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ガラスの船

船が一隻あります。ガラスでできた船です。
それを見ている男の人がいました。男の人は、今からこの船で旅に出るのです。旅へ出るなら、この船だと決めていたのです。
透明に透き通る船の底には、海がそのままに映し出され、きっと美しいにちがいない。男の人はそう思ったのです。
一流のガラス職人に船作りを依頼し作ってもらいました。三年もかけて作ってもらった、最高級のガラスの船です。
男の人はいざ、船に乗り込みました。
船はつるつるしていますが、なんとか乗り込むと、その美しさに言葉を失いました。まるで海ごと手に入れてしまったような感動です。
そんな船に乗り込んだ男の人をとある少年が見ていました。少年は男の人に言いました。

「いいなあ。ぼくにもそれ、乗せてよ」

しかし男の人は首を横に振り、それを拒みました。

「冗談を言いなさんな。私がこれを作るのに、どれほどの時間と財産をついやしたと思っているのだい。これは私だけしか乗れない、最高級の乗り物だよ」

「ちぇ、それならいいよ」

少年は石をけりながら去っていきました。
それを見送ると男の人は満を持して、出航しました。さあ、旅立ちです!

それはそれは素晴らしい旅でした。
海の上でのガラスの船は、海面をそのまま映し出しきらきらしています。
その向こうで映し出される魚たちの楽園。隣ではイルカが興味ぶかそうに「それはなあに?」と船を追いかけてきています。人魚のいる湾では人魚たちが「キレイね」「素敵ね」とほめてくれて「いや、君たちもとてもキレイだよ」と会話したり、双子岩のある湾では暮れゆく夕日を見つめて心が洗われるようでした。
しかしそんな長い旅で、男の人はふと思いました。

(この今感じていることは、私だけにしかわからないんだな)

それは誇らしいことでもあると同時に、少しだけ心をきゅうっとさせました。
なぜでしょう。今になって、船に乗りたいと言ってくれたあの少年を思い出してしまうのは。

男の人は一度旅を休んで、再び自分の町へ戻りました。始まりの町です。そして少年が港でつりをしているのを見つけました。少し照れくさそうに、ガラスの船の上から声をかけました。

「やあ君、乗っていくかい」

少年は一度だけ目を大きくして、そしてうなずきました。

そうして男の人は少年と、ガラスの船で旅をまた始めました。
隣で一緒に笑い、感動し、協力できる。そんな旅を。



おわり

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