異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~⑤
第5話「プロジェクトマネージャー襲来!~納期と予算の狭間で~」
異世界での人事評価を終えて一週間。特別対策室に新たな危機が訪れた。
「敵性組織から、最強のPMが襲来」
如月さんがモニターに映し出した映像には、黒いオーラを纏った数名の人影が写っていた。人差し指でガントチャートを自在に操り、マイルストーンを武器として投げつける姿は、まさに伝説級のプロジェクトマネージャー。
敵の目的は明確だった。社畜エネルギーの源泉である「納期」と「予算」のバランスを崩壊させること。そうなれば、この世界は永遠の炎上案件と化す。
特別対策室のメンバーが次々と配置につく。炎を操る部長は、炎上プロジェクトの対応に。瞬間移動の山下さんは、緊急の物資調達に。しかし、次々と放たれる「無理な要求ビーム」の前に、仲間たちが倒れていく。
そして私の目の前に現れたのは、敵のエースPM。手には、真っ赤に燃える進捗管理表を携えていた。
「この案件、今週中に頼むよ。予算は先月の半分ね」
耳障りの良い声で放たれる無理難題。しかし今の私には、それを跳ね返す力がある。
新しい能力、「見積もり精度MAX」が目覚める時。
敵PMの放つ無理難題の波動が、オフィスの空気を歪める。「予算半分で、工数倍増」「リソース削減で、品質アップ」...次々と繰り出される理不尽な要求の数々。
まるで、ブラックホールのような吸引力で、チームメンバーの心が折れていく。新人さんは「それ、無理ですよね...?」と言いかけた口から魂を抜かれ、中堅社員は「頑張ります!」と叫んだまま倒れる。
しかし、私の「見積もり精度MAX」が、敵の歪んだ要求を数値化していく。スコープ、工数、リソース配分...。9年のSE生活で培った勘が、全ての無理難題を具体的な数字へと変換する。
「それ、工数的に無理があります」
私の放った一言が、空間を切り裂く。敵PMの顔が引きつる。理論的な見積もり根拠の前に、精神論は通用しない。
だが敵も黙ってはいない。「御社の将来性を考えて」「良い案件ですよ」「他社なら喜んで...」。甘い言葉の矢が次々と放たれる。
その時、倒れかけた如月さんが叫ぶ。
「田中さん!PMの弱点は具体的な数字です!」
私は瞬時に理解した。見積もりの真髄とは、理不尽を数字で粉砕すること...。
「具体的に説明しましょう」
私の周りに、エクセルのセルのような光の枠が浮かび上がる。まるで、経費精算書の検算をする時のような冷静さで、数字を並べていく。
「まず、予算半分で工数倍増という件について。御社の将来性を加味しても、この方程式は幽体離脱でも起こさない限り成立しません」
敵PMの額に汗が浮かぶ。だが、ここからが本番だ。
「さらに、リソース削減で品質アップですが...」
私は計算式を展開する。するとそこには衝撃の事実が。このプロジェクトが成功するためには、一日を48時間に延長するか、人類の睡眠欲求を消滅させる必要があることが判明したのだ。
「つまり、このプロジェクトが成功する確率は、上司が『今日は定時で帰っていいよ』と言って本気である確率と同じということです」
周囲から悲鳴にも似た笑いが漏れる。敵PMの放つオーラが、急速に弱まっていく。
「さ、さらに!このガントチャートによると、クリティカルパスが黒魔術レベルの複雑さで...」
「もういい!分かった!」
敵PMが降参のポーズを見せる。その手から真っ赤な進捗管理表が落ちる。表の隅には、密かに書かれた文字。
「これ、上の人が無理言ってきて...」
なんだ、そっちも大変だったのか。
敵PMの告白をきっかけに、対峙していた空気が一変する。
「実は私たちも、理不尽な上層部と戦っているんです」
「納期は営業が適当に決めてきて...」
「予算は経理に削られまくって...」
話を聞けば聞くほど、敵とされていたPM軍団が、どこかの現場SEみたいに思えてくる。むしろ、私たちの同志なのでは?
そんな中、倒れていたはずの部長が立ち上がり、颯爽と歩み寄ってきた。相変わらず炎を操りながら。
「そうか...我々の本当の敵は...」
部長の言葉に、全員が頷く。敵性組織のPMも、特別対策室のメンバーも、今や同じ方向を見つめていた。
無茶な要求を繰り出す上層部。意味不明な営業の約束。謎の予算カット...。真の敵は、もっと上にいたのだ。
「というわけで」部長が急に明るい声を出す。「みんなで飲みに行かない?」
「え?」
「こういう時こそ、現場同士の意思疎通が大切だろう?」
結局この日は、敵味方入り混じっての深夜の居酒屋。缶ビールを片手に、プロジェクトあるあるで盛り上がる異様な光景。
「うちの営業なんてさー」
「それな!」
「いやー、うちの方が酷いって!」
笑い声の中、ふと気づく。敵性組織のPMたちの残業時間も、私に匹敵するレベル。これって、結局みんな社畜なんじゃ...。
翌日。
二日酔いの頭を抱えながら出社すると、如月さんが驚いた表情で報告してきた。
「田中さん、昨日のプロジェクト、なんと予算と納期が改善されました!」
「まさか...」
「居酒屋での相互理解が、世界の歪みを修正したみたいです」
なるほど、これが異世界での問題解決方法か。飲み会による浄化作用...。
まあ、支払いは経費で落ちたし、これはこれでいいかもしれない。
(第6話へつづく)
ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。謎のプロジェクトの見積もり担当者を「田中」という仮名で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、今日も飲み会の誘いが...。この話はまた今度!