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プロとしても、旅好きとしても。私の旅行の考え方を変えたツアー
みなさんには、自分の考え方や人生感に影響を与えた「原体験の旅」はあるだろうか。
私には、旅行のプロとしての「旅行商品のありかた」について考えさせられ、かつ元々旅好きであった自分自身の旅への向き合い方を変えたツアーがある。
そこで得たゲストからのフィードバックは、私にとっては非常にショックなもので、一時期は「世界に向けて本当に北海道を売ることはできるのか」と自信を無くすほどであったが、今では非常に良い気づきを得られたと思っている。
その時のお話しをシェアしたい。
アメリカからの視察団を北海道に招へい
北海道を専門に扱う旅行会社で働き始めて2年目。2019年の冬であった。
北海道に、世界からの観光関係者が来る商談会イベントを誘致するため、アメリカからの視察団を周遊させるツアーの企画と添乗を任された。
私は、地域と共同で新しい旅行商品を作ったり、北海道のPRのお手伝いをする部門に所属しており、かつ前職も似たような仕事に携わっていたため、北海道についての知識は誰よりも持ち合わせているつもりであった。
また、東南アジアの富裕層向けのツアーを組む中で、自分が作った旅行商品は高い評価を受けていたこともあり、自信に溢れていた時期でもあった。
そんな中舞い込んできた大役。
今まで取り扱ったことがなかった分野ではあるものの、地域の方の協力があれば問題なし。
これまでに得た知識や知っている限りのガイドに連絡し、ツアーを組み立てた。あとからゲストがベジタリアンだと判明したり、招へい人数の変更など、企画は変更に変更を重ねたが、無事に手配も完了。
全てが順調であった。
いざ始まった北海道の視察ツアー 旅行商品単品は良くても・・・
準備万端な状態で迎えたツアー初日。
アメリカから来たゲスト2名は非常に優しく、なんでもチャレンジするオープンマインドな方々であった。
地元の漁師との交流に、太鼓の団体との交流と演奏体験、地域特有の食事体験、カヌー、タンチョウの見学に氷上でのスキーシュートレッキング。ホテル、飲食店、ドライバー、そして地域のガイドや、お客様のフォローをしている通訳案内士のおかげで、ツアーは滞りなく進んだ。
ゲストがアクティビティを楽しんでいる様子を見て、もう一人の営業担当とともに胸を撫でおろしていた。
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そして迎えた、最終日のレビューの時間。
ゲストとツアーの依頼元であるコンサルティング会社、私たち、ガイドとともに、今回のツアーや今後北海道で改善すべきことの意見交換を行った。個々のアクティビティについては、とても良い評価を受け、「これで北海道も十分に世界でやっていける」。そう思っていた時であった。
「体験したものは、全て素晴らしいものだったし、ガイドも素晴らしく、よく計画されているものだったわ。でもなぜ、ここでこれらの体験をするのか、その理由が見えてこないの」
最後の感想で、視察団の中でマーケティングや商品造成の担当をしている女性から、そんな言葉が私たちに向けられた。
「確かに自然も豊かで、素晴らしいものばかりだと思う。だけど、私たちはこれよりも雄大な自然だったり、エキサイティングなアクティビティを世界中で体験しているの。だから、わざわざここに来てまで体験する意味を見出せないと、厳しいわ」
曰く、ただそこにあるアクティビティを組み合わせているだけで、地域の独自性を出すための、背景的な情報が圧倒的に感じられなかった、との意見だった。
確かにゲストは世界中でさまざまな体験をしており、目が肥えている。今回組み込まれていた、カヌーや氷上での体験も、世界にはより素晴らしい条件で体験できる場所がある。
このようなゲストに、納得感を持ってこれらの旅行商品を購入していただくには、アクティビティ単品や景観単体の魅力だけでなく、それらが世界のどことも違うコンテンツであり、「ここでしか体験できないもの」であることを示していく必要がある。
つまり、アクティビティに、その地域の文化や自然環境、さらには地域の人の営みを組み合わせて、「地域の独自性」を強く打ち出していかなければいけない、というお話しであった。
とても基本中の基本で当たり前な内容だったが、それができていなかったことに私たちはショックを受けた。
地域の素材の良さ自体は評価されたので「北海道的」には万々歳な視察ツアーであったが、「北海道の旅行商品を販売するプロ」である私たちにとっては大きな敗北感を味わったツアーであった。
北海道の独自性を模索
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それからというもの、北海道の産業や自然環境、歴史や文化について改めて勉強をし直し、地域の方々とともに「地域の独自性」について何度も検討をした。
また、出張や旅行にいく際も、「なにが自分の地域とは違い、共通点はなにか」という視点を持つために、現地ツアーに参加し、地域を見て回るようになった。そこから得た知識は、ツアーのブラッシュアップに活用されていった。
そして迎えた、2023年。
当該のイベントは無事に招致され、札幌市内ほか全道でイベントが開催された。中でも、私たちが造成したツアーは「行程の組み立て」「ガイドの技術」ともに最高評価が付けられ、ありがたいことに商談会以外の時間も、バイヤーが話しかけてくるほどの盛況に終わった。
イベント自体の締めくくりとして、冬の北海道をPRするため、会期中に出会ったメディアを再度招へいし、取材を行う企画を実施。今まで得た経験をもとに新たに行程をつくり、3名のメディアの方に冬の北海道を楽しんでいただいた。
ツアーの最終日。世界中でさまざまな体験をしており、20万人のフォロワーを持つインフルエンサーが、「本当に思い入れのある地域になった。きっと、死ぬ前に走馬灯で駆け巡る土地の一つになるでしょう。私のフォロワーにも体験してもらいたい」と、涙ながらに語りかけてくれた。
その言葉で、ようやく、自分たちが編集した北海道の魅力が世界に十分通じるものだ、と確信できたのだった。
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いかに地域独自の素材を編集し、それらを見せていくか
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これらの経験は、私の旅行会社社員としての経験値を上げたと同時に、私自身の旅のあり方に大きな影響を与えた。
ベースになる自然の知識や文化の変遷を頭に入れておくと、地域の特性や生活様式を深く理解しやすくなることに気がついた。地形や自然環境、宗教観が人々の生活や文化に及ぼす影響は非常に大きい。
また、大きな時代の流れと人々の関係性や交易について学ぶことで、文化の形成過程を知ることができ、おおよそのその地域の特性の根底を知るための役に立つ。
さらに言えば、ある地域で得た知識は、また別の地域にも応用することができ、それらを繋ぎ合わせることで、世界規模での人の暮らしや、地球規模のダイナミックな生命の営みを感じることができるようになる。
この知識は、さらに好奇心を引き寄せ、私をさらなる旅へと誘っていく。これは、世界を大きなジグソーパズルととらえ、そのピースをはめていく感覚と似ている。
いまなら、あの時のゲストが言っていたことが理解できる。
旅の楽しみ方は人それぞれだが、総じて「自分に足りない知識や未知への興味」が根本にある。旅行会社や地域のコーディネーターの腕の見せ所は、いかに地域独自の素材というピースを輝かせ、ゲストに魅せていくか、である。
観光は地域の総力戦。
地域の素材、そしてゲストのことも理解し、これからも素材の編集能力を上げていきたい、と感じた経験であった。