丹精込めて放置する。
さやか星小学校 教務主任・第1学年担任 島岡次郎
ある日のおやつの時間。もう直ぐ3歳になる愚息が、真剣な顔をして「とっと、おしんこ!」と訴えてきました。非常に切迫した表情だったので、「今日のおやつは、お新香が良いのか。まあ、煎餅やらチョコレートやらのお菓子を食べるよりずっと良いな。漬物大好きだもんね!」と冷蔵庫から彼が大好きな漬物を取り出して見せました。すると、ものすごい形相で、「違う!おしんこ!!」と叫んだので、「だから、お新香だって!」と私も必死に伝えました。どうにも埒が明かないと思ったのでしょう。息子はモジモジしながら少し考えた顔をした後に、かっと目を見開いて、「おトイレ!」と叫びました。ああ、そうか。彼はさっきから「おしっこ」と言っていたのか。それが上手く言えなくて「おしんこ」になっていたのね。なあるほど!などと得心をしている場合ではありません。私は息子をラグビーボールのように抱えてトレイに駆け込み、便座に座らせました。トイレを訴える行動と、トイレで排尿する行動を強化する絶好の機会ですので、ここは必死です。なんとか無事に排尿を成功させ、息子は自分からトイレに行きたいことを伝えられたボーナスとして、ゼリーをゲットしました。
息子が「おしんこ」では自分の伝えたいことが伝わらない状況に置かれ、諦めずに「おトイレ」という新しい単語を捻り出した、あの瞬間。私は、彼が大きく成長した瞬間だったと思います。子どもが困った状況に置かれた時、大人はどうしても過剰に手を貸してしまいがちです。少し見守っていれば、自力で越えられる壁なのに、抱っこして壁の向こうに連れて行ってしまった経験を、多くの親がしていることと思います。この日、息子は「おトイレ」という言葉で自分の尿意を伝える術を学習しました。無論、「おトイレ」という単語を知っていて、それを発声することができるという下位行動を獲得していたからこそ生起した行動です。もし、彼がこれらの下位行動を獲得していなかったら、我慢の限界を超えた時点で漏らしてしまっていたでしょう。このケースに関しては、私は彼の下位行動を把握した上で、「おトイレ」という言葉を意図的に引き出したわけではないので、偉そうなことは言えません。ただ、何でもかんでも手を貸すのではなく、下位行動を獲得させた上で、自力で解決できるように見守ることは、子どもの成長を促すためには非常に大切なことだと感じています。私はこれを「丹精込めて放置する」と呼んでいます。
さて、今年の初夏から秋にかけて、私が丹精込めて放置したものがもう一つあります。それは、さやか星小学校の畑に植えたサツマイモです。痩せた土地でも育つという特徴に目をつけた徳川吉宗が関東に広め、天明と天保の大飢饉を救った立役者と言われるサツマイモは、フカフカの土さえ作って植えてしまえば、あとはサツマイモの力を信じて育つのを待つのみ。雑草が近くで生えようが、多少雨が降らない時期が続こうが、とにかく余計なことをしない。子どもたちが休み時間に水やりをし、「美味しく育ってね」と語りかける。それ以上、何も足さない、何も引かない。そして迎えた収穫の時。結果から申し上げると、もう、ほっくほくの大豊作でした。子どもの顔面よりも巨大な大物も複数個取れ、嬉しさのあまり高々と天に掲げるお子さんも続出。開校1年目から、景気の良いスタートを切ることができました。
収穫したサツマイモは、1か月の熟成期間を経て、学校で調理して試食する予定です。自分たちで育てたサツマイモ。どんな味がするか、よだれが出るのを堪えながら待ちたいと思います。