ったのは、次のくだりだ。夏葉子の東京にいる実父が、夏葉子にかけた言葉を引用する。

「要はさ、夏葉子はつぶしてもいい人間なんだよ」

p223

「(…)お前はいつの間にか、何を頼んでも構わない便利屋の役割を背負うようになっている。いったんそういう役割になったら、みんな平気でいろんなことを押し付けてくる。つまりさ、『いい人ね』と言われながら、実は便利に使われている、軽く見られてんだ」

p224-225

夏葉子は、義実家から「つぶしてもいい人間」だと思われ、便利使いされているという。そう言われて、夏葉子はショックを受ける。その様子が、「喉がカラカラに渇いてきた気がした」(p224)と表現されている。

このくだりを読んだ私も、「つぶしてもいい」という言葉の持つ残酷さに、同様にショックを受けた。

この義両親と同じように、嫁を「つぶしてもいい」と考えている夫側の家族は、実は、世の中には、今でも多く存在するのではなかろうか。しかも、何ら悪気なく。特に、古い世代の義母たちは、自分自身が婚家に「つぶされ」てきたために、それが嫁というものの在り方だと無意識に脳内に刷り込まれているかもしれない。

物語が進むにつれ、夫の死後、何かと周囲に流されがちであった夏葉子は、少しずつ自我を取り戻し、自立に向けて進んでいく。読みながら、夏葉子のことを強く応援する気持ちになった。

ところで、本作品では、「姻族関係終了届」という手続きが登場する。配偶者が死亡した後に、姻族との関係を法的に終了させる手続きだ。これが本作品の鍵となる。

この手続きは、世の中ではあまり知られていない。この手続きを利用する人も、極めて少ないようだ。本作品に出てくる、役所の戸籍住民課窓口の若い男性職員も、この手続きを知らなかったという設定になっている。

この手続きは、夏葉子のような未亡人には、強い味方、救世主となる。夫を亡くした妻ばかりでなく、妻を亡くした男性でも、利用できる。配偶者に先立たれた者が、婚家に縛られることなく、ひとりの人間として、その後の自分の人生を自由に生きるために、この手続がもっと活用されてもよいのではないかと感じた。

そして、この小説は、地方や田舎における閉塞感をも浮き彫りにする。この物語の舞台は、長崎だ。東京出身の夏葉子は、義実家のある長崎で夫と暮らしていた。東京と異なり、地方では、古くからの価値観に支配されている人々がまだまだ多い。そして、同調圧力もとても強い。地方において、その土地の多数派と価値観が合わないことがどれほど息苦しいかについても、生生しく描かれている。

私は、地方の田舎出身で、強い男尊女卑のカルチャーの中で幼少期を過ごした。私の夫はリベラルだが、夫の親は地方の田舎出身で、やはり男尊女卑的な価値観を持つ。私たち夫婦には子どもがおらず、夫には男のきょうだいがいない。そのため、夫の家系を、子孫に継続させることができない。そんななか、万一、今この時点で夫に先立たれたとしたら、夫の親の面倒を見て、夫の墓に入らなければならないのか。そう想像すると、本作品のストーリーは、私にとって全く他人事ではない。だからこそ、この作品が特に私の心に刺さったのかもしれない。

本作品は、エンターテインメント的な家族小説としても面白いが、それだけではなく、結婚や家族の意味について本質を問う深さがある。姻族との関係に疑問を持っている方、地方の同調圧力に悩まされている方などには、特におすすめしたい。ご自身の立場と重ね合わせながら読むと、色々と気づくこともあるかもしれない。

ご参考になれば幸いです!

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サザヱ
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