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漫才師が結婚して、趣味が増える
去年の秋くらいから、Instagramの非公開アカウントでリール機能を使ってVlogを作ってアップしている。1年以上続いているので、趣味と言ってもいいのではないかと思っている。
Vlogと言っても、iPhone SE(第2世代)の激しょぼカメラで乱雑に撮ったものをつなぎ合わせてテロップを入れるという、ごくごく簡単なものである。なぜVlogを作り始めたかというと、きっかけは「とある漫才師の結婚」だった。
祇園(祇󠄀園)という漫才コンビがいる。大阪を拠点に活動しており、今年M-1グランプリの出場のラストイヤーを迎える。2020年に初めて準決勝まで進出したものの木﨑太郎氏が新型コロナウイルスに罹患し、敗者復活戦欠場を余儀なくされた。お笑い好きの間では安定感のある正統派漫才師としても知られている。
祇園を知ったのは、金属バットの「ラジオバンダリー」だった。祇園のふたりがゲストとして登場し、金属バットの矢継ぎ早に繰り出されるボケに対して事細かにツッコミを入れているのが印象的だった。落ち着いているけれど緩急もある、テンポのいいトークも心地よかった。
そこからほどなくして、祇園のネタ作成者である櫻井健一朗氏がソロでYouTubeチャンネルを立ち上げた。彼が同チャンネル内でアップし始めた「3○歳・独身・芸人」という、その日起こった出来事を動画にまとめるVlogシリーズにわたしはのめり込んでいった。
漫才師の日常と、櫻井氏の漫才師らしからぬ行動が時系列でまとめられた動画が、彼によるどこか皮肉の効いたテロップとともに淡々と進んでいく。その絶妙な温度感が心地よく、同世代かつ独身で、仕事柄移動が多く、個人行動を主として生活をするわたしは、僭越ながら共感もできた。
櫻井氏のVlogは必ずその日の夜にアップされた。2019年の秋から、それを観てから寝るのが習慣になっていた。そうしているうちに彼のVlogを観なければ落ち着いて眠れない身体にもなっていた。
だが2022年の初夏、3年弱続いたルーティーンが突如崩れることとなる。櫻井氏が結婚を発表した。
それによりVlogがアップされることは、ほぼなくなってしまった。有名人の結婚により「○○ロス」に襲われる人が多いとよく聞くが、わたしは櫻井氏の結婚は両手を上げて喜びつつも、完全に「祇園櫻井Vlogロス」に陥った。
このことをきっかけに、もともとわたしはVlogを観るのが好きだということに気付いた。それはその人が生活のなかで見た景色を、その人の視点で楽しめるからだと思う。「この人も生活をしているんだな」と実感できることで、安心を得ているのかもしれない。
だが櫻井氏ほど心地のいいVlogを作る人とも出会えず、悶々とした日々を送っていた。そんな頃、弟が母のお店やハンドメイドブランドのInstagramで、リールを使って軽い動画を作っていることに関心が向いた。
話を聞いてみると、結構簡単に動画編集ができるとのこと。ひとまずざっくばらんに触ってみることにした。最初のうちは音楽や効果音を入れてみたり、後から声を入れる方法を使ってみたりと、できる限りのいろんなことを試していった。
作ってみると、どんな動画でつないでみればいいのか、どんな尺でカット割りを作るべきなのか、どんな動画が自分にしっくりくるのかがわかってくる。そして櫻井氏のVlogを長年観ていたこともあり、その影響が自分の作る動画にも出ていることが見て取れた。
わたしはひとりでいるとき、周辺の景色を眺めていることが多い。その景色に感情を重ねたり、思考を巡らせたりして、精神を落ち着かせている。だからそのときの景色を映像に残すと、そのときの記憶や感覚も蘇ってくる。
写真家の娘だったわたしにとって「写真」は「美しい作品」として残すことが目的となる反面、Vlogは自分がその光景を見たという事実、自分が生きた時間を残すという意味合いが強い。自分の観た景色が動画だと少し劣化して残るところも、「実際はもっと綺麗で感動的だったよな」と思えるため満足度が高い。
都会には都会の、田舎には田舎の美しさがあり、わたしの観ている景色をわたしのことを知っている人に観てもらいたい気持ちもあった。それはきっと、「こんな景色を見ながら日々を過ごしている人間だということを知ってほしい」という欲求から来るものでもあるのだと思う。そして先述のとおり、わたしもみんながどんな景色を見ているのか知りたいと思っている。だから櫻井さんの観ている景色が淡々としたムードで収められた、あのVlogが好きだった。
おそらく櫻井さんがVlogの投稿を続けていたら、わたしは自分の観ていた景色を残そうと思っていなかったと思う。そういう意味では櫻井さんが結婚を機にVlogをやめてくれてよかったのかもしれない。
わたしのVlogも昨日で140本目となった。そんなに動画技術は向上していないけれど、盗撮に間違われないか、人の映り込みをどうやって避けるかなどの配慮をしつつ、「いつもとは違うカットを入れたいな」など自分のためにも新鮮味を失わないよう試行錯誤している。
地方に住んでいる人からは「東京の景色が観られて楽しい」と言ってもらったりもしていて、意外と楽しみにしていただいているらしい。動画素人であってもダレないぎりぎりのラインともいえる1分半以内という短尺も、作るほうにも観るほうにも負担にならないのだろう。
鍵アカではありますが、読者様or友人知人の皆様であることがわかれば承認いたしますので、もしご興味おありの方はぜひぜひです。
でもよく観ていたVlogの投稿がなくなったことで、その穴を埋めるために自分が同じことをし始めるっていうのもなかなか不思議というか、自分のことながら面白いなと思いました。もしかしたら大好きで大好きで仕方がないバンドが解散して、バンドを始めたという人もいるかもしれないですね。
自分でVlogを作るようになったおかげで、前以上に自分の生活を肯定できている感覚もあります。「風が吹けば桶屋が儲かる」ならぬ、「漫才師が結婚して趣味が増える」。あなたのふとした行いも、誰かの人生に影響を及ぼしているかもしれません。
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