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ドイツの片隅で巨大な生春巻を食べながら、言葉の偉大さを噛み締めた話。

なんとなくよく見かける気がする風のタイトルにしてみた。あまり意味はない。

少し前に出張でドイツに行った。ドイツといってもミュンヘンとかベルリンとかなんちゃら街道みたいな観光都市ではなく小さな町。

空港から高速バスで長らく揺られ(高速バスがベンツで真っ黒な革張り席なのに軽く感動した)、やっと街に着いた瞬間、暗い市街になんだか嫌な予感がした。

あたりをきょろきょろ見渡し、予感は確信に変わる。

うん、あいている飲食店は、なさそう。

後から知ったのだが、その日はキリスト教の大切な日だったらしい。観光都市ならともかく、郊外の小さな町は、そんな日はお店を開けないのだ。飲食店どころか、スーパーも真っ暗だった。

空港でなにか買えば良かった。

ひとまずスーツケースをホテルに置き、うろうろ歩き、ようやく2つの選択肢を見いだした。

マクドナルドと、ベトナム料理店。

かたや安全で、かたやリスキー。今ならたぶん安全な方を選ぶ(そして'ich liebe es'を面白がって写真に撮る)のだけれど、その頃の私は今より少しだけ冒険心があった。

ふらっとベトナム料理店に入った。どうもセルフサービスのお店らしい。レジに立ち、メニューを見た。写真がない。分からない。

仕方ない。店員さんに直接聞こうと、英語で話しかける。すると、アジア系の風貌の彼は、笑顔で首をふった。そして、ドイツ語らしい言葉を、かなりたどたどしくひとこと、ふたこと、話した。今度は私が首をふる番だった。

ふたりとも苦笑いをしながら、黙って見つめあった。

つまりはこうだ。私は日本語と英語しか話せない。店員さんは母国語(ベトナム語?)とドイツ語しか話せない。ふたりして唐突に、バベルの塔の前に放り出されている。

「…マンゴージュース?」

私はおそるおそる言った。別にマンゴージュースが飲みたい訳ではなかった。でもマンゴージュースは、たぶんドイツ語でもマンゴーほにゃららじゃないかと思ったのだ。はたして、お兄さんは笑顔になり、サムアップしてうなずいた。

「フォー?」

「ヌードル?」

これはダメだった。お兄さんは困った笑顔でこちらを見ている。

私はきょろきょろあたりを見まわした。現地のおじさまらしき人が、遠くの席でフォーらしきものを食べていた。これだ。私はおじさまの食べている丼の方を指差した。お兄さんがぱっと笑顔になり、レジ横の具材置き場の春雨を指差した。それだ。

そこからは、怒涛のボディーランゲージだった。お兄さんが鶏肉と海老を交互に指差し、肩をすくめる。私は鶏肉を指差す。次にお兄さんはパクチーを指差し、口をとがらせて首をかしげる。私はサムアップをする。言葉を交わさなくても、私たちは通じ合っている。これならバベルの塔も無事に完成するのではないか。

お兄さんは春雨と鶏肉とパクチーを持って奥に引っ込んだ。しばらくして、満面の笑みでトレイを持ち、お兄さんが戻ってきた。トレイの上にはマンゴージュースと、

巨大な生春巻が3本、乗っていた。



何でやねん。


うちおじさまの丼まっすぐ指差したやん。あんたそれ見て笑たやん。めっちゃ立派なサムアップしたやんなんやったんあれ。ほんでめっちゃでかいな生春巻。恵方巻きか思ったわ。恵方はどっちや。なんで異国の地で縁起かつがなあかんねん。そもそも恵方巻き生春巻3本、なんぼなんでも多すぎやろ。どんだけ生春巻好きや思ってん。ほんで逆にマンゴージュース小さいな。バランスおかしいやろ。厨房の他の人も誰も止めんかったんか。ほかにこんな注文してる人おらんやん。お兄さんめっちゃ笑顔やけど、何から何まで間違うてるからな。お茶目か。

頭のなかにものすごい速さで関西弁が流れた。気分は上沼恵美子だ。

聞いたことがある。外国でハプニングに遭遇した場合、関西弁で必死に訴えるのが一番伝わる。言葉は伝わらなくても気持ちが伝わるから、と。それなら海外でもうちら最強やな、と友達と笑った。

もし脳内上沼恵美子を再生出来たら、生春巻はフォーに変わっただろうか。いや、その前に、ボディーランゲージではなく関西弁で注文していれば、この事態は避けられたのだろうか。私には両方できなかった。ただ張り付いた笑顔で恵方巻き生春巻(3本)と極小マンゴージュースを受け取り、支払いを済ませ、力なく席についただけだった。

微妙に固い春雨(大量)と、鶏肉(ささみ)とパクチー(控えめ)がぎゅうぎゅうに入った恵方巻き(の1.5倍くらいの大きさの)生春巻は、尋常でなく口の水分を奪った。それを、極小のマンゴージュース(激甘)でなんとか胃のなかに押し込む。なかば意地になって3本食べきり、からからの口で店を出た。お兄さんは完璧な笑顔だった。

言葉は偉大だ。他人の気持ちを共有できる。共感できなくても、ひとまず理解はできる。私は敗北感と疲労感をかかえ、ホテルに向かって歩きだした。通りの向こうには、マクドナルドの看板がまだ輝いていた。

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