いる場所で変わる普通、じゃなきゃ頭狂うのが普通

僕たちは〜
この街が〜
やっぱり〜好きで〜
君も〜住んでる〜
どうも、のぞみんです

住みやすい街や家というものについよく考えることがある。それはやっぱり家にいる時間が長かったり、外出がすごく億劫で近場で用事が完結することのありがたみを感じやすいからだと思う。

自分の家についての考え方は机と椅子の関係からはじまる。俺ってむずむず脚症候群っぽいのが小学生のときからずっとあって、椅子に座ったり、じっとするのがすごい苦痛で歩いてると落ち着くから、子供のときは狭い水槽で回遊するアロワナのようによくリビングをグルグルグルグル回っていた。
少し大きくなって、むずむず脚症候群はそれほど酷くなくなったけど、それでもじっとするのは苦手で、特に好きじゃないことをしてるときとてもじゃないけど耐えられない"感じ"があった。
はじめて10万弱くらいだったかのセイルチェアを買ってもらった、結論から言うと椅子をいいものに変えたところで作業効率というのは大して変わらなかった。
家具屋に行ってお試しで何脚かの高級チェアを座ってみた感想としては、エルゴヒューマンは良くて、アーロンチェアとかは大したことないと思ってる。
個人的には高い椅子を買うよりは、広い机を買ったほうが作業効率という観点からは良いと思う。
パソコンのメモリをよく作業机に例えることがあるが、あの例えが秀逸だなと思うのは、作業机を大きくするということは人間のメモリを拡張するという教えを含んでいるんだよね。
イケアで買ったシンプルでがっしりした広い机の方が、ありえないくらい高いブランドのオフィスチェアよりもずっと作業効率の助けになったように思う。
こだわりたいならまず机を決めてから、それに合う椅子を決めればいい。

昔、格安ホテルのコマーシャルで暗闇の映像をなん秒か流した後に「これがあなたが宿泊したホテルで見るほとんどの光景です」というテロップが出るというものがあったらしい。
ようは観光しにホテル泊まっても結局どっか観光に出かけて寝るだけなら格安も高級ホテルも変わらんよね、というコマーシャルです。
家に関しても同じことが言えて、ほぼほぼ独居房みたいな都心1Kに住むのだって、朝早く仕事に出かけて夜遅くクタクタになって帰ってきて、休みもさっさと近所のカフェなりくり出して時間を潰せばそれでいいじゃん、という考え方もありだと思う。
(それでも月10万くらいかかるので格安とは言えるのか微妙だ……)
寝る場所とくつろぐ場所と食べる場所と仕事する場所を全部一部屋に収めてしまうのは、人間的ではないけれど、実際にそれをしてみて工夫があれば耐えられないこともないというのが実感だ。
それでもやっぱりデカイ作業机もデカイオフィスチェアも置けないのはさみしい。

友人もなく、カフェに行っても統失の陰性症状がザワザワして人目のあるとこで落ち着けない俺みたいなのは、自室でしか憩うことができない。
確かに1Kあれば、食う寝るには困らないし、生活できるにはできることはわかった。俺みたいなのにとっては、それだって満足に満たされないことのある奇跡みたいな空間だ。誰の干渉も受けず、部屋にある家具などの無機物だけが自分に関係する空間、都心1K。だからこそ、そこにより良い機能を求めるのは必然で、人間的で、贅沢と書いて生活と読むのだと思う。
食う、寝る、遊ぶ、働く。俺はこれらの全てを他人と関係せず一人で完結できるように自室という空間の機能を充実させることが必要なのだ。
そして、これは机と椅子からはじめるのがいいと俺は思ってる。

・作業机
上でも高級オフィスチェアを買うくらいなら、デカくてしっかりした机をイケアで買えという話をした。ここでは更にその補足の話をする。
この世界ではなぜか机よりも椅子がやたらともてはやされる、デザイナーズ家具の世界でも名作椅子という言葉はあるが、名作机という概念はない。
机という存在を透明にしてしまうほど、強烈な椅子推しがこの世界を満たしている、椅子というのは机あっての椅子なのにも関わらずにだ。
机の機能というのは二つあって、一つは当たり前だがパソコンを置いて書類を広げて情報を処理するためのスペースとしての機能、そしてもう一つが脚を収納する機能だ。
狭い机というのは、当然机の下の空間も狭くなる。むずむず脚症候群の俺としては、この机にしまう脚の所在というのがどうも気になるわけで、ピンと伸ばしたり、あぐら組んだり、足指をもぞもぞしたり、ゆらゆらさせたいわけだ。小さくて狭い机にそんなスペースはない。
そういうわけでメモリ以外の観点からもデカイ机というのは不可欠なのだ。
思うに、この世界で家具業界がやたらめったら椅子を推すのは、椅子が机よりも壊れやすくて、場所を取らないからだと思う。
ニトリのゲーミングチェアは買ってもいいかもしれないけど、ニトリのアルミフレームのおもちゃみたいなデスクは絶対に買ってはいけない。
椅子というのは普通は壊れるものなのだ、一生ものというのもない、何せ人間という究極に重い物体を支えるのだ、そしてこの物体は頻繁に体重移動をしてくるのに、なぜか二足歩行してるので体重分散がド下手くそなのだ、4脚の構造物で人間の体重を永遠に受け止めるのはやはり荷が重すぎるというものだ。
逆に机というのは普通は壊れてはいけないものなのだ、変にスタイリッシュにしようと思ってほっそい脚とかにしなければよっぽど壊れない、四脚の天板を支える足も太く強くすれば結構な重さも耐えられる、なのに!ニトリのアルミフレームの机は壊れやがった!
シンプルで広くて大きくてラクビー部みたいにがっしりした机はたとえ安物でもほぼ壊れないですから、絶対にチャチなつくりの机を買うべきではない。
電子昇降デスク、俺は睨んでますよ、机というのは壊れないものですが、アイツたぶん壊れるでしょ?壊れる机は悪い机ですよ。

・日光
家から出ないので、部屋での日光浴は不可欠なのだ。
完全夜型の吸血一族なら不要だとは思うけど、俺はそうじゃなくて日光浴びるの結構必要なタイプなので。

・システムキッチン
俺は一番精神の状態がひどい時に、家族のために料理をすることでそれを回復させたことがある。これはあくまでも体験談として。家族との関係が良好でない場合は自分のための料理でもオススメしたい。
料理とは結果だ。結果とは作業の積み重ねだ。玉ねぎをきる、調味料を用意する、肉と炒め合わせる。一つ一つの作業は大したことなくても、得られる料理という結果で幸福が得られるのは素晴らしいことだから。
そして料理の進化の過程で、作業を積み重ねることで工程を圧縮し、手際が良くなると、栄養を効率的かつ経済的に接種することができるようになる。それは精神が不安定なものが、社会に参加して、小さな生活を積み重ねていくことで社会に復帰する過程によく似ている。
だから料理はオススメする。やがて料理するようになることをオススメする。
1KのKはおよそ料理というものをナめているので、基本的に野菜をカットするスペースがない、鍋口は2つか1つしかない、工夫しようにも部屋が狭い。
食う、寝る、働く、遊ぶのうち、食うを充実させたいならキッチンだけでもせめて人間的な部屋を選ぶべきだろう。

・寝具
高いものも変わらない。でもソファベッドみたいな粗大ゴミは避けなければならない。1Kでは実質的にベッドがソファの役割を担うことになるので便利そうに見えるが、あえてソファの機能をベッドに備え付けるより、こちらの工夫でベッドをソファとして使った方がマシだ。

・ソファ
置かない、というか置けない。場所的に。
つーか置きたい、本当は。
あとテリビも置かない。見ないでしょ?

・棚(本棚)
紙の本というのは電子書籍よりも圧倒的に優れている点がいくつもあるのだが、だが、それでも電子書籍は本当に便利すぎてほとんどデメリットがないので本棚はいらない。
紙というのは非常に劣化する物質で不衛生で、それにすごーく場所をとる。
ただ小振りでも棚は持っておくといい。そこに書類関連をぶち込んで置いて、必要なときにそこをひっくり返して探す、一年たったら不要そうなのは全部捨てるみたいなことをするとかなり楽になる。
作業机がメモリなら、棚はストレージだ。
絶対にそれなりの容量はあったほうがいい

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