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同胞との出会い(フランス恋物語②)

トゥールで始めた新生活

大晦日にフランスに到着した私。

フランス生活スタートの地は、フランス中部の地方都市・トゥールを選んだ。

知人のツテで4月からパリのアパルトマンを借りられることになっていたので、1月から3月はあえて違う街に住んでみようと思ったのだ。


トゥールを選んだ理由は3つある。
1. かつて王様が住んでいた古都で、お城巡りに最適な立地。
2. フランス一発音が美しいとされる地域。
3. 友人お薦めのフランス語学学校に通うため。

この学校は私の親友・咲紀ちゃんの母校で、前から「この学校はいいよ」と薦められていた。

そんな咲紀ちゃんはフランス人の優しい旦那様と結婚し可愛い女の子に恵まれ、まさに私の理想とする家族を持っていた。

同じ学校に行ったからと言って、咲紀ちゃんにあやかれるわけではないけれど・・・。

ホストファミリー

住まいは、学校が用意してくれたホームスティ先にお世話になることになった。

ホストファミリーは老夫婦で、結婚して出て行った娘の空き部屋を留学生用に貸しているようだ。

「雑誌から抜け出したようなオシャレな部屋と、美味しい料理」を提供され、私は最大限の敬意と感謝の念を持って老夫婦と接しなければと思った。

私は彼らを、”ムッシュウ”、”マダム”と呼んだが・・・問題は会話の中で使う”あなた”という言葉だった


フランス語の単数の二人称の呼称は、tu(フランクな言い方の”君”)vous(敬意を持った言い方の”あなた”)の2種類ある。(※相手が複数の場合は、どちらもvousになる)

東京のフランス語スクールに通っていた時、フランス人講師が「僕のことはtuでいいよ」と言うので、私はtuの用法でばかり話していた。

するとその教授法が裏目に出て、老夫婦に対しても「tu」で話しかけてしまい、「Non!」と厳しくたしなめられた。

カジュアルトークを重視したフランス人講師を、私は恨めしく思った。


老夫婦との食卓での会話はちんぷんかんぷんで、日本で学んできたフランス語が役立たない現実はショックだった。

食事の時間の微妙な相槌だけで疲れてしまい、食事が終わると部屋に閉じこもり、日本から持って来たノートパソコンでネットばかりしていた。

頼ってはいけない人

パソコンを開きメールチェックをすると、年末までお付き合いをしていた智哉くんからメールが届いていた。

彼とは「遠距離恋愛は無理」「フランスでフランス人の彼氏を作りたい」という理由で別れたので、お互いまだ気持ちは残っている状態だと思う。

私が発信した「無事フランスに着いた。」というSNSを見たのだろう、優しい彼はこんなメールを送ってくれていた。

あけましておめでとう!
無事に着いて良かったよ。
フランスはどう?寒くない?
これからの新生活楽しんでください。
2009年がいい1年になりますように。
今年もよろしく。

「智哉くん・・・。」

他愛のない短い文章なのに、私は泣きそうになった。

・・・何もかもを捨ててフランスに来たのに、私はなんて弱い人間なんだろう。

私は元カレに甘えたい気持ちを抑え、お姉さんモードで返事を書いた。

フランスは予想以上に寒かったよ。
でもホームスティ先のおうちはとても綺麗だし、ホストファミリーも優しい人たちで良かった。
フランス語の会話は難しいけど、やっと本場の人と話せるのが嬉しいです。
学校が始まるのが楽しみだな。
2009年が智哉くんにとっていい年でありますように。
こちらこそ、今年もよろしくね。

メール送信後ひとつ溜息を付くと、私は自分に言い聞かせた。

・・・私がフランスに来たことは間違いじゃない。

・・・フランス語を頑張れば上達も早いだろうし、きっと素敵なフランス人の彼氏ができるはず。


しかし、気難しい老夫婦との会話は気詰まりで、彼らと積極的に話そうという気持ちにはなれない。

そんなことではいけないのだが、心の平安を保つには仕方のないことだった。

私はカレンダーを見て、学校が始まる日を指折り数えた。

そして、クラスメイトに日本人がいることを心から願わずにはいられなかった。

初授業

1月7日、待ちに待った初授業の日。

前日にクラス分けのテストを受けていて、この日はクラス発表の日でもあった。

昨日の初雪で通学路は雪に覆われ、雪で足を取られないよう気を付けながら歩いた。

校舎に入り廊下の掲示板に張り出されたリストを見ると、私の名前は下から2番目のクラスに入れられていた。

少し緊張しながら教室に入ると、10人ぐらいいるクラスメイトの大半はアラブ系の生徒が占めていることに気づいた。

その中に、日本人なのか韓国人なのか中国人なのかわからないが、アジア系の生徒の姿が3人認められた。

3人ともまだ若くどう見ても20代で、1人は男の子、残りの女の子2人は友達同士のようだった。


彼らに話しかけようかどうか迷っていると、先生が入ってきた。

先生は肝っ玉母さんのような快活な女性で、今後の授業スケジュールを一通り説明した後、私たちに自己紹介文の作文を書くよう指示した。

初めてのオールフランス語の授業は、先生が簡単な単語を使ってくれるのと、話す内容が想像できるシチュエーションだったので、大体は理解できた。

作文が書き終わると一人ずつ読み上げることになり、女の子2人は韓国人であることがわかった。


次に男の子の番が来て、国籍は日本人で、名前はジュンイチだと名乗った。

私は「おぉ、同胞よ!!」と、心の中で叫んでいた。(”同胞”は私の好きな言葉で、海外で日本人を見付けると自然と使うようになっていた。)

フランス入りして1週間、日本語に飢えていた私は日本語で話せる相手を見つけて感動していた。


ジュンイチくんが日本人だと判ると、私は注意深く彼を観察した。

日本人の男子特有の無防備でふんわりした雰囲気が、渡仏直前までお付き合いしていた大学生の元カレを思い出させた。

フランス語を読み上げる彼の姿は好印象だったが、”R”の発音が良くないことだけが少し気になった。


自分の番が来てフランス語で自己紹介を始めると、今度はジュンイチくんの視線を感じた。

彼に私のフランス語がどう聞こえているのかと思うと、自分の声がさらに緊張していくのがわかった。


発表が終わった後も視線を感じて、授業終了後こちらから話しかけるべきなのかどうか迷った。

ここで仲良くなっておけば、彼はこれから心強い”同胞”になってくれるに違いない。

変なプライドを捨てて、自分から懐に入るべきか・・・。

そんなことを考えているうちに授業は終わり、彼が私の席に近づいてくるのが見えた。


ジュンイチくんとの出会いが、この後の私のトゥール生活に大きな影響を及ぼすことになるのである・・・。


ーフランス恋物語③に続くー

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