【往復書簡】ここにきて断然好きになったものはありますか?
のんちゃんへ。
今日は5月1日。去年の今日、のんちゃんとまりいさんと一緒に、モンペリエ近郊の小さな村に遊びに行ったの、覚えていますか? 暑くてみんな半袖を着ていたし、モンペリエに帰ってきたら黄色ベスト運動のデモ隊と軍が凱旋門の前で一悶着を起こしていましたね。去年と今年は何もかも違う。去年なのに「あの頃は」と言っても何もおかしくないような気がしています。
のんちゃんの熱が下がって、本当によかった。実はのんちゃんの熱の投稿を見る数日前から父が熱を出していたので、気が気ではありませんでした。今熱が出ると、本当に心配になりますね。心配しすぎて、ちょっと私も胃を壊しました。この状態はしばらく続くのだろうから、うっかり熱を出さないように、もちろん感染しないように、本当にお大事にしてください。
フランスでは4月28日に首相演説があって、5月11日から段階的に通常に戻していく、と発表されました。(といっても、少なくとも5月末まで日本よりよっぽど厳しい制限があるなかでの話です。)それで、これまで新型コロナウイルスについては頑なに発信を避けていたけれど、諦めようと思いました。なぜなら、ワクチンも薬もないのに通常に戻すということは、「コロナのある通常」を新しく作っていくということだと思ったから。慣れ&対策&疲れ&諦めによって収束はするけれど終息はせず、世界はコロナと共存する道を選んだということなのでしょう。
今、私は東日本大震災後に「こう生きていこう」と決めた宿題のやり残しを、「まだやり終わってないですよね」と詰められている気がしています。それで、NETFLIXでジブリ映画の『風立ちぬ』を観ました。東日本大震災後に宮崎駿が「もう子供向けのものは作れない」と作った、大人に生き方を問うアニメだったはずだから。結核の話もなんとなく時流に合うしね。
ところが。まだ渦中にいるからかもしれないけれど、そしてこれは作品の意図通りなんだろうけれど、今観たら「違うだろ」という気持ちがすごく強かったのです。公開直後は本当に感動して、二郎に共感して、ジブリのなかで一番好きだと思ったほどだったのに、今は感動よりも違和感の気持ちが強いです。
堀辰雄が『風立ちぬ』の冒頭で引用した、そして映画『風立ちぬ』で菜穂子と二郎が出会ったときに口にした、以下の言葉。
Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
(風が起きる、生きてみなければならない)
これはポール・ヴァレリーの『海辺の墓地』からの引用です。ポール・ヴァレリーはモンペリエの隣町のセットSète出身なので、たぶんこの詩の一節にある風って、単なる風なんかじゃなくて、もんのすごく強い風だと思うんです。のんちゃんとまりいさんが来た時は穏やかだったけれど、この辺りにはアルプスからはトラモンタン、プロヴァンスからミストラル、そしてサハラ砂漠からはシロッコと呼ばれる風が吹くし、それが台風並みに強いことが多いから。
たしかに、人生には今みたいに大きな風が吹いて、それでも生きなきゃいけないという状態もある。(フランス首相も「私たちはウイルスと共に生きなければなりません」と言っていました。)それは理解できるんだけれど、一方で、それだけだと、そもそもなんで生きなきゃならないのか、よくわからないな、と。
地獄を作ることに協力しておきながら、「ここは地獄ですね」なんて言っているのは悲しすぎるし、地獄で生きるなら、死んだって良いんじゃないかと思っちゃった。美しい夢なら、汚されないようにしたいよ。つらい、つらすぎる。東日本大震災の被害は人災的な要素も大きかったし、震災後になんとなく世論が好戦的になっていたから描いたのだろうけれど…
それに引き換え圧倒的に今好きなのが『かぐや姫の物語』です。前から好きだったけれど、今はめちゃ好き。全力で生きることを祝福する作品だな、と。帝のセクハラがキモすぎて、いくら相手が帝でも死にたくなるのもわかるし、生きることの喜びは「鳥、虫、けもの、草、木、花。春夏秋冬 連れてこい」だし、「いまのすべては、未来の希望。必ず憶えてる、なつかしい記憶で」なんだ。もう、泣いちゃう。生きねば、ではなく、命を寿ぐ方向で生きていきたいものだなと思います。前半を何度も観たい。で、後半を見ると「やだなって思ったことを、小さな段階でちゃんと出していかないと、しまいには帝に酷いことされるんだな」と反省します。
…と、のんちゃんが『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』を観ている前提で書いちゃったけれど、観てなかったらごめんなさい。のんちゃんは「ここにきて断然好きになったもの」はありますか?
ところで、今回ののんちゃんの質問。「目玉焼きにかけるものは何か」っていうものですが、この手の質問、懐かしいね!
小学生の頃、「目玉焼きは醤油か塩か」という議論(!)で、クラスが二分していたのに(私はいちおう塩派)、一人がソースだと言い出し教室がざわめいたのを思い出しました。ソースって言ったあの子、元気かしら。
のんちゃんは醤油派とのこと。コメント欄に、まりいさんは醤油→塩胡椒→マヨネーズと変遷していると書いていたけれど、夫はケチャップ派です。醤油派なら、ナンプラーをちょっとかけてみて。おいしいよ。卵は万能選手だしかなり包容力があるから、なんでもいけるきがします。と言いながら、私は今は何もかけない派です。何もかけない方が黄身の味がもっとおいしい、と信じてる。目玉には火が通ってない方が好きです。ちなみに茹で卵にはマヨネーズ派です。
長くなりました。お互い、無事でいましょう!
では、またね。
追伸:のんちゃんのだんなさんはローズの香り漂うローズおじさんなのね! 超良い! ローズは心を落ち着かせるし。私も年々アロマっぽいものが好きになっています。アロマテラピーアソシエイツ、気になる。イギリスのブランドなのね。モンペリエのセフォラにあるらしいので、お店が開いたら嗅ぎにいきたい!(しかしセフォラは少なくとも5月末までは開かない…)
追伸2:トップ画像は、去年の今日、撮ったもの。のんちゃんと真理衣さんと一緒に行ったサン=ギレム=ル=デゼールでの「郵便受けを探せ」写真です。のんちゃんの長旅、今年の予定じゃなくて本当によかったね。