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運命の出会い(フランス恋物語⑪)

後ろめたい関係

シノンのあの夜以降、私とジュンイチくんは、ますます人に話せない仲となっていた。

放課後、ジュンイチくんの導きで吸い寄せられるように彼のアパルトマンに入ってゆく。

もう好きじゃないのはわかっていたのに、彼との逢瀬をやめることができない。

パリに引っ越す4月までは、このままジュンイチくんと一緒にいるのかな・・・。

あの時までは、そう思い込んでいた。

エシャンジュの会

2月も後わりのある月曜日の夜。

クラスメイトのサウジアラビア男子・ファハッドの呼びかけで、私とジュンイチくんは、エシャンジュの会が行われるカフェの前に集合していた。

エシャンジュの会とは、「多国籍の人々が集まり、言語を教え合う会のことである。

私は今日で3回目の参加だった。

1回目に参加した時は、“天使のようなフランス人の男の子・ラファエル“と同じテーブルになり、気になる存在となっていたのだが、2回目の会では再会が叶わず、彼のことは諦めた・・・というほろ苦い思い出が蘇る。

そもそも、私が恋すること自体間違っていると思わせるような・・・ラファエルはそれぐらい清らかな天使だった。

今回は、恋の出会いとかそういうのは抜きにして、「純粋にフランス人にフランス語を教わりたい。むしろ女の人がいい!!」と思って来ている。

ふと、ファハッドの横に立つジュンイチくんに目をやった。

付き合いの悪いジュンイチくんが来るなんて珍しい。どういう風の吹きまわしなんだろう?と思ったが、わざわざ本人には聞かなかった。

「早くカフェに入ろうよ!!」

何も知らないファハッドが、陽気に私たちに声をかける。

3度目の正直

私たちは2階の会場に上がり、見慣れた顔のスタッフと挨拶を交わした。

3人一緒に受付専用のテーブル席に座らされ、配られたアンケートの希望の言語には、お決まりの「フランス語」と書く。

どうか、同年代ぐらいの優しいフランス人女性に当たりますように!!

私は心の中で強く祈った。

間もなくファハッドがフランス人の女の子の席に呼ばれて、移動して行った。


次にジュンイチくんが呼ばれ、前回も楽しそうに話していたロシア美女と再会しているのが見えた。

「Ça fait longtemps !」と親しげにハグする姿を見て、「ジュンイチくんがどんな風に女の子を口説くのか、私の知らない男の顔を見てみたい。」と、嫉妬よりも好奇心が勝っているのを感じた。

いっそのこと、彼女でもできてくれたらこの腐れ縁も解消するのにな・・・。

そんなことを考えていたら、スタッフに「日本語を学びたいフランス人がいますよ。」と声をかけられた。

言われた方に進むと・・・

そこには、我が天使・ラファエルが待っていたのである!!

ラファエルとの再会

「Ça fait longtemps !」

私が呼びかけると、ラファエルも同じ言葉で微笑みかけてくれた。

あぁ、また天使に出会えた・・・。

思いがけない再会により、私の心は感動に満ち溢れていた。

もうラファエルに会えると思ってなかったのですごく驚いたが、前回連絡先を聞けなくてすごく後悔した気持ちを思い出し、「絶対このチャンスを逃すまい」と強く心に誓った。

今回も私が日本語を教えるのがメインだったが、ラファエルは熱心に耳を傾けてくれた。

とにかく、恋仲になるとかそういうのじゃなく、日本語を教える友達になりたい、そのためにこの人に連絡先を聞くのだ。

ラファエルからも、もっと私に日本語を教わりたいという熱意を感じたので、「良かったら、またあなたに日本語を教えたいから、連絡先交換しない?」と聞いてみた。

ラファエルは「本当?是非!!」と言ったので、私たちはスムーズに携帯番号を交換することができた。

調子に乗った私は思わず「私の家はここから歩いて10分ぐらいだけど、良かったらうちまで送ってくれない?」と言ってしまった。

ラファエルは快く「いいよ。」とOKしてくれた。

うわ、今夜は天使と二人っきりで街を歩けるなんて・・・。

私はこの出会いのきっかけをくれたファハッドに、心から感謝した。


スタッフから終了のコールがかかり、私たちは連れだって階段の方へ進んで行った。

途中、ファハッドとすれ違ったので、「今夜はこの人と一緒に帰るね。ジュンイチにも言っておいて。」と手短かに伝えた。

ふと、ロシア美女と話しているジュンイチくんの方に目をやると、私たちの様子を見てなんとも言えない悲しそうな表情をしていたのが分かった。

・・・ジュンイチくん、ごめん。

ロシア美女と楽しそうに話していても、やっぱり彼は私のことが好きなようだ。

ジュンイチくんに対する罪悪感は残ったが、カフェを出る頃にはラファエルと二人きりで歩ける幸せの方が勝っていた。

本当に私はひどい女だ。


カフェからホームスティの自宅までの道を、私とラファエルは並んで歩いた。

改めてラファエルの方を見ると、身長170cmぐらいで、二十歳のフランス人男性にしては小柄な方だと感じた。

でも、またそれが彼の天使っぽい雰囲気を醸し出してていい。

憧れの人と二人で歩けて、私は夢見心地でいる・・・。

幸せすぎてバチが当たりそうだ。

そして、明日の夕方にカフェで日本語を教える約束を取り付けた。

明日ってすごくない!?

・・・この人と会うには、自分もそれに釣り合う清らかな人間にならなければならない。

思いがけない天使との再会で、「ジュンイチくんとの関係を清算しよう」という気持ちが、自分に芽生えているのを感じた。

個人レッスン

翌日、火曜日の放課後。

いつもならジュンイチくんと一緒に彼の家に行くところだが、「用事がある」とだけ言って一人でホームスティの家に帰った。

うちに帰ると、ウキウキしながら約束の時間まで出かける準備を念入りにした。

今日レッスンする場所は、ジュンイチくんとは行ったことのない、ちょっと遠い所にあるカフェを指定している。


待ち合わせのカフェに行くと、ラファエルは先に来ていた。

ちゃんと約束を守って、しかも待ってくれている・・・。

やはりラファエルは、予想通りの真面目な好青年だと安心した。


私たちは、お互いの言語を教え合った。

私は文法の説明をしながらも、じっくりと彼を観察するのを怠らなかった。

ラファエルの陶器のような白い肌と、栗色の髪が本当に美しい。

そして、イタリアの宗教画から抜け出たような天使のような顔を間近で見られて、心が洗われていくのを感じた。


今日は私もラファエルからフランス語を教わったのだが、彼の教え方がが上手いことに驚いた。

なんでも、英語の家庭教師をしていたことがあると言っていて、言語が得意な人だということがわかった。

ある程度独学で日本語を勉強しているから、今までトゥールで出会ったどのフランス人よりも話しやすい。

「またこの人と会いたい。たくさん話したい。」

私の気持ちは募ってゆく・・・。


話の途中、何かのきっかけで来週の月曜日が私の30歳の誕生日という話をした。

「じゃあ、その日お祝いするから、レストランにディナーに行こうよ。」

私は自分の耳を疑って聞き返したが、間違ってないようだ。

まだ3回しか会っていないのに、私の誕生日を祝ってくれるの!?

その言葉に、何かを期待せずにいられようか・・・。

出会いと別れ

この日は、ホームスティの夕食に合わせて19時までに帰ることになっていた。

ラファエルは、当然のように私を自宅まで送り届けてくれた。

家の前に着くと、「今日はありがとう。」とお互いにお礼を言い合った。

最後に挨拶のBISOUS(ビズ)をするのかな?と思って頬を差し出したら・・・

ラファエルは、私の唇にキスをしてきた。

!!!!!!!!!!

昨日再会したばかりなのに、予想外の展開に驚きを隠せない。

ラファエルのキスは一瞬だけのもので、それがまた清らかな天使らしく、とても好ましく思えた。


そして、ラファエルはこう言った。

「今週末の土曜も会えない?」

・・・その日は、ジュンイチくんと泊まりでブールジュ旅行に行く予定だった。

やばい、一刻も早くジュンイチくんと別れなければ。

「土曜は予定があるけど、空けられるか調整してみるね。」

他の男との予定があるなんておくびにも出さず、私は天使に笑顔で答えた。


果たしてジュンイチくんは、正直に話せばすんなり別れてくれるのだろうか?

新しい恋人候補ができれば、あっさりと今の男を切る。

我ながら己の非情さを恐ろしく思った。

でも私は、目の前にある幸せを全力で取りに行く!!

明日の放課後、ジュンイチくんに正直に話して別れてもらおう。

そして、今週末の旅行もキャンセルする。

私は天使のために、彼に見合った清らかな女に生まれ変わるんだ!!


・・・しかし、ジュンイチくんはそんなに諦めの良い男ではなかった。


ーフランス物語⑫に続くー

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