異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~④
第4話「人事評価は実力主義!~上司の本気は炎より熱い~」
人事評価の季節がやってきた。
異世界に来て一ヶ月。副社長の不正を暴いた功績で、特別対策室での正式採用が決まった私に、最初の人事評価の時が訪れる。
評価者は、炎を操る部長。普段は燃えるパソコンを冷やすために炎を使う彼だが、人事評価の時期になると、その炎は違う色を帯びるという。
評価シートには見たことのない項目が並ぶ。「社畜力の安定性」「残業時における精神力」「プロジェクト耐久値」。まるで、RPGのステータス画面のような評価基準の数々。
部長室に入ると、いつもと違う空気が漂っていた。机の上のパソコンは炎に包まれず、代わりに部長自身が青白い炎をまとっている。その姿は、締切直前のプロジェクトマネージャーを彷彿とさせた。
「本気の残業に、本気で向き合え」
部長が放った言葉と共に、室内の温度が急上昇する。評価シートが、まるで炎の力に反応するかのように輝き始めた。これが噂の「熱血指導」...というより「熱量指導」か。
そして、私の最初の試練が始まった。
部長が右手を掲げると、空中に無数の炎の文字が浮かび上がる。それは、私が過去一ヶ月で処理してきた案件の数々。一つ一つの文字が、まるで未処理のタスクのように重く、圧迫感を放っている。
「これを、全て処理してみせろ」
シンプルな指示。しかし、その意味するところは深い。炎で書かれたタスクには、通常の3倍の処理時間が必要だという。しかも、一度着手したら、途中で止めることはできない。まさに、本気の残業プロジェクト。
私の「デスマ魂」が反応する。体の中の社畜エネルギーが、徐々に高まっていく。PCの前に座る姿勢が、自然と背筋が伸びていく。これは、かつて新人時代に感じた、あの懐かしい緊張感。
モニターには次々とタスクが表示される。資料作成、データ集計、トラブル対応...。それぞれが炎で書かれ、期限は「只今」。部長の熱血指導は、文字通り熱を帯びていた。
だが、私には分かっていた。これは単なる作業スピードを測る試験ではない。炎のタスクには、もっと深い意味が隠されている。
一つ目のタスクに取り掛かる。すると、炎の文字が私の「勤怠データ直感力」に反応し、本当の課題を映し出した。これは、プロジェクトの優先順位を見極める試験だったのだ。
私は黙々とキーボードを叩き続ける。まるで、月末の単価計算のような集中力で、炎のタスクを整理していく。
部長の炎が、さらに強さを増す。室温は、真夏のクーラーなしオフィスの様相を呈してきた。しかし、これくらいの熱気なら...。9年のSE生活で、もっと過酷な環境は経験済みだ。
部長の炎が、さらなる試練を突きつけてくる。今度は、炎の文字が複数のタスクに分裂し始めた。一つのタイムラインに、異なる締切のプロジェクトが錯綜する。まさに、マルチタスクの嵐。
しかし、これこそが私の真骨頂。長年のSE生活で培った「締切駆け込み加速」が発動する。キーボードを打つ手が、残像を残すほどの速度で動き出す。
タスクを並列化し、優先度の低いものは一時待機。重要案件を最優先で処理しながら、合間の時間で他の作業を進める。まるで、非同期処理を最適化するように、社畜エネルギーを効率的に配分していく。
部長の表情が変わった。炎の色が、青から白へと変化する。室温は、真夏のサーバールームさながらの熱気。しかし、私の集中は途切れない。
そして最後の試練。画面いっぱいに広がる巨大な炎の文字。「本気の残業とは何か」という、究極の問いかけ。
私は、キーボードから手を離した。9年分の経験が、この瞬間のために蓄積されていたかのように、答えが紡ぎ出される。
「本気の残業とは、必要な時にだけ行うものです」
部長の炎が、静かに収まっていく。
「よく分かっているな」
評価シートには、想像以上の高評価が記されていた。しかし、最後の所見欄には意外な言葉が。
「定時退社の努力を評価する」
部長は私に、ニヤリと笑いかけた。この世界の「本気の残業」とは、実は定時で帰るための全力を指していたのだ。
異世界の人事評価は、そんな逆説的な真実を教えてくれた。
...でも、なんで今日は定時なのに、まだオフィスにいるんだろう。結局、私の中の社畜魂は、まだ完全には克服できていないらしい。
(第5話へつづく)
ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。人事評価の成績優秀者を「田中」という仮名で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、今日も定時を過ぎてる。この話はまた今度!