【連載小説】異能社畜ノススメ ~残業時間が能力値になったようです~①
第1話「終電後、異世界。~はじめての人事異動は次元超え~」
「田中さん、このバグ、今日中に直しておいてもらえます?」
終業間際の課長の声に、私は机に突っ伏したまま心の中で叫ぶ。今日中って...もう23時ですよ!?今日ってのは、0時までの「今日」なのか、朝までの「今日」なのか。まるで、コンビニの期限切れおにぎりの「本日中」みたいな謎基準。
「はい...やっておきます...」
まんまと「はい」と言ってしまう自分が悲しい。9年目のSE生活で、私の「NO」という文字は、使われすぎて摩耗している。まるで、新入社員の頃に買ったスーツのように、形すら覚えていない。
PCに向かいながら、ぼんやり窓の外を見る。都内の夜景が、疲れた目にちかちかと映る。他のビルの明かりも、きっと私と同じ社畜たちの「助けて」サインに違いない。まさに、社畜たちの狼煙...いや、最近は煙を上げるのは会社の建物だけか。
「あ、そうそう。明日の朝一で確認したいので...」
心の中で何かが切れる音がした。多分、私の理性の最後の1本の糸だ。まるで、コンビニの袋が千切れる時の音。中身はもう戻せない。
でも、いつも通り頷く。「分かりました」。この言葉、今日何回目だろう。うちの会社の離職率より多いんじゃないか。
コードを書きながら、目の前がだんだとぼやけてくる。睡魔との戦いにも負けそうだ。まるで、終電間際の駅のホームでの耐久戦。ベンチが誘ってくる...。
「...ちょっとだけ、目を休めよう」
デスクに突っ伏す私。姿勢、まるで、社内研修中の新入社員だ。いや、今の新入社員の方がしっかりしてるか...。
...
「田中さん?」
女性の声で目を覚ますと...って、ここどこ!?私の机はあるのに、見知らぬオフィス!?まるで、寝過ごして終点まで行っちゃった時の違和感!
「え?」
目の前には見たことのない女性が立っていた。スーツ姿が様になっている。人事部の人っぽい雰囲気。...って、そんな場合じゃない。
「あの、どちら様...」
「人事部の如月と申します。あなたの社畜力を測定させていただきたいのですが」
社畜力?測定?なんだそれ、新しい人事評価制度?まさか、残業時間でランク付けとか始まったの?それなら私、Legendary超えてMythicalランクいけるな...って、喜ぶことじゃない!
意味が分からないまま周りを見渡すと、さらに意味の分からない光景が広がっていた。
向こうの席では、上司らしき人物が指先から炎を操っている。なんか書類が炎に包まれてるけど燃えてない。まさか、粉飾決算の証拠隠滅...?いや、それは普通の炎で十分だ。
そして別の社員は、コピー機の前から会議室に瞬間移動していた。あ~、これは分かる。会議5分前に資料コピーして、奇跡的に間に合わせるアレだ。私もよくやる。...って、本当に瞬間移動してるし!
「これは夢か幻覚か...。疲れすぎて、とうとうキマってしまったのか」
「いいえ、これは現実です」
如月さんは真面目な顔で言う。
「あなたは並行世界に迷い込んでしまったようです。こちらの世界では、社会人としての経験や実績が"社畜力"という異能力として具現化するんです」
「はぁ...」
理解が追いつかない。でも、全てが現実に見える。いつもの残業でぼーっとする感覚とは違う。むしろ、月曜の朝より冴えてる。
「では、測定を始めさせていただきます」
如月さんが取り出したのは、タイムカードによく似た装置。これで私の社畜力が分かるのか...。まるで、ブラック企業度チェッカーみたいだ。
装置を私の前にかざすと、突然まばゆい光が溢れ出した。まるで、サービス残業を申告した時の課長の目みたいな輝きだ。
「えっ!?これは...!規格外の数値...!」
驚愕の声を上げる如月さん。装置の表示画面には、私の9年間の残業時間が数値として踊っている。電卓で計算するのも諦めるレベルの数字だ。
「こ、これは...歴代最強クラスの社畜力...!」
「いやいやいや、それって良いことなんですか!?褒められても嬉しくないやつです!」
困惑する私をよそに、オフィス中が騒然となっていく。炎を操っていた上司も、瞬間移動していた社員も、私の方を「新人研修の講師が急に来られなくなった時」みたいな熱い視線で見つめている。
そして、如月さんが告げた。
「田中さん、申し訳ありませんが、ただちに特別対策室への異動を命じます」
「ちょ、ちょっと待ってください!私はただのSEで...っていうか、異動の打診って2週間前までにするもんじゃ...」
「いいえ、あなたは最強の社畜なんです」
「それ、履歴書に書いちゃいけないやつですよね!?」
突然の異動辞令。意味の分からない能力。そして、何より...。
「あの、それより先ほどのバグ修正の件は...」
周囲から失笑が漏れる。まるで「3連休の予定を聞かれて、家で寝てますと答えた時」みたいな笑い声。
「田中さん、そこは並行世界に来る前の話ですよ」
「あ、そうか...」心の奥底でほっとしている自分が悲しい。まるで、休日出勤の予定がなくなった時のような安堵感。これはこれで病んでる。
「では、特別対策室までご案内します」
エレベーターに乗り込む私たち。なぜか、このエレベーター、上には行かない。下に向かって延々と降りていく。まるで、ボーナスの支給額みたいだ。
「あの、如月さん」
「はい?」
「この世界にも残業はありますか?」
「もちろんです。むしろ、残業時間が能力値に直結します」
「やっぱり、地獄でした」
私は深いため息をつく。
「てことは、定時で帰れる異世界とかないんですか?」
「そんな異世界は存在しないと聞いています。まるで、有給休暇を全消化できる会社みたいな、フィクションの領域ですね」
心の中でまた何かが折れる音がした。並行世界まで来て、結局、私は社畜のまま。病める時も、健やかなる時も、締切は私たちを分かたず...。
特別対策室の扉の前で、如月さんが立ち止まる。
「では、こちらが田中さんの新しい職場です」
扉を開けると、そこには...。
「おや、新しい社畜が来たようだね」
「へ、部長!?なんで炎を操りながらエクセル作業を...」
「これが効率化だよ。熱くなった心で、熱くなったPCを冷やしながら...」
なるほど、極めるとそうなるのか。この世界の社畜は、そこまで進化を遂げているのか。
「さて田中くん、君には早速、重要な任務がある」
「は、はい...」
また出た、この返事。
「我が社の残業システムが、敵性組織に狙われているんだ。君の社畜力で、この危機を救ってほしい」
「えぇ!?」
こうして、私の異世界社畜生活が始まった。これが地獄か天国かは、まだ分からない。分かっているのは、どこの世界に行っても、締切に追われているということ。
そう、私は社畜だ。
どこまでも、どこまでも、永遠に社畜。
...そういえば、元の世界のバグ修正、誰かやっておいてくれないかな。
(第2話 へつづく)
ちなみに、毎回言うが私の本名は「田中」ではない。ただの社畜あるある話を「田中」という仮の名前で書いているだけだ。本当の名前は「佐藤」...ではない。「鈴木」でもない。あ、もうミーティングの時間だ。この話はまた今度!