笑いでストレスを解消!社畜の「煩悩まみれの大人が使うどこでもドア考察」
はじめに:社畜の妄想は止まらない
残業続きの疲れた頭で、ふと考えた。
もし、どこでもドアがあったら…。
そうだ、朝の満員電車とはおさらばできる。
上司の説教中に南の島にワープして、ココナッツジュースを飲みながら
「すみません、電波が悪くて…」
なんて言い訳もできる(いや、それは まずい)。
社会人になってから、どこでもドアの使い道は格段に"現実的"になった。
子供の頃は世界一周とか宝探しとか、夢いっぱいの妄想だった。
今じゃ「定時で帰れる」という地味な夢のために使いたいなんて…。
ちょっと切なくないか?
そんな社畜の妄想を、真面目に考察してみよう。たまには仕事から離れて、くだらない空想に没頭するのも、立派なストレス解消になるはずだ。
1. 社畜のどこでもドア活用術
通勤難民からの解放
まず真っ先に思いつくのは「通勤」だ。満員電車で他人の脇の下と密着する苦行から解放される。デスクの前に直接出現、優雅なモーニングコーヒーの時間も確保できる。始業5分前に起床も夢じゃない。
ただし、問題もある。「おや?田中くん、今日は随分早いじゃないか!」
という上司の視線。どこでもドアを隠す場所も考えないと。
残念ながら四次元ポケットが無いので、置き場は物理的に必要。
給湯室裏とか、コピー機の死角とか…って、まるで不倫族の隠れ場所
みたいだな。
さらに悩ましいのが、突然の出社要請への対応だ。
「田中くん、今すぐ来てくれない?」という上司からのLINE。
パジャマ姿でもドアを開けば一瞬で出社できる。
でも、寝癖と歯磨き粉の跡を消す時間は必要だ。
やはり最低限の身だしなみは整えたい。
社畜にも譲れないプライドというものがある。
ランチタイム革命
昼休みの使い方が劇的に変わる。有名店の行列に並ぶ必要はない。
パリのカフェで優雅なランチも、ニューヨークのホットドッグも、
イタリアの本格ピッツァも思いのまま。
ただし、同僚からの「田中、一緒に昼食行かない?」という誘いには
要注意だ。
「いや、今日はちょっとパリまで…」なんて言えたものじゃない。
「お弁当持参なんです」という言い訳も、毎日では怪しまれる。
結局、週3回は社食で妥協、という現実的な落としどころになりそうだ。
飲み会対策の新提案
「今日は用事があるので…」という言い訳も完璧になる。
飲み会中に別の飲み会にワープ。
「おっ、田中も来てたのか!」
「いえ、私はホログラムです」
なんて冗談も…って、それただの二次会はしごじゃないか。
しかも、複数の飲み会を掛け持ちすると、記憶が混線する危険性も。
「部長、先ほどの営業部の飲み会では…」
「え?私は総務部だよ?」
という致命的なミスも起こりかねない。これは要注意だ。
グルメ難民の反撃
ミシュランの名店に行列なし。インスタ映えする店も予約不要。
ただし、急激な体重増加に要注意。健康診断で、
「田中さん、最近食生活の乱れが…」と言われても、
「いや、これは世界各国の食文化研究の成果です!」とは言い訳できない。
むしろ、健康診断対策にも使えるかもしれない。
検査前日は野菜中心の食事を。運動不足も、昼休みにハワイでサーフィン、なんていう贅沢な解消法も可能だ。ただし、日焼けした肌は説明が難しい。「休日にジムで…」という言い訳も、腕だけ真っ黒では説得力に欠ける。
2. 社畜のジレンマ:倫理と煩悩の狭間で
セキュリティ問題
「田中くん、さっきまで社長室で何してた?」
「いえ、トイレに行っ…」
「社長室にトイレはないよね?」
…完全な証拠がないと、不審者扱いは免れない。
セキュリティカメラの死角も考慮しないと。入退室記録との整合性も
気になる。結局、完璧な社内移動計画を立てるのに、残業時間を使う
ことになりそうだ。本末転倒も甚だしい。
働き方改革との両立
在宅勤務なのに、どこでもドアで出社する矛盾。
「テレワーク中なのに、なぜか社内でコーヒーを飲む田中」
という目撃情報が…。これはもう、量子力学の世界である。
シュレディンガーの猫ならぬ、「シュレディンガーの社畜」。
観測されるまでは、オフィスにも自宅にも存在し得る状態。
「田中くん、今どこ?」という質問で波動関数が収束する、というわけだ。
プライベート時間の確保
休日も油断できない。「休日出勤できる?」という上司からのLINE。
どこでもドアがあれば、世界のどこにいても即座に対応できてしまう。
これは諸刃の剣だ。
かといって、「今、モルディブにいるので…」という言い訳も使えない。
結局、適度な距離感を保つには、従来通り
「すみません、実家に帰省中で…」
という無難な言い訳に落ち着くことになりそうだ。
3. どこでもドアの功罪:メリットとデメリット
メリット
通勤時間ゼロ(ただし、寝坊のリスクは増大)
世界中の美食を堪能(ただし、お腹周りも世界規模に)
会社のトイレを使わなくて済む(これは純粋にメリット)
急な呼び出しにも即対応可能(ただしそれが本当にメリットなのかは疑問)
お気に入りのカフェで仕事ができる(ただし、Wi-Fi環境は要確認)
デメリット
上司に見つかるリスク(「田中くん、さっきハワイにいなかった?」)
使いすぎによる現実逃避(「今日も社会と向き合いたくないので、南極で皇帝ペンギンと戯れてきます」)
通勤定期が無駄になる(これが一番痛い)
運動不足が加速(駅までの唯一の運動機会が消滅)
どこでもドアの保管場所の確保(マンションの狭い玄関に置けるのか)
4. 意外な活用法:社畜の知恵
残業削減作戦
会社に残っているフリをして、実は自宅で効率的に作業。
「あれ?田中くんまだいるの?」という声が聞こえたら、
即座にオフィスに戻る。これぞ、新時代の「効率的な働き方」...なのか?
接待の革新
取引先との接待も革命が起きる。
「では、本日のディナーは、パリの名店で…」なんて提案も夢じゃない。
ただし、経費精算の際の領収書の説明が難しい。
為替レートの変動も気になるところだ。
オフサイトミーティングの進化
チームビルディングの場所も無限大。
「では、次の戦略会議は、モルディブのビーチで行います」
上司のテンションが上がりすぎて、むしろ仕事が進まない、
という新たな問題も。
おわりに:それでも、どこでもドアが欲しい?
結局のところ、どこでもドアは現代社会を生きる社畜の「逃げ道」なのかもしれない。でも、本当に必要なのは「逃げ道」じゃなく、「向き合う勇気」なのかもしれない。
とはいえ、通勤電車での脇の下との密着だけは、できれば回避したい。
せめて、会社の最寄り駅までは…。いや、やっぱりデスクの前まで…。
考えてみれば、どこでもドアがあっても、結局は「より楽に働くため」の
道具として使ってしまいそうだ。これって、ある意味で究極の「社畜根性」かもしれない。夢のような道具を手に入れても、仕事のことばかり考えている。
ま、それでも欲しいけどね。明日も元気に、脇の下と戦おう。今日の妄想は、明日への活力としよう。さて、終電までにこの仕事を片付けないと…。
そうそう、ここまで書いておいてなんだけど、私の本名は「田中」ではない。念のため。
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