豚肉の味噌漬け

話は半月ほど前にさかのぼる。
ある晩秋の午後、私は山中でのきのこ観察を終え、菌友たちと麓の道の駅に来ていた。
道の駅というものは地元の野菜や特産品が都合よく並んでおり、近隣の住人も遠方からの観光客もそれぞれ楽しめる、程よい広さの施設である。
私たちが初めて訪れたその道の駅も、地元のかたが育てた大輪の菊を展示したスペースや、そこでしか食べられないメニューが美味しそうな飲食店などが充実した集いの場であった。
さて、私くらいのつまらないおじさんになると、頭の中は常に「次の食事は何を食べるか」だけを考えている(話の流れ上自虐的なことを言ったが、私は「きのこ回文家」なので本当はきのこや回文のことを考えたり、うちの猫のことを考えたり、スケベなことを考えたり、あ、あと一応音楽のことを考えたりしていて忙しいのだ。大活躍なのだ)。
人間は1日に何度か食事を摂らねばならないので、うかうかしているとすぐに次の食事の時間が来てしまう。
その日、山中で軽く昼食を摂った私が気にするのは、「今日の夕飯をどうするか」である。
私の口癖のひとつに「せっかくだから」がある。
貴重なチャンスは活かしたい。
私はその日の夕食にする食材を「せっかくだから」その道の駅で調達するべく、地場産の野菜を売っている、道の駅の中核と言えるスペースに向かった。
野菜を中心に、地酒、ご当地のスナック菓子、おそらく海外産であろう大きな「天然マリモ」などが目を楽しませる中で、「なんかお肉系のは無いかな?」と探していると、それは壁面の冷蔵庫にあった(話が長くてすみません。ここからが本題です)。
それは「豚肉の味噌漬け」である。
この辺りの名物なのだろうか。
製造者の違う数種類の豚肉の味噌漬けが冷蔵庫の一面を使って置かれている。
店員さん(かなり脱線するけど、日本語に限らず言語は変遷するもので、誤字脱字、言い間違いなどが正式な表現として定着していることもあるので「正しい日本語を使いましょう」みたいなのを見ると「いやいや、『正しい』って何ですか?『あたらしい』と『あらたし』はどっちが『正しい』ですか?」と、思いつつ、かと言って飲食店のレビューとかに「店員」のことを「定員」と書いてあったりすると、ムキーーー(怒となる私をどうかお許しください)の説明によると、いえ、括弧が長すぎてわかりづらいんで言い直しますが、店員さんの説明によるとこの数種類の豚肉の味噌漬けはそれぞれ味の傾向が違うらしく、どれにしようか迷います。
あ、ほら〜、余計なこと書いてるから文体変わっちゃったじゃん。
閑話休題。
それぞれ味の異なる味噌漬けを、どう選ぶか。
そこで登場するのが私が得意とする「原材料を見る」である。
原材料を見ればだいたいその食品がどう作られているかわかるのだ。
ふむふむ、なるほど、こちらの味噌漬けはいろいろ添加物が入っていていかにも「工場で作ってます」という感じ。
一方こちらは?
「原材料:豚肉(国産)、米みそ、砂糖、発酵調味料(*これたぶん「みりん」だな)、酒、おろしニンニク、おろししょうが、すりごま、唐辛子、山椒」以上!
すごい。
豚肉と調味料以外何も入っていない。
これだ。
この味噌漬けに決めた。
断っておくが私は「添加物が体に悪い」とは思っていない。
ただ増粘剤←ほんとに要る?、発色剤←ほんとに要る?、あたりめに入ってる調味料(アミノ酸)←要る??イカなんて旨味の塊じゃん。ほんとに要る??少しでも余計なものを入れないでほしい、と思っているので、あ、あと豆腐の「消泡剤」。
それは製造過程の効率の問題でしょ?
それで150円の豆腐が50円になっても、150円のほうを買う。
再三言うが、毒性とかではない。
何と言うか、「取り繕われた感」が嫌いなだけである。
ちょっとしたミニマリストなのかもしれない。
ともかくこの豚肉の味噌漬けに決めた。
買った。
食べた。
美味しかった!
そう。
これが全ての始まり。
豚肉の味噌漬け、美味しいよねっていう。

そして昨日。
私は自家製ラー油を製作していた。
八角、花椒、ニンニク、長ネギの青い部分の香りを弱火でじっくり油に移し、粉唐辛子にじゅわ〜っとかけて辛さをつける。
このラー油がなかなか市販されているようなものではないし、異国情緒も感じられてとても美味しい。
と同時に、私は保存用ポリ袋の中で別の調味料を調合していた。
味噌、砂糖、みりん、酒、ニンニク、しょうが、ごま油、唐辛子ちょっと、花椒ちょっと……。
おわかりですね。
そう。
先日道の駅で買ったあの美味しい豚肉の味噌漬けを再現しようとしているのである。

24hours later.
焼いたのである。
昨日仕込んだあの豚肉を。
フライパンで。
砂糖と合わさった味噌が、豚ロース肉をまだら模様に焦がすのである。
私の心も焦がされるのである。
焦げ目が入った豚ロース肉を、ざく切りのキャベツとともに食すのである。
ああ。
美味しすぎて意識が遠のく。
見えるよ三途リバーが。
liver of sonsが見えるよ。
いや、leverだったかな。
ギリシャ語で「misos」は「憎しみ」という意味である。
「ミソジニー」の語源だ。
この味噌の、この憎しみがこれほどまでも香り高く誉高いのであれば、愛が憎しみに変わることがあるように、憎しみが愛に変わることもあるのだ。
そして、ここに先ほどの自家製ラー油をかけてご覧。
伏線回収だ。
あらぶるあぶらの神。
あらぶの石油王に見初められそう。
そんな味噌有の美味しさ。
この勝利はすでに昨日仕込んだ時点で決まっていた。
寝る前から。
「寝て味噌見てね」

取ってつけたような回文を見てみそ。

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