異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~⑧
第8話「組織の秘密!~私の残業代が世界を救う~」
魔導省の一件から一週間。特別対策室には新たな謎が突きつけられていた。
「田中さん、あなたの残業代が...世界を救うんです」
如月さんの真剣な表情に、私の脳内で爆笑が響き渡る。世界を救う?私の残業代で?なにそれ、社畜版「YOUR NAME.」?「君の残業。」みたいな?
待て待て。ていうか、救世主が残業代って...。なんかすごく現代的というか、むしろしょぼくないか?「伝説の剣」とか「神々の遺産」とか、もうちょっとファンタジーな設定にならなかったの?SEやってて良かったことが「救世主の残業代」って、就活生に説明できる気がしない。
しかも、説明を聞けば聞くほど頭が痛くなる。
並行世界の均衡を保つために必要な「社畜エネルギー」。それを生み出す最強のエネルギー源が、私の異常な残業時間から生まれる残業代だという。
...これ、どう考えても労基署案件なんですけど。
しかも、如月さんの説明はさらに続く。
「実は特別対策室の本当の目的は、あなたの残業代を守ることだったんです」
私の心の中で、小さな悲鳴が上がる。だって、ファンタジー世界の組織の究極の目的が「残業代を守る」って...。これ、どう考えても夢がないでしょ!「世界の命運を賭けた戦い」が「残業代の確保」って...。社畜、それ程までも?
特別対策室の地下深くにある「社畜エネルギー変換装置」。その前で、部長が真面目な顔で説明を始める。なんか、炎を操りながら図を描いてるけど、それPowerPointでよくない?
「田中の残業代が、この装置で社畜エネルギーに変換される」
「そのエネルギーが世界の均衡を保っている」
「つまり...」
いやいや、ちょっと待って。なんで残業代なの?普通の給与じゃダメなの?というか、ボーナスの方が額でかいじゃん。...って、ボーナスなんてあったっけ?急に記憶が曖昧に。
しかも、この装置。見れば見るほど、タイムカードを巨大化しただけにしか見えない。まさか異世界のハイテク兵器が、ただのでかいタイムカード!?これ、シュレッダーに入れたら世界が粉々に...とか?いや、それただの物理攻撃じゃん。
「この装置に残業代のエネルギーを注ぎ込むことで、世界は保たれている」
部長の説明を聞きながら、私の脳内では様々な疑問が渦巻く。
え?私の残業代で世界が救える?じゃあ、サービス残業したら世界が滅びるの?これって労基署の人たちって実は世界を守る戦士だったってこと?
というか、上司が「残業代出ないけど」って言ってきたら、「すみません、世界が滅びるので...」って切り返せる?これはある意味、最強の切り返し...?
しかも。この理論でいくと「お前の残業が世界を救う」は、厳密には間違ってない?なんか、急に心が折れそう。
「しかし、我々には敵がいる」
部長の声が低くなる。
「残業代を消し去り、世界を崩壊させようとする組織...」
私「ブラック企業に就職した新入社員ですか?」
一瞬の静寂。
部長が咳払いをする。「いや、もっと恐ろしい存在だ。『ホワイト化推進機構』という組織が...」
は?
私の脳内で「???」が乱舞する。ちょっと待て。ホワイト化を阻止して、残業代で世界を救う...?これって、私たちが悪役じゃない?というか完全にブラック企業の手先では?
しかも、敵の名前が「ホワイト化推進機構」って...。ネーミングセンス、小学生かよ。いっそ「世界を救う正義の組織」とかにすれば?...って、それだと私たちが絶対悪役じゃん。
「彼らは『働き方改革』という恐るべき術を使って、残業を消し去ろうとしています」
私の心の中でまた別の疑問が湧く。っていうか、それ本来喜ばしいことでは?この展開、絶対おかしいでしょ。「残業代で世界を救う」って、ブラック企業の研修資料かな?
そんな私の葛藤をよそに、部長は続ける。
「田中、君の残業代が世界の命運を分けるんだ」
あのさ。真面目な顔で「残業代が世界を救う」とか言われても...。いや、むしろ笑顔で言われても困るけど。これ、履歴書の志望動機に「私の残業代で世界を救いたい」って書いちゃダメなやつでしょ。
しかも、世界を救うために残業するって...。なんかすごく損してる気がする。普通、世界を救ったら、みんなにモテて、幸せな人生が待ってるじゃん?私の場合、世界を救っても待ってるのは「来月の残業」って...。
「田中、決意のほどは?」
私は深いため息をついた。まあでも、考えてみれば、残業代のために世界を救うのと、世界を救うために残業するのって、結局同じなのかも。
「分かりました。残業...じゃなくて、世界を救います」
部長が満足げに頷く。如月さんが安堵の表情。
...でも、これって有給使えます?
(第9話へつづく)
ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。世界を救う残業代の持ち主を「田中」という仮名で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、また残業の時間だ。これ、世界の危機ってことでいいんですよね?この話はまた今度!