3回目 税務調査の在り方について 2

<続き>
1 私の問題提起

 初めに、私が税務の世界で問題ではないかと思っていることを、いくつか指摘しておきたい。
 税務の組織において、弱点を補って発展させるためのチェック機能(コンプライアンス)とフォロー機能(ガバナンス)が適正に働いているのだろうかということである。

(1)税務の組織力について
 まず、税務の組織力が十分と言えるのだろうかということを指摘したい。
 組織力は構成員の能力とモチベーションの大きさだと心得ているが、税務職員の能力とモチベーションはあるべき水準以上と言えるのだろうか。税務職員が税の番人である自覚と誇りを持って職務を遂行していると言えるのだろうか。この能力とモチベーションの原動力が正義感だと思うが、これを組織は育てているのだろうか。
 税務調査に関して言えば、税務調査官の調査能力とモチベーションの向上が図られているのだろうかということと、調査能力が最大限に発揮されているのだろうかということである。
 調査能力に個人差があるのは、やむを得ないことである。調査能力の高い者が、調査能力を最大限に使ってもつかみ切れない不正もあるだろう。でも、調査能力を高める余地があるのに努力をしなかったり、調査能力を最大限に使わなかった結果、不正や過少申告を見逃したら、これは組織としても個人としても問題ではないだろうか。組織はこれをチェックし、フォローしているのだろうか。
 また、税務調査官が正義感を持って税務調査に当たれるような調査環境を税務の組織が提供していると言えるのだろうか。税務調査の核心に近づけば納税者側の反発が大きくなることがあり、時としてトラブルに巻き込まれることもあるが、組織は調査担当者をフォローしてくれているのだろうか。私は、背中を押してもらえず、それどころか後ろから矢を射られたことがあるのだが。
 この問題の原因は、事なかれ主義や調査件数至上主義によるものではないだろうか。例えば、私は度々トラブルになりながらも調査実績を上げ続けて来た。でも、組織にとって私の実績は二の次だった。とにかく問題を嫌う組織だった。真相も二の次だった。内容より平穏と数だったのである。

(2)税務調査の限界について
 次に、税務調査にも限界があるということを指摘したい。
 税務調査によって必ずしも白黒が付かず、グレーゾーンが生じてしまうことがある。
 所得税法第156条では、実額ではなくても推計によって更正又は決定ができる旨規定されている。これは、財産債務の増減や販売量等の取扱量や従業員数等の事業規模などに基づいて所得金額を算定することができるというものである。申告所得金額が明らかに過少であると認められる場合において、実額では適正な所得金額の算定が困難な場合に、推計による所得金額の算定が認められているのである。
 『疑わしきは罰せず』みたいな理屈で黒だけで処理すればいいという考え方もあるが、課税の公平の大義と税法に推認や推計課税の概念が存在する限り、調査を尽くして結論を出すべきではないのか。
 例えば、接待交際費等の必要経費が同業者のそれに比して高額である場合の調査である。この種の必要経費の適否を判断するには支払先や接待相手などの取引先に対する反面調査が必要になるが、これらの取引先は不特定多数である。すべての取引先について反面調査を行うには膨大な事務量が必要になるし、その取引先の調査対応の負担も相当なものとなるので現実的ではない。そして、法の精神や税務運営方針や判例からも反面調査は必要最小限に留めなければならないので、すべての取引先を反面調査するのは事実上不可能である。実務上は、必要最小限の反面調査を行うことになる。その結果、必要経費でないものが相当額申告されているこが判明し、全体として相当額の過少申告の蓋然性が認められるとしたらどうだろうか。この接待交際費等の全体がグレーということになるが、過少申告した分の金額の確定は困難である。この場合に、反面調査で判明した分だけで処理して良いのか。正しい申告をした納税者は納得できるのか。実額課税が困難であれば、推計課税によって結果を出す方法があり、これが最後の手段であるが、この推計課税にも同業者の抽出など相当の事務量が必要になる。あなたなら、どう処理するだろうか。どう処理しているのだろうか。
 私は、接待交際費の1~3か月分の反面調査によって得られた事実関係に基づいて納税者に説明を求め、可能な限り真相を究明して来たつもりである。その結果として、例えばその非違割合や同業者の売上に対する接待交際費の平均割合(相当数の同業者の申告事績を基に算定したもの)などを参考にして、私と納税者(税理士)とお互いに納得できたところで決着させて来たのであるが。

(3) 修正申告と更正処分の調査事務量の差について
 そして、修正申告と更正処分の調査事務量の差の大きさが、現場の足を引っ張っていないだろうかということを指摘したい。
 修正申告は納税者が調査結果に納得した上で自ら行うものであるが、更正処分は修正申告が得られない場合に税務署側が調査結果に基づいて税金を算定し課税するものである。
 これまでは、一定の調査日数の範囲内で調査を尽くし、納税者の理解と協力を得た上で修正申告によって処理して来た。もし納税者が修正申告を拒めば、更なる税務調査を行って更正処分を行って来たのである。
 法律が平成25年に改正され、現在の税務調査の法律の建付け(構成)は、納税者の権利保護という観点から調査手続の明確化や説明責任の強化が規定され、更正処分が前提となった。調査担当者が納税者に調査結果の説明をして修正申告が得られなければ、税務署側がその調査結果をもって更正をしなければならなくなったのである。修正申告は納税者の納得が得られるだけの調査を尽くせば良いということだが、更正は納税者の異議申し立てを経て最終的には裁判に至るものであるから、納税者の権利を守る上でも、税務署の面子を保つ上でも、個々の更正額が証拠を伴った確実なものである必要がある。つまり、更正するには、証拠収集や処分のための事務手続など膨大な事務量がかかるのである。
 一方で、調査計画件数は相変わらず修正申告を前提として算定されていることから、事実上は修正申告を前提に取り組まざるを得ないことになる。
 しかし、仮に納税者に悪意があったとしたらどうだろうか。修正申告に応じる振りをして調査に応じて、調査結果の説明の段階になって修正申告を拒否したとしたらどうなるのだろうか。現行法では、修正申告が得られなければ調査結果のとおりに更正しなければならないのである。その更正は、果たして裁判に通用するのだろうか。
 このような捻れがある中で、適正な税務調査ができるのだろうか。大口・悪質な事案(不正所得が多額なものか手口が巧妙なものかが疑われる事案)から着手して行くことができるのだろうか。
 また、このように納税者の権利保護のために調査手続事務量が増大しているのであるが、納税者の権利と義務のバランスが取れたものなのかどうかも疑問である。

 これらの問題点に、組織は対応して来たのか。どう対応して来たのか。どう対応すべきなのか。
 そして、税務調査官の調査能力とモチベーションを高め、それらを最大限に発揮させるために必要なものは何だろうか。

<続く> 次回は、「2 私の経歴(看板に偽りなし)」になります。

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