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新宿の居酒屋

一瞬で毛穴が隠れるファンデーション、履くと贅肉がきれいに収納される下着。
どこかで漏れた私のパーソナリティか、たまたまなのかわからないけれどネットに上がってくる情報を信じるかどうかはあなた次第、といった世の中で…嘘、ありえない。と思いつつも、クリックしてしまう。ネットの情報にわりと振り回されている自分に嫌気がさすこともしょっちゅうです。

そして全てにおいて選択肢が増えすぎているのもその原因のひとつだと思う。
この前は"突っ張り棒"が欲しくてネットで検索すると、なんと1,374,098件も出てくるではないか。一昔前だったら、突っ張り棒なんかはホームセンターでしか売っていなくて、バリエーションもなかったし、有無を言わさずあるものを買ったのだ。けれども今は色、素材、デザインよりどりみどりで、同じようなものでも値段が微妙に違ったり配送料が違ったりする。それも選択しないといけない。
また途中に、突っ張り棒で鉄棒している人の映像広告まで流れてきて、この耐久性やばい、などと気が逸らされて、結局2時間以上突っ張り棒をスクロールしていたのだった。

そして選択肢の多さといえば、新宿の居酒屋だ。
ひしめき合うビルの中に、アリの巣のように広がる様々な店舗。突き出し看板が夜を照らし、路上では呼び込みの声が飛び交う。どこをどうみてもどの店もあやしいと思ってしまうのだけど、ネット上で見ると美味しそうな料理の写真が並び、ちょっと広角で撮られてはいるけれど内観もとても小綺麗そうにみえる。
あやしいな、と思う反面、ひょっとしてすごく美味しいのかもしれないという期待も生まれてきてしまうのだ。

デルタメンバーで集まる予定だったその日、私はどうしても"牛タン"な気分だった。みんなに牛タン宣言をし了解をもらい、ネットで「新宿 牛タン」と検索を開始。すると28件ヒットした。絞り込めないでもないな、と思いながらスクロールしていると、どの店も焼き加減抜群の分厚い牛タンや箸でもトロっと切れそうな茹でタン、花びらのように盛り付けられたタンしゃぶの写真なんかがズラリと掲げてあって、もうどこのお店でも間違いないでしょう!と思ってしまった。星の評価も似たり寄ったり、口コミも悪くないとなると何を参考にしたらいいかわからないという具合になり、結局は集まりやすかった新宿三丁目あたりのお店に絞り込んだのだった。

そこは雑居ビルの3階。狭いエレベーターで上がると店の入り口があった。昭和レトロ風の感じだったが、明らかに写真には劣る雰囲気。そして入るや否や店内がなんか臭い。トイレ掃除後の生乾きの雑巾みたいな匂いで、ちょっとマジか、と思っているとベトナム系の若いお兄さんが「エラッシャイマッセ」と笑顔で出てきて、なんとなく戻るに戻れずに言われるがまま着席。嫌な予感がしながらも何品か注文した。
まず出てきたお通しは、おばあちゃんの家のお菓子によくある銀紙につつまれた正方形の"アレ"だった。魚をぎゅっと固めたみたいなおつまみ。あれが小鉢に山盛りに、そこへさらに味付けをされているようで食べていいのかも不安になってくる味の濃さ。まぁお通しだから…と思っていると次にやってきたサラダは、わさびドレッシングがビシャビシャにかけてあって辛いししょっぱい。さらに茹でタンはゴムのような弾力で、箸で切れるどころか歯で噛み切るのもやっとという具合だった。
ああやっちまったなぁ。
しかし一緒にいたさとこもともちんも”まずい”とは一言も言わない。検索してくれた"さやかちん"に気を遣っているのだ。悪いのは私ではなくこの店なのだけど、検索して提案した人のセンスが問われるのがこれ嫌なところ。私は責任を感じながら、奥歯で茹でタンを噛み締めた。
「ギュウたん焼きはチョットお時間カカリマスネ」と言われて最後に出てきた牛タン焼きは、どうやったらこんなに焼き目をつけずに焼けるだろうという色味の、写真で見た肉厚ブリブリからは程遠い薄い牛タンであった。ちょろちょろと下に敷かれたスライス玉ねぎがさらにわびしさを引き立てていたのだった。

結局、私が場所変えよう!と口火を切って店を後にし、お気に入りのイタリアンで口直しをした。
そういえば一年くらい前にも新宿でやばい居酒屋を予約してしまって、それはもう入っただけでわかるやばさで、注文前に逃げ出したのだった。
新宿の居酒屋は探しはもはやギャンブルだ。しかしそんな賭けに出るくらいなら、新宿ではいつものイタリアンでグラスワインを啜るほうが安パイである。

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