異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~⑦
第7話「緊急会議招集!~クレームの嵐は世界を揺るがす~」
「緊急会議」
この二文字を見た瞬間、私の脳内で警報が鳴り響く。まるで、本番環境でバグを見つけた時のような悪寒。いや、むしろ金曜の夜に「ちょっといいかな」と声をかけられた時の絶望感。
特別対策室に、メンバーが次々と集まってくる。皆、何かを察している顔。そりゃそうだ。緊急会議なんて、良いことなんて起きたためしがない。「お疲れ様会」とか「ボーナス増額の件」とか、そんな夢のような緊急会議、見たことないもの。
案の定、如月さんが切り出したのは最悪の報告だった。
大手顧客からの重大クレーム。しかも、異世界でも最大手の「魔導省」から。
私の頭の中で、今までの経験が走馬灯のように流れる。えっと、こういう時のテンプレ対応は...。
①まず謝罪
②原因究明
③対策検討
④...たぶん徹夜
...って、ちょっと待て。なんで私、異世界でも徹夜確定なの?これ、人生の設計ミスってない?
会議室のスクリーンに、クレーム内容が映し出される。
「魔導省基幹システムにおける、予算管理機能の不具合」
...はぁ。私の脳内で、小さなため息が漏れる。だって、予算管理システムのトラブルって、大体において「システムの不具合」じゃなくて「予算が足りない」がオチなんだよね。いや、これ心の声が漏れてない?
しかも「緊急性MAX」「社会的影響度MAX」「トップの怒り度MAX」という三重苦。まるで、炎上案件のコンプガチャみたいな完成度。これ、引く必要なかったよね、そもそも。
如月さんの説明によると、魔導省の支出管理システムが突如暴走。魔法使いたちの経費精算が全てエラーになり、日々の魔法活動に支障が出ているとか。
...いや、それ単なる経理部の仕業じゃない?毎月恒例の「経費精算厳格化週間」的な?
会議室の空気が重くなる中、私の脳内ではむしろ冷静な分析が進んでいた。だって、これ絶対、月末の締め処理に関係してるでしょ。今日って...あ、やっぱり。月末最終営業日じゃないですか。
システム障害とか言ってるけど、これ、経理部が勝手にチェック基準厳格化して、承認フローもいじって...。
ああ、分かった。これ、新入社員が考えそうな「効率化施策」だ。私も新人の頃、似たようなの考えたもの。「支出を厳格管理すれば、会社が儲かるはず!」とか言って。今思えば、若気の至り...。
でも、まさか。異世界の経理部も、同じような施策を...?
その時、部長が私に視線を送る。いつもの炎は消えている。これは、本気モードのサイン。
「田中、お前が現場に行ってくれ」
私は無言で頷く。心の中で小さな悲鳴を上げながら。だってさ、こういう時の「現場」って、大体地獄なんだよ。しかも魔導省だよ?魔法使いの巣窟だよ?
経費が通らなくてイライラした魔法使いの群れの中に、たった一人のSEが突っ込んでいくとか...。
これ、有給使えば逃げられる?...って、誰に聞いてんの私。
魔導省に向かう道中、私の頭の中では様々な思考が堂々巡り。
経費が通らないことで怒り狂う魔法使いって、どんな感じなんだろう。「経費精算できないなら、貴様を カエルに変えてやろう!」みたいな?いや、それはないか。流石に上級官僚なんだし。
...でも、カエルに変えられるくらいなら、まだマシかも。だって「この件、本省に報告しておきますね」とか言われるよりは、断然いい。カエルなら一生誰かの庭で悠々自適じゃん。今の生活と大差ないような気も...。
待て待て。なんで私、カエルになることを前向きに検討してるの?これ、絶対おかしいでしょ。
魔導省の玄関に立つ。さすが、異世界最大の官庁。エントランスホールには、魔法陣が床一面に描かれている。なるほど、これが魔導省の「印」ってやつか。私たちの世界で言うところの、経費精算時の印鑑みたいな...。
...って、また経費の話してる。相当トラウマになってるな、私。
受付で案内を待つ間、状況を整理する。システムが本当に悪いのか、単なる運用の問題なのか。経理部の暴走なのか、それとも...。
あ。閃いた。
そもそも「魔導省の予算管理システム」って、私たちの世界の「役所の予算管理システム」と同じってことは...。
これって、年度末の駆け込み処理を阻止する「魔法の機能」が発動しただけなんじゃ...?
「お待たせしました。システム監査室へご案内します」
いよいよ現場へ。私の「勘」が確信に変わる。これは間違いなく、年度末の予算消化を止めようとした新人の暴走。しかも、その新人は絶対、経理部の。
だって、毎年この時期になると、経理の新人くんたちって、同じこと考えるんだよね。「無駄な予算消化を止めないと!」って。青臭くて、まっすぐで、でも現実を知らない。ちょっと前の私みたいな。
...って、現実知ったら負けみたいな言い方は止めよう。
エレベーターに乗りながら、対策を考える。まあ、こういうの、解決策は一つしかないんだよね。新人の熱意は認めつつ、システムは元に戻して...。
「では、こちらが監査室になります」
深いため息をついて、ドアを開ける私。
うん、やっぱり。机の向こうで青ざめている新人経理マンの顔を見て、確信した。
ここは、どこの世界でも、同じなんだな。
(第8話へつづく)
ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。クレーム対応の常連を「田中」という仮名で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、また経費が差し戻された。この話はまた今度!