わいにゃん用サンプル


とまぺちーの

・キャラは主人公(ライダー&ガンナー)と女の子(シールダー)
・装備はマシンガン付きホバーバイク
・敵はでかいサソリの集団(遠隔攻撃あり
・エントリーシーン

三十分ほど乗っているが、まだ慣れない。
 百メートルほど前方に見えていたちょっとした岩のかたまりが、ものすごい勢いで後方に流れていく。
 その速度感に内心肝を冷やす。
 スピードメーターに一瞬目をやると時速250キロで安定している。
 ただし、今は下り坂だ。重力の影響分の加速を考慮して、俺はアクセルをわずかに緩める。
 エンジンは相変わらずけたたましく音を立てている。振動もひどい。
 神経に悪そうなビリビリした震えがハンドルを握りしめる両手に伝わる。
 なんでこんなに揺れるんだ? ホバーバイクのはずだろ。浮いているから地面の凹凸を拾っているはずはない。
 車体が老朽化してんのか? だから振動がやばいのか? 絶対に外れたらいけないネジが一個外れかけてるとか? くそ。さっきからイヤな考えばかりが浮かぶ。考えても仕方ない。振動の原因がどうあれ今は急ぐ必要がある。この速度だから事故ったら死ぬ。そのときは諦めるしかないが、そもそも諦めの気持ちを持とうとする前に即死だろう。柔らかな砂地だろうが関係ない。一定の速度を超えてしまえば高価なヘルメットやアーマーもまったく役に立たない。
『ねーこれ』
 ヘルメットのインカム越しに声が聞こえる。
『もっと速度出ないの?』
 その言葉につられてスピードメーターを見る。速度は落としたはずだが、下り坂の影響で、この一瞬の間に300キロを超えている。ぞっとして、さらにアクセルをゆるめる。
『あっ……』
 身体が感じる加速度は明らかに緩和された。ただ依然として恐ろしい速度は保持したままだ。あと200キロで音速だ。エンジンにはまだかなりの余裕があるから、このバイクでの音速は現実的なスピードだ……。
『ねーあのぉ』
 そもそもこの世界の音速は俺の世界の音速と同じなのか? 俺の知る限り、物理法則は普遍だ。しかしここでは俺の常識は役に立たない。とはいえ、同じだと仮定して……。音速を超えたらソニックブームが出る。俺の世界では、地上付近で戦闘機がソニックブームを出すとビルの窓が割れる。相当な衝撃だ。とてもじゃないが、すでにガタついているこのバイクが耐えられるとは思えない。
『もっと速度を出すと楽しいと思うんだけど……』
 とまぺちーのの提案……。
 マジで言ってんのか?
 それとも君は無敵なのか?
 ちょっと今はまともに返事をする余裕ない……。
「楽しみなさいよ!」
『えっ』
「今を楽しみなさいよ!」
 俺はいきなり絶叫した。
 自分でもいかれてると思うが、今はいかれてると思わせた方がいい。まともな人間なら、いかれてるドライバーを刺激するのはまずいことくらい本能的に分かるはずだ。特に、そいつが自分の乗るバイクを運転しているときは。とまぺちーのを黙らせるにはこの方法が一番なはずだ。
『えっ、あっ、うんそうだよね、今を……楽しむ……!』
 突然。
 バイクがいきなり横に振られる。
 なに……。
 重心が崩れ、バイクの後輪が左に浮く。
「はぐぅ……?」
 なぜ……。
 完全にバランスを失った。コントロールも失った。
 事故る……。
 死んだ。
 そう思った瞬間、バイクの後部が右に振り戻される。ふらついたものの、再び車体の制御が戻る。
『おっひゃー! 超たのしーー!!』
 インカムから声が聞こえる。
 車体の左右への揺れは継続している。しかし、そこには振り子運動のように周期性があったので、俺の全身のバランスは、ゆらゆらと揺れる車体への制御パターンを早急に学習していった。
 冷や汗が止まらない……。
 呼吸が止まっていたので意識して空気を吸う。
 そして叫ぶ。
「揺らすのやめなさいよ!」
 俺はそのときようやく認識したのだが、後部座席で、とまぺちーのが身体を左右に振って車体を揺らしている。バイクが左に跳ねたのはそれが原因だった。
 彼女は俺の腰を抱いているから、自分の身体をその動きと一体化させればバイクも暴れない。
 しかし最初に揺れたときは本当に死ぬと思ったし、速度に緊張していたこともあって、異常事態への対処は俺の能力を超えていた。
『た、楽しんだだけなのに、なんでぇ……?』
 楽しめと言ったのは俺だ。だったら悪いのは俺か? 明らかに想定外の事態だったし、そもそもバイクを本格的に運転したのはこれが初めてだ。技倆が足りていないという点では確かに俺が悪かったのかもしれない。しかし、常識的に考えて、超高速で飛ばしているホバーバイクを後部シートから左右に揺さぶるのは明らかにまずいだろう。しかしそう考えるのは俺だけなのか? やはりここは本当に俺の常識が通用しない世界なのか? それとも単なる価値観の違いなのか?
 俺は明らかにショックを感じている。これまでミスもあったが俺なりにうまくやってきて、この先もなんとかなりそうだという見通しをようやく立てられるまでになった。その矢先、いい感じにパートナーシップを結んだと思い込んでいたとまぺちーのが突如意味不明なサイコパス的喜びに目覚めて俺を死ぬほどびびらせはじめた。一体何がどうなってるんだ? マジな話、俺は急にかつてないほど不安になってきている。この状況について、できることなら第三者の意見が聞きたい……。間違ってるのはとまぺちーののほうなんだよっていう言葉を不特定多数の人々から投げかけてもらえば安心できるのに……。この世界の常識を教えてくれる幼稚園みたいな場所を早急に探さなくては……。
 と。
『あっ、いた!』
 インカム越しに、トーンを低く変えた、とまぺちーのの声。
「なんてぇ!?」
『追いついたっぽい! 思ったより近づいてた!』
「何が?」
『敵!』
「どこ?」
『前!』
「いや、何も……」
 実際は見えていた。
 青白く輝く小さな砂粒のようなものがあって、最初は遠くの地面に落ちている岩かなにかの反射だと思った。 それが、またたくまに俺たちのバイクに近づいてくる。そして、その接近速度は、遠方に見えるそのほかの地面の障害物がバイクに寄ってくる速度よりも明らかに速かった。
つまり、明らかに、こちらに向いた速度を持っていた。
 ただ、俺にはまだそれが脅威には見えていない。
『避けなくていいよ。あれは私がやる』
 何を言っているのか分からなかったし、何が起きているのかも分からなかった。
 青白い砂粒のようなものは急激にサイズ感を増して人の頭のサイズほどの大きさになっており、しかも、空中に浮かんでいた。
 というよりも、空中を飛んでいた。
 しかも一直線にバイクに向かってきてる……。
「くそ……」
 そのときになって、ようやく俺の意識は、それがヤバいものだと認識しはじめている。
『大丈夫それ避けなくていいよ。私がやる。避けなくていいよ。避けなくていいよ』
 ヴン、と音がして、バイクの前面に半透明のガラスのような六角形の膜があらわれた。
『そのシールド私の。あれくらいなら弾くからまっすぐ進んで』
 さっきからとまぺちーのが何か言ってるが、俺はかまわず体重を左に倒す。
 本能的な動作だが、奇跡的にバイクのコントロールと噛み合い、斜めになった車体は左前方へと逸れる。徐々にブレーキをかけ、車体を静止させる。
 俺のすぐ右、先ほどまで身体があったラインを、青白い塊がものすごい勢いで通り抜けていく。
『はあ!? いやちょっと何避けてんの人の話聞いてた!? でも今の斜めになる感じすごい面白かったからいいよ。でもなんで止まってるの……』
「なんだ今の……」
『粘弾。スコルピオの投石器みたいなもん。そのへんの石ころに体内から出るネバネバ成分をまぶして投げてくんの。ネバネバ成分は空気に触れたら燃える。ちなみに狙いは結構正確』
 地平線の向こうからは、いくつもの新たな青白い光……。
「まじかよ……」
『次からは避けなくてもいいよ。私がシールドを張る』
 青白い光の向こうに、黒いごま粒のような点がいくつも見える。
「うお、敵ってのはあれかあ!」
 数キロ先にいる。十、二十……。蟻みたいだ。距離がこれだけ遠いのにも関わらず、形を識別できる。ということは、かなりでかい。
 そして、こうしている間にも無数の粘弾が近づいてくる……。
「くそ、避けらんねえぞこれ! 隙間を縫っていくしか……」
『だから突っ込めって! シールドでガードできるから! 昔何回もガードしたことあるから信用して!』
 俺は再びアクセルを吹かし、蛇行するようにバイクを進ませる。
 いくつもの粘弾が飛んでくる。粘弾は野球のフライボールみたいに弧を描いて頭上から落ちてくる。300キロで粘弾に向かって突っ込んでいったさっきの状況とは違い、バイクの速度を大幅に落としているから注意して運転すれば激突は避けられる。とはいえ、上を気にしながらバイクを運転するのは神経が削られる。それに、進むにつれて飛来する粘弾の数が増えてくる。というか、最後尾にいるスコルピオの何匹かが、進行方向を反転させて俺たちの方に向かってくる。
 その間にも、蛇行するバイクの周囲の砂漠の砂に、粘弾がいくつも突き刺さる。
 かろうじて避けてはいるが、半分は運だ。飛来する粘弾の数が増えている。このままだといつか直撃する。
「くそ、やべえ、どうするよこれ……」
『あのさー、一応伝えておくけど』
「悪い、今話を聞いてる余裕無い」
『一応伝えておくけど、私のシールド、粘弾くらいなら弾くから』
「え、何? なんて?」
『私のシールド、百発くらいなら粘弾弾くから、気にせず突っ込んでいいよ。実際に試して確認済み。ちなみにシールドって、バイクの前に出してある透明の板みたいに見えるやつのことなんだけどね』
「え、あ、これ、シールドっていうの? お前が出したの? お得意のマジカルなテクニックで? マジかよ!? ていうかなんで今まで黙ってたの!? それ最初に教えて欲しかった!」
『あっうんそうだねえ! 伝えるの忘れてたねえ! ごめーん!』
「まったく次からは気をつけろよ!」
 とまぺちーのがシールドを張ってくれた。このシールドが、防御の手段なのだという。
 そのことで俺は心の平静を取り戻す。もちろん、シールドは万能じゃないだろうし、ヤバい状況であるには違いないが、それはスコルピオを追うことを決めた時点で納得していたことだ。理屈で納得することと、実際に体験することには大きな隔たりがある。その隔たりを少しづつ小さくしていく。
 俺はバイクを止め、正面をスコルピオの群れに向ける。
 意識して心を落ち着かせる。
 そして、最初の一発を待つ。
 いくつも飛来する粘弾はほとんどが当たらずに周囲の砂に埋まる。
 地面に落ちるたびに、どすん、どすん、と重い音を立て、それが持つエネルギーの大きさをいやでも思い知らされる。
 とまぺちーのの言うとおり、粘弾の狙いはかなり正確だ。しかしまだ数キロの距離があるためか、まだいくらかの誤差がある。
 何弧を描いて一直線に飛んでくる、青白い炎をまとった、何十発もの岩の塊。
 それが、真正面にやってくるのを待つ。
 長く待つ必要は無かった。
 拳ほどのサイズの岩の塊がシールドに激突する。
 その瞬間は目をつぶらないようにしようと思っていた。シールドが役に立たなかったとき、俺は即死する可能性があったし、死ぬときは目を開けていたかったからだ。でも衝突の瞬間、俺は反射的に目を閉じていた。
 すぐに目を開ける。
 音もなく、衝撃一つなく、岩の塊が、ただ勢いだけを失って、ぽとりと地面に落ちたのが見えた。
 シールドが、粘弾を無効化するところをこの目で見た。
「とまぺちーの」
『ん?』
「捕まってろ。一気に距離を詰める」
「うひょおおおおっ!??」
 スロットルを回してアクセルを開ける。
 一瞬フロントがまくられるが、すぐに落ち着いてバイクが加速し、スコルピオの群れに向けた最短距離を走る。
 数分後に接敵する。
 その前に、準備を済ませる。
 右手の親指で、ハンドルバーの根元に設置されたカバーを開き、手前にある小さいボタンを長押しする。
 視界の邪魔にならない正面の位置に、緑色のホロ文字が浮かび上がる。
 運転に集中しつつ、内容を一つづつ確認していく。
「兵装起動、セーフティ解除、初期化進行中……、完了、簡易診断モード開始、完了、システムオールグリーン。スタンバイ」
 バイクの正面に開いた円形の穴が開き、その中から二本の銃口がにょっきりと顔を出すのが見えた。
「オートターゲティングシステム起動、目標設定:現地生物、スコルピオ、セット、各種保護条例リストに種名の記載がないことを確認、チェック、射撃パラメータ算出、有効射程距50メートル、確認、偏差補正プロセス準備中、プロセス開始、有効射程内に存在する目標に照準を合わせ、トリガーを引いてください……。オーケー、もうちょっとで距離に入る……」
 さっきまで豆粒だったスコルピオのサイズ感がだんだんと等身大に近づいていく。冗談にならないくらいでかい。胴体自体のサイズはそれほどでもないが、脚が長いせいで図体以上の迫力を感じる。視界に入るだけで百匹はいる。その半数がこちらに頭を向けている。脚が動くたびに砂埃が巻き上がる。くそ、黒い外骨格はいかにも固そうに見える。虫のような生物だとすると、弾丸の痛みで戦意喪失するかどうかははなはだ疑問だ。完全に殺し切らないと止まらないなら、かなり面倒なことになる。
 すぐに分かる。
 あと数百メートルでこちらの射程圏内だ。
 砂埃とこれまでに粘着弾がいくつか直撃したが、いずれもシールドに弾かれて落ちる。バイクには衝撃すら残らない。
 そして……。
 ピーッ、ピーッ、ピーッ、と、射撃システムが、エンジンに負けない甲高いビープ音を鳴らす。
 聞いた瞬間、ハンドルバーの根元の赤いボタンを親指で押し込む。
 パン、パン、パン、と、火薬が弾ける音が三回して、数十メートルの距離まで近づいた一匹のスコルピオの頭の形がわずかに歪んだように見え、そしてそいつはバランスを崩し、倒れ、動かなくなる。
 緑色のホロ文字の表示が更新される。
「射撃情報取得、解析中、偏差補正プロセス完了、スタンバイ」
 何百回も繰り返した訓練通りの動作で、俺は急ブレーキをかけながら、赤いボタンを押し込む。
 ブレーキで空中にロックされたホバーバイクは、慣性を殺しきれずに浮かんだまま円を描くように回り、そして正面から突き出した銃口からは、回転に従って扇状に弾丸が吐き出される。わずか一秒程度で、十匹以上のスコルピオが死に、動かなくなるのが見えた。
 だが、それだけだ。動きの止まった死骸を乗り越えるようにして、後続が前列にあらわれる。
 アクセルを開け、スコルピオの隊列の正面から斜めにバイクを進ませながら、射撃ボタンを押して先頭にいる個体をなぎ倒す。それでも倒しきれない数匹が残っていて、そいつらが直接バイクに向かって進んでくる。素早い。それに、鋭利な外骨格で覆われた脚の先端はかなり鋭そうだ。こちらの射程は50メートル。それ以上離れたら装甲を射抜けないから、攻撃のタイミングで50メートルまで接近しないといけない。一番危険なのはそこだ。粘弾はシールドで防御できるが、脚による直接攻撃は防げるかどうか分からない。油断したらやられる。接近してくる数匹を打ち倒したあと、安全な距離を取るために一旦バイクの向きを変える。

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