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【連載小説】異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~②

第2話「社畜力測定!~私の残業時間がヤバいようです~」

第一話はこちら

特別対策室、通称「社畜特対」の朝は早い。

7時の空気の中、まだ帰れていない私に部長が声をかけてきた。今日も燃えるパソコンを炎で冷やしながら、深いクマを見せて笑う。まるで徹夜明けのアニメオタクのような目の下の闇に、同族を見る気がした。

異世界に来て3日目。社畜力の詳細測定という名の精密検査が始まった。人間ドックより緊張する。だって、普通の検査なら「おっと、これは良くないですね」で済むけど、この測定で変な数値が出たら、きっと特別な任務とやらが待っているに違いない。

如月さんが謎の装置をセッティングしながら、私の基本データを読み上げていく。社会人経験9年。残業時間月平均200時間。有給消化率3%。休日出勤月平均3回。そして、測定不能のサービス残業時間。

まるでブラック企業の求人票みたいな数字の羅列に、思わず突っ込みを入れようとした私を、如月さんの次の言葉が止めた。

「二次能力の覚醒」

その言葉の意味を理解するまでに、少し時間がかかった。如月さんの説明によると、私の社畜力の高さは、単なる数値以上の特殊能力を生み出しているらしい。

言い訳の達人。締切駆け込み加速。深夜の集中力上昇。そして最も恐ろしい「デスマ魂」。

どれも聞いたことのある単語の組み合わせなのに、この世界では本物の能力として機能するという。例えば、「言い訳の達人」は理不尽な要求から身を守る防御魔法になり、「締切駆け込み加速」は文字通り時間を歪める力になるらしい。

「デスマ魂」の説明は、私の心の危機管理システムが自動的にスルーした。これ以上、自分の社畜性と向き合うのは危険だと判断したようだ。

実践測定では、「社畜の試練カレンダー」なる得体の知れないアイテムが登場した。月曜への耐性87%、会議中の睡眠耐性92%、理不尽クレーム耐性76%、残業時簡易食耐性99%...。数値化されたしがらみスキルの数々に、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない気持ちで見つめていた。

そんな測定の最中、警報が鳴り響いた。

廊下から慌ただしい足音が響く。同僚の山下さんが、まるで月末の経費精算の締切に追われるような勢いで飛び込んできた。敵性組織の社畜ハンターが接近中だという。私の社畜力を狙っているらしい。

なんだ、それ。ヘッドハンターの異世界版か?今まで散々嫌がってきた転職勧誘が、ここまで物騒になるとは。

「逃げましょう!」
如月さんの声に、私は首を振った。その理由は単純。明日の締切に間に合わない仕事が、まだ山積みなのだ。

何とも社畜らしい理由に、周囲がざわめく。私の周りに青白い光が満ちていく。PCのモニターの光とよく似ている。いや、完全に徹夜作業時の悪魔の輝きだ。

如月さんによると、これが観測史上最高の社畜オーラらしい。私の目には今、締切という概念だけが見えている。新入社員の頃から、この光景だけは変わらない。むしろ、より鮮明に。より切実に。

特別対策室の空気が一変する。窓の外では、黒い影が蠢いているのが見えた。社畜ハンターの群れ。転職市場の厳しさを物語るかのように、その数は増えていく。

如月さんが測定装置のデータを必死に確認している。社畜力が上昇を続けているようだ。この異常な数値に、装置が悲鳴を上げ始めた。まるで、使い切ったプリンターのトナーのような哀愁ある警告音。

「これが...デスマ完全体...」
如月さんの呟きに、部長が頷く。炎で冷やしているパソコンの温度が、さらに上昇したようだ。

しかし私の頭の中は、相変わらず締切でいっぱいだった。社畜ハンター?デスマ完全体?そんなの知らない。というか、興味がない。だって今は、明日の締切に間に合わせることの方が、何より重要なんだから。

...って、これって褒められてる状況じゃないよな?

そう思った瞬間、私の社畜オーラがさらに強まった。もはや、ノー残業デーという概念すら、光の中に霧散していく。

「これは...」
「まさか...」
「伝説の...」

部長と如月さんが息を呑む中、私は淡々とキーボードを叩き続けた。締切の前では、異世界だろうが何だろうが関係ない。粛々と処理するだけ。それこそが、真の社畜の姿。

社畜ハンターたちが突入してくる前に、この仕事を終わらせないと。

(第3話につづく)

ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。ただの社畜あるある話を「田中」という仮の名前で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、今日も締切だ。この話はまた今度!


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YuSa@社畜系お笑い作家
「普段は社畜あるある考察で皆様の心を癒やしているつもりですが...『これ面白いから投げ銭したい!』って思ったり、『こんなアホが世の中で働いてるんだから頑張ろう』って1μ(ミクロン)でも思ったら、『チップくれでもいいんだよ♡』って思う田中(仮)です」