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石蕗(ツワブキ)の朝に

我が家の玄関先には母の育てた鉢植えのツワブキが設(しつら)えてある。今年はフキのそれにも似た深緑の葉がワサワサと生い茂ったのが嬉しくて仕方がないと見えて(母は葉っぱの緑をも楽しむので)、母は私が仕事から帰ってきたのをつかまえてはその日の様子を話して聞かせるのだった。ある日などは近所の奥さんが家に来た時に鉢植えを見たのだが、葉っぱが余程茂っていたせいか、ツワブキを知っているのにも関わらずそれと気づかなかったという。あまつさえ花芽もまた葉影の其処此処に隠れていて、そろそろ細長い茎がニョキニョキと伸びて来そうな気配があるので、これまた楽しみ-云々。もともとは庭の一角に露地植えにしていたのだが、たまさか脇にあった別の植物を植えた鉢にツワブキの茎高い花実が、タネを落としたものらしい。それがいつの間にやらコッソリすくすくと育っていたのである。

 それからというもの、仕事に出かける際には必ず玄関先のツワブキをながめてから行くのが小さな愉しみとなっている。最初は茎を抱く円形の葉が、傘を連ねたように鉢を覆っていた。見た目の硬い質感を思わせる印象とは裏腹に、朝の光を斑点に滲ませた透かし窓を視るような錯覚の焦点を併せ持ち、引き込まれる魅力を覚えた。やがて深い葉群のひだの間から茎を伸ばした先端に、丸みをとった円筒型の蕾が現れた。萼片にきっちりと畳まれたなかから咲く花は、疎らにこよりを解いていきつつも、確かな花の輪郭に合わせてきた。それは重ねて織り上げたひとつではなく、花びらのひとひら、ひとひらのかたちが微細に間(あわい)をとって背にした空間から浮かび上がり、花心の周りをめぐっているような光輪の絵姿模様を映し出しているのだ。

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