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写真家の父と、その血を引くわたし
1995年に他界した父は写真家だった。一緒に過ごせたのは小学生のときまでなので記憶は断片的だが、子どものことは基本的に母に任せていて、父親としての責務は特に背負っていなかったと思う。
父はわたしを叱らなかった、わたしに嫌われたくないから。父はわたしをよくドライブに連れて行った、自分がドライブが好きだから。弟は車酔いが激しくて、運転に自信のある父は面白くなさそうだった。弟は母になついていて、弟が母にべったりの様子を見る父は面白くなさそうだった。
母の膝の上は弟でふさがっているから、自ずとわたしは父の元に行くことになる。わたしも父が嫌いなわけではなかったし、わたしがそばに行くと父も満足そうな顔をしていたし、弟も母と一緒にいられてうれしそうだったから、それでいいと思った。
父は母よりもわたしたちよりも、何より写真を愛していた。ほとんどを自分の部屋である暗室で過ごしていた。わたしは父の撮る写真が好きだった。だからそれでも別に良かった。
父に写真の才能はあったと思う。父の年代で日芸の写真学科を現役合格するのはかなり珍しかったというが、それを苦労なくやってのけた。それを裏付けるように、若い頃から晩年まで個性的で美しい写真を撮っていた。なかでも、わたしが生まれる前に父が撮った母の写真は最高だ。母の抱える無垢さも、切なさも、憂いも、幼さも、すべて捉えていた。
だが父は売れなかった。その最も大きな原因が「写しすぎてしまうこと」だった。
父は物事の本質を掴む力に長けていた。美しいものは、そのまま美しく撮れる人だった。裏を返せば、偽りの美しさを写真に残すことができなかった。うわべだけのモデルを、美しく撮れなかったのだ。
想像以上に世の中はうわべでできている。被写体を美しく撮れない写真家に仕事は回ってこない。わたしが年齢を重ねれば重ねるほど、父は家にいることが多くなった。
父は写真家としてのプライドが高かった。そんな仕事はしたくない。そこまでして仕事が欲しいと思わない。頭なんて下げたくない。せっかく有名な写真家に見初められて連絡先までもらったのに電話もしない。いま思うと、すべてが自己愛から生まれる恐怖だったのだろう。愛してやまない、自分のアイデンティティである写真に振り向いてもらえないことほど、胸が痛むことはない。
わたしもそんな父の血を引いていると感じる瞬間がしばしばある。何年か前に、とても大切だった人からこんなことを言われたことがある。
「俺らに当たり前のように見えていること、わかることは、ほとんどの人は見えないしわからないんだよ。それをあなたはもっとわかっていたほうがいい。黙っているのがいいんだよ」
わたしは別に人を見抜く力が鋭いわけでも、本質を捉える力があるわけでもない。ただただ、取り繕った外側が見えないのだ。もしかしたら父もそうだったのかもしれない。でも人間の取り繕う場所は、見せたくない場所とイコールだ。相手の取り繕ったものが見えないわたしは、それが見せたくない場所だと気づいていなくて、人を傷つけてしまうことがよくある。
20代の頃、友達から恋人を紹介された。その殿方は明らかに友達を不幸にしそうな人柄だった。「別れたほうがいい」と言うと、友達は憤怒した。それからその友達とは疎遠になり、1年後に人づてで浮気が原因で別れたことを聞いた。そうやっていろんな人を怒らせては、その人との縁が切れた。先述のアドバイスをくれたとても大切だった人のことも怒らせて疎遠になった。
たくさんの人を怒らせるから、黙るようになった。でもわたしは取り繕ったものが見えないから、何を黙るべきなのかがわからない。きっともっともっと黙らないといけないんだろう。
この仕事でも何を言うべきなのか、何を言わないべきなのか今でもすごく悩む。だから見えたものをそのまま書くのではなく、ほかの言い方はないかどうかをすごく考える。とはいえほかの言い方をしたとしても、相手にとっては言及されることすら嫌なことかもしれない。そういうことを細かく考えていくと、何を書くべきなのかがわからなくなる。
でも考えたって考えたって人の心なんてわかるはずがない。どうしたら好かれるかなんてわからない。だったら自分にできる最大限の配慮をするしかない。それで嫌われたらそういう運命だったまでだ。嫌われることを恐れて大事なところに触れられないほうが、書き手としてはつらい。
自分らしく生きることは、誰かを傷つけることなんだろう。時には自分さえも。
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![沖 さやこ](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/10390026/profile_919fb954a206b8c31ee79640d8a5ebcd.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)