映画『茶飲友達』 音楽制作秘話
渋谷ユーロスペース1館スタートから、全国70館以上(2023年5月16日時点)まで拡大中の長編映画「茶飲友達」(外山文治監督、岡本玲主演)。劇伴音楽(サウンドトラック)制作を担当させていただいた立場から、音楽制作秘話をご紹介させて頂きます。
外山文治監督とは「燦燦」(2013)以降の全ての映画作品(「ソワレ」「わさび」など)でご一緒させて頂いています。外山作品を観ると「音楽、少なめ?」という感想を持たれる方が多いかもしれません。時には「エンドロールしか流れていなかった気がする」という方も(笑)。音楽を担当している立場からすると少し寂しいような複雑な気持ちもありますが、実は嬉しい感想でもあります。というのは、外山監督は、作品の中で音楽で煽ろうとすることは絶対にしない。音楽が観客の感情に先行して「はい、ここは感動する場面です、泣いて下さい。楽しい場面です、笑って下さい」というように、感情を誘導させるような音楽の使い方はしないスタンスです。
映像と、音楽とが、一体化して、お客さんに語りかけていく必要がある場面。つまり「ここだけ必ず音楽との相乗効果が必要という場面」に絞って、最小限最大効果を狙っていくような音楽の使い方をされる監督なので、実際音楽の曲数は通常の長編映画よりも少なめです。実際に鑑賞すると更に少ない曲数に感じるかもしれません。もし映像と音楽が完全に一体化していたことによりそのように感じられたとしたら、とても嬉しいです。
また通常、映画音楽では、映像がある程度出来上がったところで音楽が発注となり、映像に音楽を付けていくのがのが一般的ですが、外山監督との場合、少し違ったアプローチをさせて頂いています。脚本の更に前の企画段階から、イメージを伝えて頂き、その後ロケハンの写真やリハーサル映像を見ながら、最初から同時進行で楽曲作りを進めさせて頂いている形です。なので、映像に音楽を付けるというより、映画が誕生しようとしているときに、自ずから聞こえてくる音たちを手繰り寄せて、曲として仕上げていくような感覚です。
今回の「茶飲友達」では、劇伴として9曲の楽曲を制作させて頂きました。プロデューサー、監督の了承を得た上で、このページではこの9曲それぞれにまつわるお話をさせて頂ければと思います。
なるべくネタバレ無しで書かせて頂く予定なので、鑑賞前に読んで頂いても差し支えない情報にするつもりですが、一度作品を観て頂いた後の方が、より楽しく読んで頂けるかなと思います。
M1 「サティ "ジュ・トゥ・ヴ" 〜あなたが欲しい〜」
この映画の中で、一番最初に決まった音楽がこの曲でした。まだ撮影が行われるずっと前、最初の脚本が出来上がったばかりの頃だったかと思います。外山監督と、今回の作品の世界観やコンセプトを話し合っていく中で「今回の作品にはサティが合うのではないか、特に”ジュ・トゥ・ヴ”を映画の冒頭シーンに挿入曲として使うのはどうだろうか?」というアイディアが生まれました。
「ジュ・トゥ・ヴ」は、フランスの人気作曲家サティの代表的な作品で「あなたが欲しい」という副題が付いています。今回の作品の中で、この曲のみ、オリジナルではなく既成曲の編曲となります。ピアノバージョンが有名ですが、原曲は歌曲で、歌詞が付いています。この歌詞が、実はこの映画冒頭のシーンと、驚くほど重なる内容です。恋や愛の触れ合いに胸躍らせる男女の気持ちが情熱的、官能的に描かれています。
デモの段階では、定番のピアノソロバージョンの他、アコーディオンや、チェロなど、いくつかの異なるバージョンを作って提案。監督との話し合いを経た結果、温かなフェルトピアノのソロから始まり、場面に合わせて徐々に楽器が加わり、最後は華やかなフルオーケストラで締めくくるという構成になり、それに合わせて編曲・制作を行いました。チェロのソロは、外山監督の前作「ソワレ」でも演奏していただいた元東京交響楽団首席チェリストで、現在は全国各地で演奏活動をされている西谷牧人さんに演奏していただいています。
(この「ジュ・トゥ・ヴ」は、実はこの映画の中で、形を変えて合計3回登場しています。3回とも気付いた方は凄い!)
M2 「Time to Go I」
ティーガールズ達の出勤シーンで流れるこの楽曲。外山監督からは、「ジャジー」「社会派」「都会」「レトロ」「組織」「ノイズ」など、いくつかのキーワードを頂いた後に、原案を作成。この曲は、今回の作品の音楽の中で、最も徹底的に議論を重ねた曲です。普段は、aバージョン、bバージョンといくつかのデモバージョンを作って行く中で、d〜eくらいまでに監督のOKが出て、最終的な原型が見えてくるのですが・・。この曲は、ティーガールズ達の活動の印象を冒頭から左右してしまいかねない重要な役割があるため、これでもないあれでもないと試行錯誤を重ね、監督のOKがようやく出たのがjバージョン。つまり、最終の曲に行き着くまでに、a〜iまで、全く異なる9曲のボツ曲が産まれています(笑)。そのjバージョンから、さらに細かい編曲を積み重ねて、最終バージョンに行き着いています。
スウィングのリズムと、ウッドベースの上に、チェロとストリングスのピチカートやオールドピアノの音色を合わせ、ジャズのリズムとクラシカルな雰囲気を併せ持った楽曲となっています。
M3 「Are You Ready?」
松子のホテルでの練習シーンで流れる楽曲。当初はメロディのある楽曲も提案していたのですが、結果、打楽器のみの曲が採用となりました。打楽器10種類ほどを重ねて作っています。太鼓などの打楽器はいわゆる「メロディ」というものがありませんが、その分聴く人の胸をダイレクトに打ち、感情を揺さぶってくる楽器です。打楽器の種類やリズムの種類、強弱などが、一つ変わるだけで、同じシーンがコメディにも見えるし、シリアスなサスペンス風にも見えてしまう。このさじ加減が難しく、様々なパターンを試しながら、最適なラインを探っていきました。
M4「Time to Go II」
ある日ティーフレンドにかかってきた一本の電話に合わせてスタートし、とある場所への派遣シーンで流れるこの楽曲。実はM2の「Time to Go I」のアレンジバージョンとなっています。冒頭出勤シーンで流れた時はシンプルな4拍子だったのが、ここではアップテンポの「8分の11拍子」というイレギュラーな変拍子から始まります。本予告編で流れているのは、こちらの楽曲になります。
M5「優しい時間」
松子宅での、マナと松子が過ごす穏やかな時間で流れる楽曲。実はこのシーンは、冒頭のサティの「ジュ・トゥ・ヴ」に合わせて、サティの「ジムノペディ」を使用する、という案もありました。でも実際撮影を終えてみると、マナと松子がかもしだす独特の温かな雰囲気が、やはり既成曲では当てはまりきらず・・。その結果、映画冒頭のサティを彷彿させつつ、オリジナリティを生かした新たなピアノ曲を制作することになりました。単音のようなとてもシンプルな楽曲ですが、マナや松子の言葉や表情に合わせながら、一音一音単位で「この音はいる、この音はいらない」などと監督と打ち合わせを重ね、完成した楽曲になります。
M6「おかえり」
実家から帰るバスのシーンから始まり、マナを迎える松子とマナの対面シーンで流れる楽曲。フェルトピアノの単音ソロから始まり、徐々にチェロが加わりピアノと対話しているような温かいバラードです。チェロは、弦楽器の中で人間の声に最も近い周波数のため、まるで何かを語りかけてくれるかのようにも聴こえる魅力的な楽器です。ただ、そのためにセリフとかぶってしまうとお互いを消しあってしまうので、劇伴での使い方も難しい楽器ですが、チェロの西谷牧人さんが絶妙なニュアンスで演奏して下さいました。続くM7もチェロ西谷さんによる演奏です。
M7「Family」
マナがバイクで走り出すシーンから、ティーフレンドのメンバーの集合写真までの一連の映像で流れる楽曲で、実質上の映画メインテーマ曲となっている曲。実は、このチェロが奏でる主旋律は、外山監督との共作となっています。私の元々のアイディアは「ファーミーソーファー」とシンプルに二分音符ずつで動くゆったりしたメロディだったのですが、外山監督が「朝岡さん、これ一音増やしてファーミーソソーファー」だとどうでしょう?」と提案して下さり、試したところ、探してたパズルのピースがぴったり合うかのようなしっくり感。テーマのフレーズにたった一音増やしただけで、音楽に軽やかな流れが生まれ、生き生きとしたメロディとして音楽全体が動き出しました。
M8「徒花」
スカイツリーと隅田川をバックに、ラジオのニュースが流れるシーンでの楽曲。2分音符の和音で展開する、ピアノのみのシンプルな楽曲で、実はエンドロール楽曲の伏線ともなる曲です。ちなみに「徒花(あだばな)」とは、「咲いても実を結ばない花」という意味で、外山監督が付けて下さったタイトルです。本予告編の後半でも流れている楽曲です。
M9 「茶飲友達〜エンドロール〜」
「徒花」のピアノのコード進行をベースに、チェロがメロディが奏でる楽曲です。実はよく聞くと、チェロのメロディの裏で「徒花」のピアノの一部が流れています。
チェロの無伴奏のソロから始まります。ラストの映像がどのようになるのか分からないまま、音楽の制作がスタートしていたのですが、結果的に、渡辺哲さんの背中から、エンドロールのチェロの無伴奏ソロに繋がっていく流れが、奇跡的にマッチしました。
余談:全曲を通してのピアノについて
この映画の楽曲で使用しているピアノの音色は全て「フェルトピアノ」という温かくてレトロな音色と、通常の明るい現代的なピアノの音色を重ねています。
この映画で、高齢者チームと、若者チーム、二つの世代が混じり合って共に物語を奏でていく様子を「レトロなフェルトピアノ」と「明るい現代的なグランドピアノ」の音色に置き換えて、その新旧2種類のピアノの音色を、レイヤーして重ね合わせています。どれ1曲として同じバランスのものはなく、1曲の中でもこれらのバランスが変わっていきます。
たとえば、一曲目サティ「あなたが欲しい」では、イントロはレトロなフェルトピアノで始まりますが、渡辺哲さんがどんどんと生き生きした表情になっていくのに合わせて、徐々に明るいグランドピアノとの配合の割合を変え、曲中でピアノの音色を変化させています。
おわりに
映画の音楽は、主題曲として流れる曲だけでなく、登場人物の心情と連動して流れていく音楽、背景の風景を彩る音楽など、さまざまな役割の音楽が流れています。
次回、「茶飲友達」を観て頂く機会がありましたら、ぜひそんな音たちにも耳を傾けてみて頂けたら嬉しいです。映画の中で新たな発見をして頂けるきっかけになるかもしれません。
朝岡さやか(作曲家・ピアニスト)
ピアニスト・作曲家。国内外の数々のコンクールで受賞歴多数。桐朋学園大学音楽学部ソリストディプロマコースピアノ科および国際基督教大学教育心理学専攻をダブルスクールで卒業後、英国王立音楽院修了。映画・CMなどの作曲活動も活発に行っており、外山文治監督作品は「燦燦(2013)」以降の全ての長・短編映画作品で音楽を担当している。2023年、Forbes JAPAN5月号にて「日本で今注目のクリエイター100」に選出される。私生活では双子を含む3児の母。公式サイト http://sayakaasaoka.com