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『朝ごはんをたべる』くコ:彡 💦
くコ:彡 くコ:彡 くコ:彡
遠くから、親しみのある香りがする。さくさくと、まんまる。だんだんと匂いの輪郭がはっきりしてきて、それがトーストとコーヒーだと気づく。ああ、夜が終わってしまった。
もっとぎりぎりまで寝ていたい。家を出るまでの『余白』には、冷たい水と身支度、荷物の確認だけを詰め込めばいい。じっさい、ひとりのときはそうしていた。でも、いまはできない。ほら、いつもみたいに、外のせかいから雄一くんの声がする。
「りいちゃん、時間だよ」
雄一くんは正しい生活を送っている。朝はきちんと起きて、顔を洗って、家族そろっていただきますをする。そうしないと、一日が始まらないのだ。
まだ付き合い始めのころ、朝はウィダーインゼリーで済ませることもあるし、なんにも食べないこともあるよ、と言ったことがある。雄一くんは大きい目をますます大きくして、しばらく黙っていた。やがて深い深いため息をつき、可哀想、と言った。その気持ちが、いまでも私にはわからない。
「りいちゃん、朝だよ」
うん、とも、ううん、ともつかぬ返事をしながら、私はもぞもぞ動いてじぶんと布団の境界線を確認する。なんだか、じぶんの輪郭さえまだぼんやりしているみたいだ。あやふやなところは縁取りをして、じぶんと布団をぺりぺり切り離して、やっとゆらゆらと立ち上がった。やっぱり朝が来ていて、世界はまぶしかった。
線みたいな目の隙間から食卓を覗く。水とコーヒー、トースト、いちごジャムにバターにヨーグルト。半分に切ったキウイもある。まぶしいばかりに正しい風景だ。雄一くんはいつも通りすこし呆れた顔ですでに席についている。白地にストライプのワイシャツに灰色のスラックス。もうすっかりよそいきの顔だ。
「さあ、いただきます、しよう」
私はゆらゆら揺れながら席について、手を合わせてむにゃむにゃ言った。お水をもぐもぐさせながら飲み込んだ。お水は喉をまっすぐ下りて、鎖骨あたりでどこにいったかわからなくなった。私はそのまま深呼吸する。胸とおなかが大きく動いた。外側がどうあれ、内側はしっかり仕事をしている。
うすぎりのこんがりしたトーストに、バターを塗る。少し冷めてしまっているせいで、がさがさしている表面に、うまくバターが広がらない。仕方ないので、等間隔にうすくバターをのせた。トーストは小麦の匂いがした。懐かしい匂いだ、と私は思った。一口目は喉にぐぐっとひっかかったけれど、二口目はするりと入った。喉もしっかり起きているみたいだ。
私はコーヒーの入ったマグカップを手に取った。ピンクの陶器のそれは後輩が結婚祝いに送ってくれたもので、似顔絵と名前が入っている。似顔絵の私と目が合った。私はにこやかな笑顔でまっすぐ私を見ている。なんだかどきまぎしながら、コーヒーを口に入れた。鼻から濃くてまんまるな香りが抜けて、少しごわついた苦味が舌の奥にのこった。ここまでくると少し目が開いてきて、さっきからずっとついていたテレビを見た。今日は夕方から少し雨が降るらしい。
「今日はヨーグルト食べる?」
雄一くんが聞いた。私はうなずき、ありがとう、と言った。雄一くんはどういたしまして、と微笑んだ。
よかった、今日も正しい朝がきた、と私は思った。私も、少しは正しい世界に紛れられただろうか。そんなことをおもいながら、私はヨーグルトの蓋を開けた。
くコ:彡 くコ:彡 くコ:彡
小説&イカ変態同好会に挑戦しました。
「朝ごはんを食べる」、はお題にないのだけれど、例題を見て、「私ならどう書くかな?」とどうしても挑戦したくなりました。
余分な部分が多くて、朝ごはんを食べる、は少しぼやけてしまったように思います。反省。
結婚祝いのマグカップ、でネット検索してみたら、似顔絵と名前を入れてくれるサービスなんてあるんですね。恥ずかしいけど、素敵。
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