
「40祭」がなぜ人生の転機になったのか?を振り返る
なぜ謎のタイミングでnoteを始めたかというと、この出来事に対する思いが溢れ散らかしたからです。書き終わって満足して、これが最後の記事になったらどうしよう…(おい
40祭がなぜ人生の転機に?
先日、素敵友人たちがこんな素敵イベントを企画・開催するとのことで、大阪まで遊びに行ってきました!こな こな もんもん ♪ くし かつ かつ~♪
(『大阪旅行たのしみ!のうた』曲・詞・うた:さわろっく)
それが、この「40祭」。当然イベントの内容自体に興味があったし(なんといっても今年は、自分がちょうどこのイベントのメインターゲットである40歳になる年なのだ)、企画チームで頑張っている友達にも会いたいし、スケジュールもうまく調整できそうだし、せっかくだから行ってみようかな。
…と、実は正直に言うと初めは、ごく軽い気持ちでこのイベントに参加することに し た の だ
が!
この時にはまだ全く気づいていなかったのです。この「40祭」が、まさか自分にとって人生の大きな転機になるなんて…!
ということでこの記事では、「40祭」がなぜ自分にとって人生の転機になるほど大きな存在となったのか?について、忘れないうちに思いを書き残しておきたいと思います。ダラダラとなっげぇ自分語りになってしまいました。すみませんもうしません。たぶん。
苦しかった30代を振り返る
気がつけば40歳という節目の年が近づき、ここ数年は自然に「30代」という10年ひとまとまりの時間を振り返ることが多くなりました。実は自分の30代(特に中盤)は公私ともに色々あって、迷い、疲弊し、自分に自信が持てなくなり、色々なことを諦めながら生きてきてしまった…という思いを感じていました。自分自身が目に見えない鎖に絡め取られているような、でも、それを解こうともがくことすらも諦めているような、そんな時期だったように思います。数年前にはそんなマインドで過ごす日々にストレスが溜まったのか、心身の調子を崩してしまった時期も…
しかしその後は、なんとか少しずつ元気を取り戻し、「いつまでもこのまま鎖に縛られているのは良くない。節目の40歳は元気に迎えたい!」という気持ちが自然と湧き上がるようになりました。
そして39歳の誕生日を迎えた日、バースデーうな重の儀を執り行いながら39歳の目標を考えていく中で、「40歳になる前に、色々な取組を通して、苦しい30代をそれでもここまで頑張ってきてくれた自分に感謝をたくさん伝える機会を作る!」ということを目指す「サンキュープロジェクト」という安易な名前(笑)のひとりプロジェクトを始めることを決めました。どんなプロジェクトかの説明は別の機会に譲りますが、このプロジェクトが我ながらそれなりに功を奏し、引き続き元気を取り戻していくことができました。サンキュープロジェクトというハンマーで自分を縛る鎖をコンコンし続け、少しずつ鎖にヒビを入れることができてきた。39歳前半はそんな時期だったように思います。
(なお、自分に感謝するなら Thank "me"じゃないの?というツッコミは黙ってポッケに仕舞いやがれ)
40祭を通しての気づき
40歳に向けて少しずつ元気を取り戻していく中で、2024年の秋、SNSを通して届いた「40祭」のお知らせ。前述のように色々な条件や思いがピタリしたので、大阪旅行がてらこのイベントに参加することを決めました。そして時間は流れ、年が明けて、あっという間に当日の2025年2月8日(土)に。新千歳空港から神戸空港に降り立ち(新千歳の雪は覚悟していたけれど、神戸で雪に降られるとは思わなかった…急な寒波恐い)、神戸で少し観光を楽しんだ後に、会場の大阪・中津のStepHALLへ向かいました。

ついに始まった40祭。音楽ライブやDJタイムでは、若き日々を彩ってくれた音楽たちに心踊らせたり。ワークショップのパートでは初めましてのみんなと楽しく語り合って思いを共有したり。魔法のように紡ぎ出される素敵なグラレコに魅了されたり。そんな濃密な時間を通して、イベントのコンセプト通り確かに自分の心が開放&解放されていくのを感じました。そんな中で、ふと思ったんです。
あれ、30代って色々なことを諦めながら束縛の中で生きてきた気がするけど、そもそもなんで諦めなきゃいけなかったんだっけ?自分を束縛しているものって、何だっけ…?
そんな思いを感じながら、40祭はあっという間に終盤に差し掛かり、主催者の一人であるつぼちが、エンディングのMCで40祭への熱い想いを話してくれました。
「NHKの18祭で輝く18歳を見て、自分はそんな経験したことないな、羨ましいなと思った。でももしかしたら40歳になる今でも、同じような経験はできるんじゃないか。何かしたいな。そう思って40祭という企画を立ち上げた。仲間が集まり、不安もあったがなんとか頑張って開催までたどり着けた。ステージに立ってみると、自分が見たいと思っていた景色が今、現実のものとなって目の前に広がっている…!」
そんな話をしながら、彼がステージ上で感動の涙を流す姿を見たその瞬間に、自分に絡みついていた鎖がブチッと切れる音が聞こえたような気がしました。そしてそこで、気づいたんです。
あ、この鎖を作ったのは自分だ、って。
青春を勝手に分断された過去の遺物のように考えていたけれど、若い自分も今の自分も、ひとつながりの同じ自分。あの頃と形は違うかもしれないけれど、なんだ、よく見たらアラフォーの今でも目の前に青春あるじゃん。いつだってそこに飛び込むことができるじゃん。
「青春」とは単なる年齢ではなく、心の持ち方である。たくましい意志、ゆたかな想像力、そして燃える情熱こそが青春の本質であり、理想を失った時に初めて老いるのである。
だとしたら30代の数年間は老いてた。マジで老いてた。アラフォーだから、もう若くないから、忙しいから、ああだから、こうだからと色々な言い訳を素材にして固めて、ありもしない鎖を作り出して、勝手に自分を縛り付けていたのは自分だった。なんてことはない、今は今なりの青春を、今の自分のまま思いっきり享受して味わい尽くせばいいんだ。
そう考えつつ、40祭のフィナーレを飾る曲、RADWIMPSの『正解』をみんなで歌いながら、30代に抱え続けたモヤモヤが、すーっと消えていったことを確かに感じました。勝手に自分で作り上げていた人生の「闇期」が終わり、人生の新章が始まる。40祭はこうして確かに、自分にとって人生の転機になったのです。
諦めたくないことを、諦めない
40祭で自分が学んだこと。それを一言で表せば、
「諦めたくないことは、諦めなくていい」
当たり前っちゃあ当たり前なのかもしれないけれど。そんなことすら忘れていた自分がちょっと恥ずかしくて、でもなんだか愛おしい。
大人になれば確かに、現実に翻弄され色々なしがらみに束縛されそうになることはある。でもそんな時こそ自分自身を解放&開放すれば、大人の青春がそこに見つかるということを思い出せばいい。失敗を恐れず、やりたいことはやってみる。今の気持ちに正直に動く。諦めたくないことは、何も諦める必要はない。それを忘れなければ、きっと人生はもっと輝かしい、充実したものになる。40祭に関わるすべてのアーティスト(スタッフ、演者、お客さん。つまり40祭に関わるすべての人)がそう教えてくれました。超感謝。
人生の転機とかデカいこと言っちゃって!と訝しがられる向きもあるかもしれません。でもまあ、実際にあの夜を境に人生が確かに好転したのをリアルに感じているのだから、しゃあない。40祭は自分の人生の転機になった。自分の言語能力では、それ以上端的にこの一夜を描写する術がないのだ。いいだろ別に。笑
クロージングワークとして、40祭終了にあたっての「今の気持ち」を付箋に書いて壁に貼る、というワークがあったので、率直にそのときの気持ちを書いてみました。

悔しさまみれの30代の自分を慈しみながら、この夏、いよいよ40代に突入します。楽しみすぎる☺️
おまけ

たぁぁぁのしぃぃぃぃ!😆✨✨笑