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【連載小説】異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~③
第3話「勤怠管理は命がけ!~タイムカードで世界を救え~」
特別対策室に配属されて一週間。ようやく異世界での仕事に慣れてきた頃、最初の重要任務が下りてきた。
「不正な残業申請を見破れ」
その一言に、私の社畜センサーが反応する。まるで、上司から「ちょっと相談があるんだけど」と声をかけられた時のような警戒感。これは、ただ事ではない。
如月さんの説明によると、どうやら並行世界の均衡を保つために必要な「社畜エネルギー」が、何者かによって改ざんされているらしい。不正なデータが紛れ込むことで、世界の歪みが生まれているという。
私に課せられた任務は、その不正データを特定すること。つまり、勤怠管理の監査である。まさか異世界でも、こんな面倒な仕事を任されるとは。
特別対策室の地下深くにある「勤怠管理センター」。そこには無数の光る粒子が浮遊していた。それぞれが、社員たちの労働時間を表すデータだという。
如月さんがモニターを操作すると、私の目の前に様々なデータが浮かび上がる。一見すると普通の勤怠データ。しかし、9年のSE生活で培った勘が、どこかがおかしいと警鐘を鳴らす。
モニターに集中していると、不自然な流れが見えてきた。まるで、請求書の金額を水増しする時によく使われる手口のように、微妙な数値の改ざんが施されている。
「これは...」
私の中で、新たな能力が目覚める。如月さんが驚きの声を上げた。モニターの表示が急激に変化し、不正なデータが赤く浮かび上がっていく。
「勤怠データ直感力」。これが私の新たな能力らしい。社畜生活で染み付いた「何かがおかしい」という勘が、この世界では立派な異能力として機能するようだ。
データを追っていくと、ある傾向が見えてきた。改ざんされているのは、全て上層部のデータ。しかも、副社長のデータに最も大きな歪みが...。
数値を追っていくうちに、ある異変に気づいた。副社長の勤怠データには、明らかな矛盾があった。出社時間よりも退社時間が早い日が複数。そして、休日出勤なのに残業代がゼロ。まるで、新入社員の初めての経費精算書のような杜撰さだ。
しかし、この不自然なデータには強力な防御が施されている。如月さんの説明では、「上級社畜結界」という特殊な防壁らしい。一般社員の社畜力では、通常は解析できないものだという。
だが、私のデスマ魂は違った。徹夜続きのシステム開発で培った「深夜の集中力」が、結界の隙を見つけ出す。それは、毎月の給与明細の残業代を、小銭単位まで計算できる精度で。
データの解析が進むにつれ、衝撃の事実が明らかになっていく。副社長は「社畜エネルギー」を密かに抜き取り、何者かに売り渡していたのだ。まさに、社畜版エネルギー横領事件である。
だが、決定的な証拠を掴もうとした瞬間、警報が鳴り響いた。同時に、勤怠管理センターの空気が凍りつく。
地下の通路から、重圧的な気配が近づいてくる。如月さんの顔が青ざめた。副社長直属の「残業監査特命課」。彼らは会社の闇を葬る、最強の社畜部隊として知られる存在だという。
モニターに表示される大量のデータが、まるでウイルスに感染したように次々と暗号化されていく。このままでは、せっかく見つけた証拠が消失してしまう。
如月さんが「撤退しましょう」と囁く。しかし私は、モニターから目を離さなかった。
9年間の社畜生活で、幾度となく目にしてきた光景。データの改ざん、不正な申請、闇に葬られる証拠の数々。今までは見て見ぬふりをしてきた。でも、もうそれは終わりだ。
私の中で、新たな能力が覚醒する。如月さんが息を呑む。
「まさか...伝説の"内部監査モード"...!」
青白い光が私を包み込む。それは、締切直前の追い込みの時にだけ見せる集中力。普段の私からは想像もつかない、禁断の領域への突入だ。
「残業監査特命課」の精鋭たちが次々と部屋に押し入ってくる。スーツの襟が妙に高く、まるでブラック企業の採用面接官のような威圧感を放っている。
彼らの放つ「サービス残業強要波動」も、「やむを得ない休日出勤ビーム」も、今の私には通用しない。むしろ、日常茶飯事という感じだ。9年もSEを続けていれば、そんな程度の理不尽は朝食前のコーヒーくらいの感覚。
モニターに向かう私の指が、タイピングの音を奏でる。カタカタカタ...。まるで、月末の進捗報告書を必死で書いているような速度で、不正データの解析と保存を進めていく。
「emergencyBackup.zip」を作成。手癖のように圧縮・暗号化。添付ファイル付きのメールなんて、送信前に3回は確認する徹底っぷりは、この非常時でも健在だった。
如月さんの端末に、証拠データを無事転送完了。その瞬間、私の意識が遠のき始める。内部監査モードの反動が、全身を襲う。
気がつくと、特別対策室のソファーで横たわっていた。如月さんが心配そうに様子を見に来る。私は大丈夫な素振りを見せつつ、一番気になっていた質問を投げかけた。
「あの...副社長は?」
なんでも、緊急の株主総会が開かれ、副社長の不正が発覚。取締役会も大揺れに揺れたという。残業監査特命課のメンバーも、今頃は総務部に左遷されているらしい。
これで一件落着...と思いきや。
「田中さん、次の案件もお願いしたいのですが」
まるで、システム開発が一段落したと思ったら、次のプロジェクトの話が始まる時のような既視感。
「今度は、有給休暇消化率の改ざんについて...」
私は深いため息をつく。異世界に来ても、仕事は仕事なのだ。結局のところ、社畜に定時退社なしってことか。
デスマ完全体は、今日も働き続ける。
(第4話へつづく)
ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。社内の闇を暴いた内部告発者の名前を「田中」という仮名で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、また新しいプロジェクトの話が...。この話はまた今度!
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![YuSa@社畜系お笑い作家](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/159798520/profile_7070de968ea92a841c77171779500172.jpg?width=600&crop=1:1,smart)