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未来の自分のための十五分チャレンジ
ある本を読んでいたら、15分チャレンジという単語が出てきた。
週末北欧部のchikaさんの本だ。
一日十五分、自分が嬉しくなれる未来のために使う。
十五分のチャレンジができるたびに、カレンダーにチェックマークを足す。
chikaさんは彼女が長年憧れるフィンランドに移住し、紆余曲折あって現地で個人事業主として作家活動をしていらっしゃる。
たくましくフットワークの軽い彼女の十五分チャレンジの内容は、作家としてフィンランド語のSNSアカウントを開設したり、自分の本を書店に売り込むためのメールを送ったりと、やはり作家らしさが出ているもの。
でも、チャレンジ内容を紐解くと、「アカウント登録」や「メール送信」と、まさしく十五分で出来るものばかりだ。
十五分で出来るものばかりだけれど、その登録したアカウントで発信しているのは母語ではなくフィンランド語の情報だし、メール送信先の書店はもちろんフィンランドのお店。
たった十五分、されど十五分。そのチャレンジは、自分の本や作家活動を売り込むための大切な一歩だ。
chikaさんほど大きく、確実で、キラキラ輝いて見える何かを目指したものでなくとも、「未来の自分のために一日十五分使う」というチャレンジの内容は魅力的に思えた。
これなら自分でもできそうかも、と。
ということで、まずNotionに「十五分チャレンジ」のカレンダーを作ることから始めた。
なんのことはない、ただのTodoリストで、それをカレンダービューにしただけのやつだ。
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チャレンジの内容も簡単で、以前から気になっているサービスの登録だったり、Notionにデータベースを追加しただけだったり、そんな感じのものばかりだ。
それでも、どれもこれも自分にとって「チャレンジ」ばかりだ。
Duolingoは、存在は知っていたしずっと興味を持っていたサービスだった。
語学学習サービスだ。無料で外国語を学べるもので、世界中に利用者がいる。母語が日本語でも問題ない。
別に海外旅行をする予定もないし、そのお金もない。でも英語を学びたいとなんとなく思い続けていた。
好きなアメリカのアーティストが歌う曲の歌詞を、ニュアンス含めて理解したい。
好きな海外のインディーゲームの更新履歴を、そのゲーム独自の魔法やスキルの名前を含めて、自分で読んで理解したい。
今やGoogle翻訳で大抵の文章は日本語で読めるありがたい時代なのだが、それでも、とずっと思っていた。
その「読む」というチャレンジの一歩目を、十二月一日に始めた。アプリをDLして、サービスに登録したのだ。私にとって大きな一歩だった。
私は飽き性で三日坊主だ。この一日十五分のチャレンジが、いつまで続くかはわからない。
私が期待している未来に繋がるのかもわからない。
加えて、私がこの一週間かそこらでカレンダーにメモしたチャレンジは、本当に「ちょっと」のチャレンジだ。
でも、どれもこれも、この十五分チャレンジをやると決めてなかったら、決められてなかったものだ。
そんな決められてなかったものが、決めたものとしてちょっとずつ増えていく。
それが嬉しい。
朝起きたら、今日は何にチャレンジしようかなと思いながら身支度をする。
昼食を食べる頃には、今日のチャレンジがなんとなく浮かんでいる。
仕事から帰って夕食や入浴を済ませたら、ほんのちょっとのチャレンジをする。
カレンダーにチェックを入れながら、明日は何にチャレンジしようかと考える。
なんとなくそんなルーティンができた、少しだけ忙しく、少しだけ楽しいここ数日なのだ。
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