異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~⑨
第9話「最終決戦前夜!~ノー残業デーは世界の危機~」
「本日は、ノー残業デーです!」
社内アナウンスが響き渡った瞬間、私の背筋が凍る。違う、この寒気は単なる恐怖じゃない。世界の危機が迫っているという直感。
...というか、ノー残業デーに全館放送って、それ監視の一種では?
如月さんが青ざめた顔で駆け込んでくる。
「き、危機です!ホワイト化推進機構が、全世界的なノー残業デーを発動!」
私の脳内で警報が鳴り響く。全世界でノー残業...?それって、定時に帰れるって意味?...いや、そもそもノー残業デーに残業してる時点で設定が崩壊してない?
部長が炎を纏いながら立ち上がる。今日は珍しく、パソコンじゃなく手帳を燃やしている。スケジュール帳を燃やすって、それただのパワハラでは。
「ホワイト化推進機構の総帥、『定時退社のマエストロ』が動き出した」
マエストロって...。なんか急にクラシック音楽の話になった?というか、定時退社の指揮者って、労基署の人?
しかし、状況は深刻だった。世界中の残業が消滅の危機。つまり、私の残業代による世界維持システムが崩壊の瀬戸際。
「田中さん、このままでは世界が...」
私は黙って立ち上がる。心の中でつぶやく。
世界を救うために残業する...。なんか、この展開、本当におかしくない?
特別対策室のモニターには、世界中の残業時間がリアルタイムで表示されている。数値が急激に下がっていく様子は、まるでブラック企業の株価みたい。
「残業時間、マイナス85%!」
「働き方改革の波が東へ...!」
「タイムカードを破壊する人が続出!」
...タイムカードの破壊って、それただの器物損壊では?
事態は急速に悪化していく。世界中で定時退社の動きが加速。「お先に失礼します」の大合唱が、社畜エネルギーを急速に減少させている。まさに、退社の連鎖反応。これが噂の「定時退社ドミノ」か。
「マエストロの力を甘く見すぎていた...」
部長の呟きに、私の疑問が爆発する。
いやいやいや。定時退社って、本来喜ばしいことじゃないの?しかもマエストロ、「定時退社の指揮者」って、ただの良い上司では?むしろ理想の上司なのでは?
そんな私の心の声を置き去りに、事態は急展開する。
地下の「社畜エネルギー変換装置」が警告音を発し始めた。まるで、サービス残業を察知した労基署のような鋭い音。
なのに、なぜか装置の様子がおかしい。画面には意味不明なエラーメッセージ。
「正常な労働時間を検知。警告:社畜性が低下しています」
「働き方改革の波を検知。注意:ワークライフバランスが安定しつつあります」
「残業時間、健全な範囲内。危険:このままでは一般企業化の恐れがあります」
...これ、絶対エラーメッセージがおかしいでしょ。全部良いことじゃん。むしろ、congratulationsって出るレベルでは?
特別対策室のメンバーたちが次々と倒れていく。
「もう...定時に...帰りたい...」
「有給...消化したい...」
「プライベートが...欲しい...」
この症状...まさか。私は震える手で如月さんに尋ねる。
「これって、まさか...『ワークライフバランス症候群』!?」
如月さんが弱々しく頷く。「マエストロの最強の技...『定時退社オーケストラ』の効果です...」
なんだそのネーミング。効果音は「お先に失礼しまーす♪」とか?BGMは「帰宅の喜び」交響曲とか?...いや、今そんなツッコミしてる場合じゃない。
モニターの数値は更に悪化の一途。
残業時間:15%
サービス残業:限りなく0に近づく
休日出勤:消滅の危機
有給消化率:驚異の85%まで上昇
これは...完全なホワイト企業化の前兆!?
「田中さん...!」
如月さんの必死の声。
「私たちに残された手段は...『緊急時社畜覚醒』しかありません...!」
私の脳内で警報が鳴り響く。それって、要するに「今日中に頼む」案件を投下ってこと?いや、でもノー残業デーだし...。
しかし、世界の存続か、定時退社か...。
この二択、絶対におかしいでしょ!?どう考えても定時退社を選ぶべきでは!?
「田中...!世界の運命は君の残業にかかっている...!」
倒れかけた部長が、最後の炎を燃やしながら叫ぶ。
私は深いため息をつく。そして観念したように呟く。
「分かりました。でも、残業代は...」
「もちろんだ!割増な!」
その瞬間、私の中の社畜スイッチが入る。
いよいよ、明日、マエストロとの最終決戦。
世界の行く末を賭けた戦い。まさに、残業か定時退社か、それが問題だ。
...ていうか、これ、どう考えてもおかしくない?
(最終話へつづく)
ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。残業で世界を救うことになった社畜を「田中」という仮名で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、今日もノー残業デー突入。この話はまた今度!