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ル・マンの甘美な思い出(フランス恋物語⑧)
Stageのお知らせ
合気道道場に入会し、だいぶ慣れてきた頃。
道場の掲示板に、Stage(スタージュ)のお知らせが貼ってあるのを見つけた。
このスタージュというのは、日本語に訳せば合同稽古で、「フランス国内から同じ流派の会員たちが集まり、共に稽古をする行事」のことだ。
会場はトゥールから北東約100kmの所にあるル・マンで、「ル・マン耐久レース」という名前は聞いたことがあったけど、自分とは無縁の街だと思っていたので不思議な感じがした。
私は合同稽古でよその会員と交流するのは好きなので、是非参加したいと思った。
先生が会員たちに出欠を聞いていたので、私は参加を名乗り出て質問をした。
「参加希望です。ル・マンまではどうやって行くんですか?宿泊するんですか?」
「この会員の中の誰かが車に乗せてくれるから大丈夫よ。宿泊はしなくても日帰りで帰れるし、どっちでもいいんじゃない?」
とのこと。
合宿みたいな感じでみんなで一緒に泊まるのなら楽しそうだけど、100kmなら日帰りできるし、そのまま帰ることになりそうだな。
それにしても、今回も誰か車に乗せてくれるって本当にありがたい。
普段の週3日ある稽古だって毎回誰かが送迎してくれてるし、ここの道場の人たちがみんな親切すぎる。
こんなに甘えていいのかしら・・・。
驚愕の親切
次の稽古の日、先生はセバスチャンを紹介しながら私にこう言った。
「ル・マンへのスタージュは、セバスチャンが車に乗せていってくれることになったわよ。」
私はセバスチャンに「よろしくお願いします。」と挨拶をした。
一緒に稽古をしたことはあるけど、ちゃんと話すのはこれが初めてだ。
そのセバスチャンが、驚愕の超親切な申し出を提案してきた。
「僕はスタージュの後、ル・マンにある実家に泊まるんだけど、君も一緒に泊めてあげるよ。」
「C'set vrai?」(本当?)
フランス語の語彙力がない私は遠慮の言葉を知らず、ただ驚きのフレーズを口にするしかなかったのである。
セバスチャンとのドライブ
スタージュ当日の土曜日の朝、私はセバスチャンの車に乗せられ、一路ル・マンへ向かう。
一応、交通費や宿泊費を払おうかとか言ってみたが、「いらない。」と断られた。
渋滞知らずの高速道路に乗って、車は北東へどんどん進んでいく。
先日、合気道仲間のアルノーの失恋で懲りた私は、もうメンバー内で好きな人は作らないぞと強く心に決めていた。
セバスチャンは整った顔を持つ25歳だが、無口でほとんど話さないし、2人きりで車でいても気になることはなさそうでホッとした。
とはいえ、ずっと沈黙も気まずいので、今悪戦苦闘しながら覚えているフランス語の動詞の活用を一緒に暗唱してもらったりした。
これなら勉強にもなるし、場も持たせられるから一石二鳥!!
フランス語は動詞の活用が多様で、人称によって変化していくから、覚えるのが厄介だ。
私は特に”nous”(私たち)の活用が苦手なので、それを中心にセバスチャンと交互になって大きな声で暗唱した。
今走っている高速道路上で、これほど健全なドライブをしている男女は、きっと他にいないだろう。
合気道合同稽古
スタージュの会場は大きな体育館で、フランス中から100人以上の会員たちが集まっていた。
稽古の内容は、今まで日本やトゥールでやってきたものとは違っていたが、それがまた新鮮で面白かった。
そして、やはりフランス人男性は技のかけ方がレディファーストだなぁと感心した。
そして、この日一番印象に残ったこと。
日本では道着や袴に名前を刺繍するのが一般的なのだが、フランス人も無理矢理自分の名前を漢字に当てはめて刺繍をする(例:安麗紅山努留=アレクサンドル)ものだから、その部分だけヤンキーの特攻服みたいになっていたのが面白かった。
やはりフランス人が日本文化に興味を持つと、漢字を使いたくなるものなのだろうか・・・。
親切すぎるセバスチャンの実家
スタージュが終了すると、同じ道場の仲間とはさよならの挨拶をして、再びセバスチャンの車に乗り込み、彼の実家へ向かった。
そのおうちは広い庭を持つ大きな一軒家で、いかにもお金持ちそうな印象を受けた。
実家に着くとちょうどディナーの時間で、まもなく私もテーブルに招かれた。
こうして、彼の祖父母、両親、セバスチャン、そして私、という不思議な組み合わせで、ディナーが始まった。
この風景を見て、「私の実家なら、婚約でもしないかぎり子どもが異性を実家に泊めることなんてなかったよ」とカルチャーショックを受けた。
そして、運ばれてきた料理が、豪華なフランス料理のフルコース!!
前菜から始まり、スープ、メインの魚と肉、チーズ、デザート、コーヒー・・・と一つ一つ丁寧に運ばれてくる。
ワインも勧められたので、1杯だけいただいた。
いつもこんな料理を食べているフランス人はすごいな~、さすが美食の国だなと感心した。
料理はどれも美味しいし、食べきれないくらい量も多くて、こんなのタダでもらっていいの!?と私は恐縮しきりだった。
長旅と稽古で疲れた私はフランス語の会話に入る気力は残っておらず、ただ食べているだけの不愛想な客だったが、そんな私でもみんなすごく優しく接してくれた。
この人たち、なんでこんなに親切なの?
とにかく私は不思議でしょうがなかった。
驚きの宣告
やっと食事がお開きになり、この家は大きいしゲストルームに案内されるのかな~?と思っていたら、セバスチャンの母から驚きの宣告を受けた。
「今夜、あなたは娘のカミーユと一緒に寝ることになるから。」
えぇ~!!私、会ったこともないお嬢さんと一緒に寝るの!!
予想外の展開に、私はこの日で一番驚かされた。
セバスチャンの母は、「カミーユは18歳の大学生で、今友達と食事に行っているけど、もうすぐ帰ってくるわ。」と紹介した。
そして、「あなたは、先にシャワーを浴びて、カミーユのベッドで寝てて。」と言われたので、そうすることにした。
シャワーを浴びて着替えると、カミーユの部屋に入った。
そこにはシングルベッドが一つしかなく、会ったこともない外国人の私のために、狭い思いをして寝なきゃいけないカミーユを不憫に思った。
女の子と一緒のベッドで寝るなんて、高校の時友達の家に泊まって以来だ。
私のせいで熟睡できなかったら悪いな、と心配した。
ベッドに入って色々考えていたら、トントンというノックの音の後、カミーユらしき人が入ってきた。
・・・そこには、映画のスクリーンからとび出たような超絶美女が立っていた。
カミーユとの同衾
私は、こんな美女と同衾するのかと思うと、めちゃくちゃ緊張した。
カミーユがベッドに入ってくると、私たちは向かい合って挨拶をした。
お互いに簡単な自己紹介をした時、私が日本人だと言うと、彼女は「Super!」(シュウペール)と歓喜の声をあげた。
そして、「自分がいかに日本の漫画やアニメが好きか」を力説しだし、その見た目とのギャップに私は驚いた。
漫画を原版で読みたくて、日本語の勉強も頑張っているという。
「”ちゃん”と、”くん”と、”さん”の違いってなぁに?」と聞くので、私は丁寧に教えてあげた。
そんな話をしているうちに、カミーユは「あなたは、私の好きな漫画の主人公に雰囲気が似てる。好きだわ。」と言った。
その漫画を私は知らないけれど、日本人女性の名前だったので、和顔の私はイメージに合ったのかもしれない。
どんな理由であれ、見惚れるような美女に気に入られたのは嬉しかった。
「私もあなたが大好き。女優のように綺麗だわ。」と、その美しさを礼賛した。
私たちは目を合わせると、照れながら微笑んだ。
「そろそろ寝ようか。」と言うと、彼女はいたずらっぽく私の唇にキスをした。
生まれて初めての女の子とのキスは、忘れられない甘美な思い出になった。
Message
翌日セバスチャンに送られ、無事トゥールの自宅に着いた。
鍵を出そうと鞄を見たら、プリペイド携帯にショートメールが入っていることに気づく。
そこには、ジュンイチくんから「今週末、シノンに行ってもいいよ。」というメッセージが入っていた。
このお出かけは、2人にとってさらに大きな転機となるのである。
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