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ポジティブな思考も学習できる?

さやか星小学校 教務主任・第1学年担任 島岡次郎


一流アスリートは思考がポジティブ

シファン・ハッサンという陸上選手を御存知でしょうか。オランダ国籍の女性長距離選手で、五輪や世界陸上でいくつものメダルを獲っている超一流のアスリートです。ハッサン選手が特殊なのは、その競技レパートリーの幅広さにあります。短距離かと見紛う速度で走り抜ける1500m走から、42.195kmという、素人には想像を絶する長距離を走るフルマラソンまでを、どれも世界のトップレベルの速さで走ることができるのです。こんな選手は、他にいません。競技特性が違いすぎるからです。分かりやすく表現するならば、「陸上界の大谷翔平」といったところでしょうか。

そんなハッサン選手は、昨年開催されたブタペスト世界陸上にも、1500m、5000m、10000mの3種目にエントリーしました。どの競技でも優勝候補の筆頭で、3冠も夢ではないと言われていました。そして迎えた最初の種目10000m決勝で、ハッサン選手はラスト20mの時点で先頭を走っていました。このままいけば優勝が濃厚!ところが、ここで信じられないことが起きます。隣の選手と接触したのか、足がもつれてしまったのか、転倒してしまったのです。後続の選手にも抜かれ、ハッサン選手は11位に終わります。会場は大きなため息に包まれました。

世界陸上のような大きな大会では、競技が終わるとミックスゾーンという場所でテレビのインタビューが行われます。私は、ハッサン選手がどんな顔で、どんなことを喋るのかが気になりました。自分の人生の全てを賭けて練習に打ち込み、あと少しで手に入れられた栄光が、不運にも手からこぼれ落ちたのです。とても平静ではいられません。私なら、不平不満を口にしてしまうか、「今は、コメントは勘弁してください。」と告げて足早にインタビュー会場から立ち去ってしまうでしょう。しかし、ハッサン選手は違いました。転倒した際に負った裂傷をインタビュアーに見せながら、笑顔で「転けちゃったわ。」と言ったのです。

私は衝撃を受けました。どうして、彼女は笑顔でこんなことが言えるのだろう。悔しくないのだろうか。「転けちゃったわ。」じゃないよ。隣の選手に足が引っかかったとか、本当は私が勝っていたはずだとか、負け惜しみを口にしても良いんじゃないか?そんな気持ちでインタビューを見ていたのですが、彼女はさらに続けます。

「Life is always up and down. And that would make it beautiful.」

「人生は山あり谷あり。だから、人生は美しい。」

どうすればポジティブな思考を獲得できるか考える

彼女は、このような前向きな思考を、どのように獲得してきたのでしょうか。生まれつきの「性格」で説明してしまって良いのでしょうか。私は、この「前向きな思考」も、彼女が学習によって獲得してきたスキルではないかと考えます。

生きていれば、努力が報われることもあれば、何もかも上手くいかずに逆境に立たされることもあります。1日単位で見ても、楽しいこともあれば、嫌な思いをすることもあるでしょう。きっと、彼女は、前向きな言動がものすごく強化され、不平不満や小さな失敗にスポットを当てたネガティブな言動は消去されるような環境で育ったのではないでしょうか。でも、親や教師目線で考えると、これは簡単なように見えて実はすごく難しいことです。我々は、子どもが一度獲得した行動に関しては、「できて当たり前」と思ってしまうことが多いように思います。自分の子育てを自戒しても、油断すると強化を怠ることが多々あります。しかし、その強化回数を上げていけば、ポジティブな言動の生起頻度は、確実に増えるはずです。

先日、本校のカリキュラム開発を担当してくださっている島宗先生にアドバイスしていただいたことで、とても印象に残っているものがあります。それは、「1日の中で、いかに強化回数を増やしていけるかを考えていった方が良い。」ということです。付加的強化にせよ内在的強化にせよ、子供の行動が、好子出現による強化で制御される機会ができる限り増えるように環境を設定していくことが大切なのだと、私は理解しました。だとすると、子どもが楽しく興味を持って取り組める活動をたくさん設定するなど、行動内在的強化の随伴性がなるべく多く発生するようにしなければいけないし、子どもの適切な行動はたくさん強化し、ポジティブな発言をできる限り多く引き出さなければなりません(もちろん、その発言も強化します)。好子出現による強化がたくさんある日常というのは、絶対に楽しいですね。

この夏休み、私は「走るのが楽しい!マラソンが速くなりたい!」という強烈なモチベーションをもつ小3の次女のために、毎日朝5時半から3kmを一緒に走りました。徐々に走る距離を伸ばしていき、8/25(日)には、娘は10kmを走破しました。小3で10kmという距離を走ることができるって、物凄いことです。もちろん、何も努力をせずに私と走れるわけではありません。父親と一緒に走る権利をゲットするためには、「夜8時半までに寝る」や、「洗濯物を取り込んで畳む」といった、生活リズムを整えて、お手伝いをしなければならない随伴性を作りました。こうした行動も、褒めに褒めて強化しました。

マイナスの言動は間違いなく学習できる

当然ですが、逆のことをすると子どもはネガティブな発言をたくさんするようになります。特に、ネガティブな発言が出た時に過度に心配して強化してしまうと、爆発的に増えます。頑張って適切な行動をし、保護者に報告して褒めてもらうより、つまらなそうな顔をして「嫌なことがあった」と言った方が、簡単に注目を得られるからです。もちろん、さやか星小学校では、好子を使った強化の随伴性に満ち溢れた学校生活を目指します。

まとめ

冒頭で紹介したハッサン選手は、今夏のパリ五輪でも5000m、10000m、マラソンに出場しました。そして、5000mと10000mで銅メダル、マラソンではなんと金メダルを獲得しました。逆境にあっても挫けず、どんな時にも前向きに、自分の目標に向かって楽しく努力することができる。そんな人間を育てていきたい。今週から始まった夏休み明けの学校生活に、私も希望をもって臨んでいきたいと思います。