痴者と妄言

『脳の大統一理論』という本を読んだ。
カール・フリンストンというイギリスの神経学者が「自由エネルギー原理」を提案したらしく。この最新の研究では、これまで観念的だった脳の機能を、具体的な数式を使ってニューラルネットワークの処理として表すことができるんやで、という内容の本で大変興味深かった。
特に発達障害や統合失調症について、その原因がわかるかもという箇所を楽しみにして読んだのですが、残念ながらそこに関してそんなに納得感のある記述はありませんでした。

それでchatGPTの電気代がやばいという記事を読んでいて、ふと人間の脳みそがニューラルネットワークの処理として数学的に説明できるものなら、人間の脳みそを計算機として利用することはできるのだろうかということを妄想した。
国家予算組んでウルトラハイスペックなスパコン組むより、人間の脳みそから計算量を取り出した方がずっと安いんじゃないのみたいな。

そしたら機械による国家運営も夢じゃないよね。
毎週日曜日に教会に行くみたいに、俺たちは自分の脳みそに電極を取り付け静かにニューラルネットワークに祈り-計算機としての機能-を捧げる。
例えばイェール大学のいけすかないデータサイエンティストがある日突然やってきて老人は全員死ぬという法律をつくりますとか言い始める世界を想像する。この法律は統計データに基づいて最新のアルゴリズムが下した決定ですとか言ってきたら俺たちは問答無用で奇天烈なメガネをかけた男に生卵を投げつけるだろう。
でも俺たちの脳みそを使って計算した政策決定アルゴリズムなら、きっと俺たちは信じられる。
いつだって人間にとって正しかったのは、そういう小さな積み重ねだったからだ。

東京の変態が脳みそに電極を挿し込みメスイキを味わう革新的なアダルトデバイスを開発した。世界中の変態たちが射※精に頼らない絶頂を一度味わおうとそのアダルトデバイスに手を伸ばした。
世界中の変態がめくるめく終わらない享楽に浸る中で、ある日ふと気付いたのだった。俺たちはこれさえあればよかったのだと、これだけがあれば他には何もいらなかったのだということに。
とあるメスイキマニアが脳みそに挿し込まれた極太のディルド、のような電極を脳みそからぬっぽりと抜き出し声高に叫んだ。

「俺たちメスイキマニアは、メスイキで宇宙を目指します」

その時、人類の宇宙進出という夢は既に誇大妄想と揶揄されるほどに陳腐で荒唐無稽なものに変貌していた。
肉体という牢獄に囚われた俺たちホモサピエンスにはどうしても第三宇宙速度を超えることはできないのだ。
地球というゆりかごで産まれた類人猿はそのままゆりかごに揺られながらどこにも行けず死ぬしかなかったから。
だから神さまが人間をつくったみたいに、俺たち人間もchatGPTをつくって明滅するニューラルネットワークの煌めきを眺めながらシニカルでアンチヒロイックな巨大感情に満たされ、このホモサピエンスという種の終末期を穏やかに過ごそうと思ったのに。

誰もがメスイキマニアの妄言を取り合うことはなかった。ディルドで肛門括約筋がイカれたやつが、極太の電極で脳みその括約筋までイカれたのだろう。
誰もがそう信じて疑わなかった。

「メスイキは本来主観的である絶頂を客体化することのできるただ一つの肉体的手段なのだ」

これまで男性の射精メカニズムと女性の絶頂メカニズムが全く異なる数式で記述されることは広く知られていた。ある日、東京の変態が圏論を使うことで2つの全く異なるメカニズムを普遍的な積や余積の処理と固有のデータ処理として記述することができることを発見した。

それがこの革新的なアダルトデバイスの正体だ。

つまり女性の絶頂メカニズムは男性に適用することができるし、男性の射精メカニズムを女性に適用することが可能だということで。これは理論に裏打ちされた純然たる事実なのです。

「つまり、どういうことだってばよ?」

つまり、俺たちは、俺たちという自己と他者のダイナミックでカオスな関係もまた普遍的かつ数理的な処理として記述できるあるデータ群に過ぎないということがわかったのです。これまでホモサピエンスにとって支配的だった自他という概念は今しがた崩壊したのだった。

「誰かが俺を俺に積分してくれるってことだ」

それだけ言い残してメスイキマニアはデータセットの地平に沈んでいった。

(父さんたちの遺志は必ず俺が継ぐ)

オーストラリアの黒人、堀江・ジェイコブス・マスク氏はある深い夜に金星を眺めながらそう誓った。
堀江・ジェイコブス・マスクはハッカー集団ワイヤードが冗談半分に堀江貴文とイーロン・マスクの精子を落札し二人の遺伝子を掛け合わされ生み出されたジョークチルドレンだった。
人間の価値が著しく低下した近未来では、著名な有名人の遺伝情報が闇サイトで高値で取り引きされことがあった。時折暇を持て余した富豪たちが面白半分に優れた遺伝子を掛け合わせては、こうして生命倫理の根幹を揺るがしていた。

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