ベアトリーチェと私①

 パイロットカスタム742、ベアトリーチェが来てから人生が変わった。
 私は翼を手に入れた。目眩く輝かしい文学人生はここから始まったのだ……

 ということはなく、ただ毎日日記を書いていた。
 小説の新人賞に応募することも、エッセイコンテストに挑むこともしない。一文にもならない文章を、ただひたすらに書いていた。

 万年筆を購入してから眠れなくなった。
 分不相応な買い物をしてしまったという罪悪感で眠れない。
 眠れないから日記帳を開く。万年筆を持つ。金額が頭に浮かぶ。3万円。
 ボールペンが一本300円で買える時代に、3万円の筆記用具を買ってしまった。
 なんてことをしてしまったんだろうと頭を抱える。
「3万3000円分の日本語……?ビールたくさん買えるじゃん」
 私は貧乏だった。
 引き出しにしまってあるレシートを取り出した。確かに私が買った。ちゃんとサインもした。月末に銀行口座から金が引き落とされる。私の命がカード会社を経由して、日本経済に流れ込む。

 金銭感覚が狂いそうになった。
 全てが安く見える。100円のコンビニ菓子を買う買わないで悩む生活を送っているのにも関わらず、突然高級万年筆を買ってしまった。自分の行動に説明がつかない。
 30000円に比べると5000円の万年筆なんかおまけみたいなものだ。
 もう一本買おうかな。
 つい買ってしまいそうになる。見えるもの全てが買える錯覚に陥る。怖くなったのでクレジットカードを家に置いて出勤した。
 口座に預金があることを確認してから購入したから、破産はしない。
 けれども身の丈にあってない買い物は破産の源だ。
 金があるからいいじゃないかと言うのは成金の発想だ。
(さんまんえん……)
 後悔を抱きながら日記を書く。3万3000円の日記。3万3000円の日本語。3万3000円のsentence。3万3000円の心情表現。3万3000円の日常生活。3万3000円の感情。心が濁ってきた。
《続く》

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