【山田将司】2020年11月7日(土)club SONIC mito 「THE 茨城愛-online -」~愛はライブハウスを救う~【ライブレポート】
【山田将司】
「THE 茨城愛」最後の出演者はかすみがうら市出身の山田将司だ。
スズケンと須藤マネージャーが敬愛している、日本を代表するロックバンドTHE BACK HORNのボーカリストである。
ソロ名義ではサントリー「鏡月」のTVCMソング「きょう、きみと」をリリースしている。
また今年、新型コロナウイルスで苦しむ水戸の音楽シーン活性化のために「ヒカリノハコ」プロジェクトが立ち上がった。その発起人としてCOCK ROACHの遠藤仁平と共に名を連ねている。
すいたんすいこうとはラジオ番組にゲスト出演するなどの交流があり、今回満を持して出演となった。
全身黒で統一した衣装の山田がステージに立つと、場の空気が引き締まる。
バンドではほとんど楽器を持たないが、ソロ名義ではアコースティックギターで弾き語る。
ソロライブの時のみ演奏される楽曲「寂しさに明け暮れて」でステージは幕を開けた。
冒頭はアルペジオでギターを鳴らし、休符の余韻で俯きながら、ボソボソと語るように歌う内容に衝撃を受ける。
それは〈寂しさに明け暮れて 欲望の扉開け放ち 痛めつけた己の心を 誰かに重ねて優しくなれたつもり〉と自責した後に〈ごめんなさい〉と謝るからだ。
その瞬間こちらに向かって謝られているような居心地の悪さを覚えた。
このように救いが見えないのだが「同じ気持ちで生きている人がいる」と感じ、逆に救われたような気持ちになる不思議な曲だった。
続いては、所属バンドTHE BACK HORNの楽曲「月光」だ。
ダークなアルペジオとノスタルジックな歌詞に続き、〈あなたがいる世界は美しいから〉と優しく肯定してくれる曲だ。
タングステン色の薄暗くシンプルな照明が曲の世界を引き立たせている中、曲の締めに美しいハーモニクスが響いた。
冒頭2曲は俯きがちに歌い、自分の心と対峙するような緊張感があったがMCになると「今まで何度かお誘いをいただいていたんですけど、スケジュールが合わなくて初出演です。SONICはバックホーンでも一回もやったことがなくてすごくワクワクしてきました」と出演を楽しみにしていたことを伝えた。
ソロ名義で唯一リリースされている楽曲「きょう、きみと」はサントリー「鏡月」で石原さとみが出演していたことで有名なCMソングである。
耳に残るメロディと、きみへの想いを「鏡月」にかけた〈きょう〉という歌詞のリフレインが印象的なラブソングだ。
続いてバンドの楽曲「キズナソング」を、このコロナ禍で演奏したことに強いメッセージを感じた。
それは〈誰もがみんな幸せなら 歌なんて生まれないさ だから世界よ もっと鮮やかな 悲しみに染まれ〉と歌うからだ。
確かに、悲しみに染まったコロナ禍で歌は生まれた。
今回は演奏されなかったが緊急事態宣言中の5月、バンドでリモートレコーディングしたミディアムバラード「瑠璃色のキャンバス」が6月にリリースされている。
人と人のキズナを歌うこの曲は〈苦しくたってつらくたって 誰にも話せないなら あなたのその心を歌にして 僕が歌ってあげるよ〉と、何度も訪れる悲しみに寄り添おうとしてくれている。
だからこそ、その歌に寄りかかることができるのだ。
ここで、直前に出演していたマシコタツロウの「ハナミズキ」を聴いたことがきっかけで、予定していた次の曲を変更するというエピソードがあった。
「マシコ大先生、作曲家先生とあえて丸かぶりをしてみようかな」と話し、山田も急遽「ハナミズキ」を演奏したのだ。
実は山田はこの曲をソロライブで何度か演奏している。
鼻と目尻にしわができるくらいに歪めた表情と、湿度の混じった澄んだ声からは、爆発しそうな抑えている感情が伝わる。
そして〈君と好きな人が 百年続きますように〉という歌詞は、マシコが語った楽曲の誕生秘話を踏まえて聞いた時と同じく、またハナミズキが持つ永続性という花言葉も心に染みわたった。
また「THE 茨城愛」だからこその選曲もあった。
「『茨城愛』ということで、マシコさんも言ってましたけど『茨城県民の歌』は県南よりということで。個人的に県南出身なので『茨城県民の歌』を」
まさかの選曲に、すいたんすいこうが笑う声が聞こえる。
それぞれの出演者がさまざまな形で「茨城愛」を表現してきたが、山田がこのような形で「茨城愛」を表現するのは驚きだった。しかしこの選曲は納得だった。
山田は水戸ライトハウス店長の稲葉茂と、東日本大震災の後に風評被害にあった茨城の名産を支援する目的で「よかっぺBAR」と題した音楽イベントを不定期開催している。その会場のBGMで「茨城県民の歌」がリピート再生されているのだ。
山田は曲によって声の表情が自在に変化する。
〈茨城 茨城 我らの茨城〉たくましく、艶のある響きで茨城愛を叫ぶ。
「郷土の自然や、輝く歴史と伝統を讃え、躍進する茨城の理想」をテーマにしたこの県民歌を歌うことで、最下位が常連の「都道府県魅力度ランキング」に対するリベンジを誓っているように見えた。
この曲でステージの空気が柔らかくなり、山田も歌いながら笑みを浮かべていた。
次のMCでは、東京に出てからわかる地元の良さや、「ヒカリノハコ」プロジェクトについて話した。
茨城の40人を超えるアーティストが参加している第一弾シングル「命の灯」が絶賛配信&発売中であることや、本日出演したane-moneの大谷修登もこの楽曲に参加していることが伝えられた。
「無観客のライブは、これはこれの良さもありますけど、やっぱり目の前に人がいて、一緒にエネルギーの交換ができる場所が早く戻ってきて欲しいというのが正直な気持ちです。春くらいには可能な状態に……なって欲しいなという願いを込めて」そう話して次に演奏した「舞い上がれ」は、ラジオ番組の企画で受験生に向けて作ったバンドの楽曲である。
力強いストロークで〈舞い上がれ 壁を越えてゆけ 桜咲く頃に笑い合えるように 乗り越えてゆけよ〉と歌う。
それは、目の前の人に向けたライブができないこの現状を嘆きつつも「ライブハウスでまた笑顔で会いたい」という気持ちが画面越しに伝わるものだった。
コロナ渦の先を想う共通した気持ちが、有観客ライブへの希望に繋がり胸が熱くなった。
最後のMCでは、つらいことがあると「生きていくことが嫌になる人もいっぱいいるだろう」と語った。
その中で「本当につらい時は寄り添って欲しいし、溺れないようなフットワークの軽さみたいなものを、音楽でみんなと共有できたら」と音楽への想いを語り、最後に喜納昌吉の「花~すべての人の心に花を~」を演奏した。
この曲はソロライブの最後によく演奏されている。
原曲よりもスローテンポで〈泣きなさい 笑いなさい いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ〉と、時に踵を鳴らしながら歌っている姿を見ていると、赤いハイビスカスが心に浮かんだ。
笑うだけではなく泣くことさえ栄養にして花を咲かせていることが、ステージに立つ山田の姿と重なった。
ライブが終了すると、すいたんすいこうがMCとしてステージに上がった。
芸人と並ぶ姿は異様であったが、くろちゃんが「お上手ね~」とボケると「緊張しちゃった」「弾き語りで無観客ライブをやるのがたぶん初めてで」と和やかなやりとりがあった。
スズケンのトレードマークである「茨城愛」と書かれたネクタイが入った衣装袋は、10年以上前にTHE BACK HORNの物販で購入した袋である。スズケンが「今日は山田さんに見せたい」とイベント序盤に発言していた通り、ロゴが剥げてボロボロになった衣装袋をステージで見せると、山田が「どこのバンドのですか」とボケるレアなシーンが見物だった。
配信中に投げ銭ができるシステムがあり、投げ銭があるとすいたんすいこうがセンブリ茶を飲むというルールがあった。
配信の終盤にも投げ銭があったため、山田もセンブリ茶を身体に良いものだし飲んでみたいという希望があった。
サプライズとしてステージに呼ばれていた須藤マネージャーも含めた4人がセンブリ茶を同時に一気飲みをする。
「こんな感じか」と苦い顔をする山田の姿は、ここでしか見ることができないものだった。
そして、そのまま画面の向こうの観客に手を振りながら「THE 茨城愛」が終了した。
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セットリスト
1.寂しさに明け暮れて
2.月光
3.きょう、きみと
4.キズナソング
5.ハナミズキ
6.茨城県民の歌
7.舞い上がれ
8.花~すべての人の心に花を~
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最後に実質このイベントを取り仕切っており、4月からSONICを支援していた須藤マネージャーが語った言葉で締める。
「わたしはライブハウスが大好きで、大好きな場所がなくなって欲しくないという想いで支援活動をやっております。小さい力ですがこういったものをどんどん続けて、次はお客さんを入れて大きいイベントをやりたいと思いますので、よろしくお願いします」
次は有観客で進化するであろう「THE 茨城愛」に期待したい。
文:池田小百合
写真:フナバシケンイチ