異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~⑥
第6話「取引先との商談!~緊急リリースは命を賭けて~」
商談の日、私は妙な違和感を感じていた。
会議室の空気が、まるでサーバールームの様に冷たい。取引先の「時空管理システムズ」の面々が、異様なオーラを放っている。特に、先方のPMは明らかにこの世界の住人とは思えない雰囲気だった。
「では、御社のシステムについて」
私がプレゼンを始めた瞬間、異変が起きた。
会議室の時間が、巻き戻され始めたのだ。
プレゼンの冒頭に戻る。また説明を始める。また巻き戻される。まるで、永遠にデバッグが終わらないシステム開発のような無限ループ。
「田中さん、彼らは時間を操る能力者です!」
如月さんが耳打ちしてくる。「納期を自在に操り、いくらでもやり直しを要求してくる会社なんです...」
そうか、これが時空管理システムズの正体か。時間を巻き戻して開発をやり直させる、恐るべき企業...。
しかし、私にはある確信があった。
9年間のSE生活で、何度緊急リリースと戦ってきたことか。納期に追われ、デバッグに追われ、そして...。
私の中で、新たな能力が目覚める。
「エクストリーム・デバッグモード!」
...と心の中で叫んだものの、如月さんに「急に厨二病発症しましたか?」と心配される始末。いや、これは本気モードなんです。たぶん。
時空管理システムズのPMが、再び時間を巻き戻そうとした瞬間。私の新能力が発動する。
「申し訳ございません。御社の『時間巻き戻しによる手戻り』は、工数的に厳しいと判断せざるを得ません」
なんと、私の放った「SE語」が、時間操作を打ち消したのだ!まさか、SEの謎言語って、異世界でも通用するとは...。
驚く取引先。しかし、彼らの切り札はこれからだった。
「では、この仕様変更をお願いします。納期は明日で」
突如、机の上に積み上がる仕様書の山。しかも、一番下の仕様書が勝手に変更され続ける。これぞ、時空管理システムズ伝統の「時間遡及式仕様変更要求」!
如月さんが青ざめる。「こ、この技を受けて立ち直った開発者は、いまだかつて...」
「大丈夫です」
私は立ち上がる。「こんなの、日常茶飯事ですから」
そう。毎日のように仕様が変わり、納期は守れと言われ、しかも予算は変わらないという、むしろ普通な案件。
「御社の仕様変更、承知いたしました。ただし...」
私は、懐から一枚の紙を取り出す。
「こちらが、概算の見積もりになります」
取引先が見積もり書に目を通した瞬間、悲鳴を上げた。
「こ、これは...!」
「バッファを織り込んだ正当な工数...だと...!?」
「しかも、値引き交渉の余地なし...だと...!?」
時空管理システムズのメンバーが動揺する中、私はトドメを刺す。
「さらに、今回の御見積もりには『時間巻き戻しコスト』も含まれております」
「な、なんだって!?」(これ、どこかで聞いたセリフ)
「はい。過去への手戻り工数、タイムパラドックス対策費、そして何より...私の心が折れた時の治療費まで」
取引先のPMが机をドンと叩く。「こんな見積もりは聞いたことがない!我々は時間を操る!納期なんて...」
その瞬間、私の新たな能力が覚醒する。
「進捗管理の極意・その壱!『納期ディフェンス』!」
...って、完全に厨二病じゃないですか。まあいい。
私の周りに、青白い光が渦巻く。それは、徹夜明けのSEがよく見る、あのぼんやりした視界。
「残業代108万円!」
「深夜割増246%!」
「休日出勤手当36万円!」
次々と繰り出される具体的な数字の前に、時間を操る能力も為す術がない。むしろ、経理部が泣き出しそうな金額だ。
「お、おのれ...こんな術が...」
「ふふふ」思わず小物っぽい笑いが出る。「まだあります」
私は最後の切り札を取り出した。それは...。
「御社に関するステークホルダー分析書!御社の株主総会資料!そして、何より恐ろしい...」
取引先が息を呑む。
「残業時間の厚生労働省届出推計書!」
「や、やめろー!!!」
時空管理システムズのメンバーが、まるでお約束のように崩れ落ちる。どこかのギャグ漫画のように。
結果、商談は無事成功。むしろ、先方から「正当な工数で組み直させてください」と頭を下げられる始末。
帰りの電車で、如月さんが感心したように呟いた。
「まさか、SEの実務経験が最強の武器になるとは...」
私は疲れた顔で答える。
「いえ、これ、ただの事務処理です」
そう、これが9年選手の実力...というか、単なる面倒くさがり。要は、後で困らないように、ちゃんと記録と証拠を残しておく習性が身についてただけなのだ。
(第7話へつづく)
ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。商談の議事録担当者を「田中」という仮名で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、また仕様が変わったみたい。この話はまた今度!