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はじめに

この本を手に取ってくださりありがとうございます。今回は“罪”という、少し重そうなテーマで書き連ねて参ります。

「つみ」なのか「ざい」なのか、はたまた他の解釈があるのか。皆さんはなにか“罪”について思うところ、ありませんか。

『罪を憎んで人を憎まず』などという言葉がありますが、筆者も、それは同意します。

人は間違いを犯すものですし、それが罪である場合もありけりでしょう。そこに赦される余地が無いのも、なんともゆとりのない世界過ぎるのです。しかし、この言葉通りでは“罪”は憎まれてばかり、なんだか可哀想に思うのです。そんな日の当たらない“罪”をテーマに、少し言葉を紡いでみるとします。

巾着切り


「それでは、今回は世界一のマジシャンへのインタビューです!」

司会がそう切り出すと、白い煙がモクモクとあがり、スタジオはざわつき始める。観客がパニックになる寸前を狙いすましたタイミングで、大きな笑い声と共に彼は登場する。

「ハーッハッハ! イッツⅯyマジック!」

仮面にマントの男、彼こそが世界一と名高いマジシャンだ。彼は登場の直後、間髪入れずに美女を引き連れ、大掛かりなマジックをいくつも披露した。その度にスタジオは驚きと賞賛の嵐が巻き起こり、誰もが時間を忘れてその全てに魅入られた。彼は世界一のマジシャン、その手腕を誰も疑うことはなかった。

「いやぁお疲れさまでした。えー、続いて」

彼がマジックを披露し終わると、司会が進行する。先のふれこみ通り、インタビューのコーナーだ。スタジオの盛り上がりも最高潮、彼にみな興味津々(きょうみしんしん)だ。さっそく最初の質問がされる。

「素晴らしいマジックでした。さて、世界一のマジシャンのあなたにとって、マジックで最も大事なことはなんでしょうか?」

たしかに、無難だが誰しも気になる質問から始まった。しかし、彼はこのいくらでも答えようのある質問を受け少し考えると、間をおいて神妙に話し始めた。

「私にとってそれは、“盗む”ことです。」

スタジオがどよめく、彼はそれに構わず真剣に続ける。

「私は幼い頃、貧乏暮らしでした。目も当てられないほど生活は苦しく、生まれたときには親はおらず、まるでスラムのような街で過ごしていたのです。」

「それは…本当ですか…?」

司会も彼の心中を察するように、慎重に聞き返す、誰も水を差すことをせず、真剣に彼の言葉へ耳を傾けている。彼は過去を思い出しながらゆっくりと語った。

「はい、怖い大人にこき使われ、手柄は横取りされ、その日食べるのにも困っていました。そして私はそんな街で、“盗む”ことを覚えたのです。」

スタジオの誰もが彼を不憫(ふびん)に思い、目に涙を浮かべた。世界一のマジシャンの壮絶な過去、涙なしには語れない。

「道(みち)行(ゆ)く人を物色(ぶっしょく)し、すれ違いざまに物を盗む。目を盗んで掠(かす)め取る。バレたらただじゃすまない、命がけです。」

「そうして巾着切りとして食い繋ぎ、しくじって捕まり、売られた先でも“盗み”を武器に生きてきた。気づけば日の当たる場所で、こんなにも恵まれている。」

マジシャンの仮面からキラリと何かが光る。

観客も次々と泣き崩れ、スタジオはしんみりとした空気で包まれだす。その瞬間。

「ハーッハッハ! イッツⅯyマジック!」

彼の決めゼリフが静寂(せいじゃく)を切り裂く。

堂々とポーズを決める立ち姿に、嫌でも注目が集まった。

「と、言うように“盗む”のですよ。皆さんの『心』をね!」

景気よくクラッカーが鳴り響き、みなこれが演出なのだと気付く。そして、冷えた空気がワッと再び再燃する。

「いやはや、なんとも心を掴むのが上手い!これが世界一のマジシャンたる所以(ゆえん)ですね」

司会もやっと調子を合わせる。その横でサッと、さりげなく涙を拭(ぬぐ)う彼。

彼は世界一のマジシャン。嘘で騙す事はしない。ただ“盗む”のが彼の流儀、今日もまた人の目を盗んだだけだ。

インタビューはまだまだ続く。彼は陽気に応え、ユーモアを交えながらマジックを披露してゆく。誰も気づかない。誰にも悟らせることせずに、彼は心の中、あの日の自分を思い出すのだった。


置き引き


毎日毎日、律儀(りちぎ)に荷物を持ってやってくる男がいた。そこは地元の人間であれば皆(みな)が知っている、有名な観光名所であった。いったい何(なに)で有名かと言えば、そこでは観光客を狙った置き引きが横行(おうこう)していたことであった。

そこへいつも、キャリーバッグほどの大きさの箱を抱えて持ってくる男がいた。

男は地元の人間で、何度も自身の荷物を盗まれていたが、平然とした顔で毎日そこへやって来る。

私がそれに気づいたのも、偶然だった。

朝、いつものようにカフェで一服していると、偶然その男が目に付いた。私は、おや?と思い、男を観察し始める。何故なら昨日、同じ男を目撃していたように思ったからだ。

私は男に興味が湧いてしまい、目で追うようになった。すると、色々なことが分かった。

男は白髪にヒゲを蓄えた体格の良い初老の男性、鍛えているのか老いは感じない。いつも同じ時間に、この観光地のどこかへ現れる。

前日と同じ場所のこともあれば、全く別の場所のこともある。しかし、カフェから見える観光地のどこかしらに、いつも男はいる。

男は荷物を抱えて持ってきては、それを置いてタバコを吸いに行く、ほんの数分目を離せば、勝手に誰かがやってきて荷物は盗まれてゆく。男が戻って来て荷物のあった場所を確認すると、無くなった荷物を探し始めるわけでもなく、帰って行ってしまう。朝から人の往来も多いこの場所では、男の行動は大して目立たない。よもやこのような奇妙なことが繰り広げられていると気付くのも、私くらいかもしれない。私は更に興味を惹かれた。

今日、私は男に声をかけようと思う。

そのための準備をいくつかしてきた。

例えば、そもそも男は誰にも気づかれていない訳(わけ)ではないということ。男が何をしているか気にしているのは私くらいだろうが、道行く人に道を聞かれたり、酔った若者にからまれたりと、声をかけられている場面は遠目に何度か確認したことがある。それも月に数度きりで、もちろんどんな会話をしたのかまでは確かめる術(すべ)がないが。

更に踏み込んで、私は置き引きした奴を探してみてもやった。少し危ない橋を渡ることになったが、成果はあった。男は肉屋らしく、荷物はどうやら駄目になった肉だそうだ。

それを、盗みでしか食い繋げない輩にあんな形で提供しているのだと。ただ、情報量をくれてやるときに、こんな忠告をされた。

「男に近づくな、良い事など一つも無いぞ」

そう言われたが、もう私も止まれない。男の肉は食えたものでないらしく、本当に飢えた奴が、死期を伸ばすためだけに持っていくぐらいらしい。終わりが近い奴が手を出すため、死神(しにがみ)とも呼ばれているのだとか。

慈善事業でもないのだし、腐った肉なら味や処理が充分でないのも仕方があるまい。むしろ施しをくれてやる男は偉いものだ、と私はそう思った。男と直接話してみたい。その欲求はついに、抑えきれぬものへと膨らんでいた。


「あの、いつもここで荷物を盗られていますよね? いったい、何をしているのです?」


私は勇気を振り絞り、男へ声をかけた。

「あぁ、待ってるんだよ」

男は低い声で答えた。急に声をかけられたことに動揺することもなく、淡々と。

「待ってる?いったい何を?」

予想外の会話にむしろ動揺してしまったのはこちらの方だった。

「とぼけるなよ、全部見てたんだろ」

ドキリとした。男と目が合ったことなど一度もなく、ずっと遠目に眺めていたのだ。

「肉屋の“仕事”は場所を取ってイケねぇ。

だが此処なら飢えた奴が勝手に持っていく」

男が続ける。私は固まる。男の低く太い声が頭に反響してグラグラと景色が揺れる。

「すると不思議だ、次の肉が仕入れられる。

向こうの方からやって来るんだぜ。」

男と、目が合う。男は、笑っていた。

ここまできてようやく、私は越えてはいけない一線を越えてしまったのだと気付く。

そうか、待たれていたのは、私だったのだ。


「次の肉は、ずいぶんマズそうだ」


ぽん、と肩に手が置かれ、離れていく。

それはズシリと、重い荷物を置かれたようにも感じた。私はもう、逃げられないのだ。

恐怖すら声にならず、立ち尽くす。

すれ違う男の去り際に放った言葉が、

何度もこだま(・・・)していた。


銀行強盗


はぁ、嫌だ嫌だ。俺の頭の中は不満で一杯。

むしゃくしゃしたまま最寄りの銀行へ到着。

発券機を乱暴にタッチし、番号札を奪い取るようにして待合席へ。

ここまで全て計画通り。入念に調べてきたのだ。俺は今から、銀行強盗をする。

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