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マルタの仲間たち(フランス恋物語85)

The first class

10月12日、月曜日。

今日は、マルタの語学学校初授業の日だ。

私は少し緊張した面持ちで、今から初めての授業を受けようとしている。

クラスメイトを見渡すと10人くらいで、私以外は全員ヨーロピアンのようだ。

褐色の肌と黒髪を持ちスペイン語を話していたので、彼らはスペイン人だということが判明した。


9時ピッタリに、担任の先生が入ってきた。

彼女はドイツのメルケル首相にそっくりの貫禄のある女性だったので、私は”メルケル”とあだ名を付けた。

彼女は、騒ぎ続けているスペイン人グループを一喝していた。

彼らは、大学のプログラムで3ケ月間ここで学ぶ予定の学生だということだった。


「今日は新しい生徒が入ったので、自己紹介をしてもらいます。」

入学者用のオリエンテーションで見かけた顔がいなかったので、てっきり自分だけだと思っていたら・・・私以外にもう一人いた。

先生に呼ばれ、彼女は自己紹介を始めた。

Clara

彼女の名は”クララ”で、22歳の大学生だと言った。

父はフランス人、母はドイツ人のフランス人で、ドイツ語も話せるという。

スペイン人が占める我がクラスにおいて、フランス人の彼女は同じヨーロピアンの中でも異彩を放っていた。


「フランス人がクラスメイトにいる!!」

私は嬉しくなって、授業が終わったら彼女に話しかけようと思った。

これはまるで、トゥールの語学学校で日本人を見付けた時と、まったく同じ心理だ。

たった10ケ月フランスに住んだだけで、自分にとってこの国は”第二の故郷”のような気持ちになっていた。

・・・それはとても不思議で嬉しい感覚だった。


1時間目が終わると、私は早速クララに話しかけにいった。

「あぁ、やっとこれでフランス語で心おきなく話せる・・・。」

そう思って、フランス語で挨拶したら、

「Let's talk in English in Malta.」

とピシャリと跳ねのけられてしまった。

確かに、彼女の言うことは正論で、悪いのは100%私だ。

また、クララは「私は母がドイツ人だからドイツ語も少し話せるけど、そのせいで英語と混じって悩んでいるの。」と打ち明けた。

フランス語と英語が混じって悩んでいる私と同じではないか!!


彼女はフレンドリーに接してくれて、卒業日が同じ2週間後だとわかると、「一緒の飛行機でパリに帰りましょう」と誘ってくれた。

これをきっかけに、私とクララは仲の良いクラスメイトとなるのである。

French >English

授業を受けてわかったことは、英語の読み書きとリスニングはできるが、「いざ話そうとするとフランス語が邪魔をする」という問題が自分にはある、ということだった。

メルケルから質問をされて返答をしようとすると、フランス語が喉まで出かかって何度も難渋した。

・・・この時、私は気付いた。

今、自分の脳内は「日本語以外の言語=フランス語」となっている。

私のような語学が苦手な人間が英語を習得するには、慣れ親しんだフランス語を一旦捨てなければならない。

それは私にとってとても惜しく、また難しい問題だった。


でも、せっかくここまで来たんだし、日本に帰国すればフランス語より英語の方が重要視されることはわかりきっている。

たった2週間でどれだけできるかわからないが、私は自分からフランス語を抜き、英語をインプットすることに努めようと思った。

世の中のトリリンガル以上の人ってどういう脳の構造になっているのか・・・私は本当に不思議で仕方がなかった。


ある時、授業中の発言で、”same”と言うつもりが、とっさにフランス語の”même”が出てしまった。

”セイム””メイム”・・・音は似ていて、意味は”同じ”だ。


メルケルは、”same”と訂正しながら言った。

「レイコやクララのように別の言語を学習中の人に、他の国の言語の単語が出てきてしまうのは、よくあることなの。

英語とフランス語、英語とドイツ語は似ているからね。

でも、今は英語を覚えなきゃいけない時だから、もうひとつの言語は一旦忘れましょう。」

・・・さすが、ヨーロピアンがこぞって英語留学に訪れるマルタ。

私のような悩みの生徒は、今までにもたくさんいたようだ。


そういえば、英語が堪能なミヅキちゃんが、「フランス語を話そうとすると、英語が混じって困る」とよく言っていたのを思い出した。

今はフランス人彼氏の協力の元、だいぶ克服できたようだが

みんなそうやって苦労して、他言語をマスターしていることを忘れてはいけない。

Cafeteria

9:00から12:30までという長い1時間目を終えて、私とクララはランチを食べにカフェテリアに向かった。

そこにはルームメイトのヨハンとその友人もいたので、私たちは彼らと一緒に食事をすることにした。

ヨハンと一緒にいた友人は、ドイツ人男性と・・・なんともう一人は日本人女性だった。

「ここにも同胞がいた!! しかも女性!!」

この時の安心感と言ったら、なかった。

ヨハンと同じクラスということは、きっと2人ともかなり上級レベルなんだろう・・・。


私たちはサンドウィッチなどを食べながら、楽しく会話した。

しかし、「ここでもフランス語が出てくる問題」に、私はぶち当たった。

隣の席だったドイツ人男性は事情を察して、私のためにフランス語に切り替えて話してくれた。

彼のフランス語はとても流暢で、「ドイツ人が英語が得意なのはよく聞くけれど、『ゲルマン系のドイツ語とラテン系のフランス語は似てない』とも聞く。それなのにこの人、フランス語も上手いってどういうこと!?」と、尊敬すると同時に、そこまで合わせてもらっている自分が情けなくなった。

「あぁ、私はこの2週間で、どれだけ英語が話せるようになるのだろうか・・・。」


ランチタイムの最後の方で、私は日本人女性に挨拶した。

彼女はカオリさんという名前で、42歳の独身と言っていた。

優しくて感じの良さそうな日本人女性で、彼女と知り合えたことは大きな安心感に繋がった。

カオリさんは同じアパートに住んでいるというので、「また、部屋に遊びに行きますね。」と約束した。

Internet

夕方の授業が終わったのは、16:15だった。

クララも同じアパートだというので、私たちは一緒にスーパーに寄ってから自宅に帰った。


帰宅すると、先に帰っていたヨハンがリビングで寛いでいた。

私は昨夜、自分が持って来たノートPCにネットが繋がらなくて困っていたのを、ヨハンに相談してみた。

「おかしいな。僕のは使えるのに・・・。」

早速リビングに自分のノートPCを持ってきて、見てもらうことになった。

まず彼のためにパソコンの言語を日本語から英語に変更するのに時間がかかり、英語に変えた後、彼は色々試してみたが、結局ネットは繋がらないままだった・・・。

ヨハンは申し訳なさそうに言った。

「力になれなくてごめんね。

日本語は出てこないけど、僕ので良かったらパソコンを貸すよ。」

私は彼の親切に感激した。

「ただのルームメイトにここまでしてくれるって、なんて優しい人なんだろう・・・。」


そう言われて思い出したのが、心配性な日本の両親だった。

「じゃ、母親に『無事マルタに着いた。』ってメールを送りたいから、少しだけあなたのパソコンを借りていい?」

ヨハンは「もちろんだよ。」と笑顔で応えた。


Johan

この夜、私は寝る前に今日あった出来事を色々思い出していた。

新しく出会った、学校の仲間たち。

自分の中でのフランス語と英語の葛藤。

そして、優しすぎるルームメイトのヨハン・・・。


FACE BOOK創業者、マーク・ザッカーバーグ似のヨハンは一目惚れするほどのイケメンではないので、昨日初めて会った時、私は安心しきっていた。

でも、夕方のネットの相談ですごく親切にされて、もう彼に依存しそうな自分に気付いた。

ルームメイトの男の子に恋するなんて、それだけは断じて避けたい。

あと2週間、私は平常心を保って生活していけるのだろうか・・・。


人生初の異性とのルームシェア。

・・・それは私にとって未知の世界で、予想外の出来事を引き起こしてしまうのである。


ーフランス恋物語86に続くー


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