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報道には「ひも解く力」が必要だという、たとえばコミケと不倫報道の話。

テレビで、コミケをニュースのトピックとして扱っている場合、ろくな報道がされていないと思いませんか。
以前のように過度にオタクを貶めるような内容ではないものの、「んん…まあ、ウソは言ってないけど…」という微妙な思いに駆られたことはないでしょうか。

今回はそんな話です。思ったより長くなり、4000字くらいかかってしまいました…。


ニュースを見聞きしていると、よくこんな言葉が、ニュースの受け手から聞こえてきます。
余計な脚色とか、記者の憶測じゃなくて、起きたことをそのまま報道してくれればいいのに…
むしろ報道って、そういうもの、起きたことを伝えるもののはず。そうでなければ、エッセイであり、コラムです。

また、ニュースで扱われている媒体、人物、業界などに関連する立場だと「違う違う、そうじゃないんだよな~」と思われることも多いのではないでしょうか。「なんで、ありのままの情報を流してくれないんだよ~」と。
なぜ「ありのまま」を伝えてくれず、必要とされていない「記者の味」を加えてニュースを流す報道者がいるのでしょうか。というか、なぜそんな現象が起きてしまうのでしょう。

私はこれは、「情報というのは、ありのままをそのまま流すことでは、相手に正確に伝わらない」からだと思っています。
だから報道者は、自分たちの手を加えて「正確に伝え」ようとするわけです。
テレビのニュースを例にしますが、多くの場合、ニュースで流れる話というのは、「まだ視聴者が知らない話」です。
何かしらの事件が起きたとして、その場所も、関わる人物も、大多数の視聴者は直接的には知らないでしょう。知らない人に、知らないことの話をそのまま――関係者の名前、ことの起きた地名、事件の法的な名称など――伝えても、「何が起きたのか」は正確には伝わりません。

この時、報道する側に、「ひも解く力」が必要になります。
・どんな顛末で、・どんな人が、・何をしてそんなことになったのか。・地理的にはどういう場所で、・どんな風土か。分かっていることはこれこれで、分かっていないことはこれこれである。
これを誤ったり過不足ありで伝えてしまうと、風評被害や無用のトラブルを生みます。個人情報の保護も必要です。
情報を取捨選択し、報道の受け手に対して「何が起きたのかをひも解く」ことが重要なのです。
これが報道する側の力量が出るところであり、報道の意義なのです。


これを痛感するのが、私もかねてからさんざん楽しませていただいていた、コミックマーケットの報道です。

私はコミケには、サークル参加、一般参加、列整理、などなど様々な形で参加してきました。
みなさんはコミケをニュースで見かけることがあるでしょうか。最近は取り上げられることがとても増えましたよね。
どうでしょう。「このニュースはよくコミケを紹介してくれている」「この報道であれば、コミケがどんなものなのか、コミケが未知の視聴者もよく理解してくれるだろう」と思われますか?

そう、こんな聞き方をするということは、私は全然そう思わない、思ったことがないということです。

コミケは元々サブカル系のイベントです。主に同人誌を作成して頒布する催し物で、営利ではなく、多数のボランティアによって運営される、それでいて2・3日で50万人前後が参加するという、前代未聞のイベントといってもいいでしょう。
こんな代物をいかに報道できるか、まさにニュースマンたちの腕の見せ所のはずです。わけ分からん人たちが集まって、わけ分からんことをしているのですから。

いい大人まで混じって(というか主体になって)、真夏と真冬、つまり盆と年の暮れに、素人(例外もいますが)が趣味で漫画描いて、それを素人に頒布して、グッズは作るわ立体は作るわ、しかも東京ビッグサイトで

なぜそこまでして? と普通は思うでしょう。

しかも銃持ってるわけでもなければ襲い掛かってくるわけでもない、主な戦場は脳みその中か紙の上という、究極に近い平和主義者たちがわんさかいる場所です。ノーリスクで「特殊」が取材できる、まさに報道者の楽園。当然規制はありますが、何を取材したって規制はあります。だから報道できません、というようでは報道者なんぞやめた方がいいでしょう。

しかし、さて、どうでしょう。
これまでに皆さんが年に二回見聞きしてきたコミケ報道の中で、コミケを「正確に」報道していた番組はあったでしょうか。
「ああそうそう、そういうとこだよコミケって!」と、膝を打ったことがあるでしょうか。
あったらすみません。それは素晴らしい番組です。ぜひ宣伝してあげてください。

私はありません。
なぜなら、コミケの報道では、全然、報道者による「ひも解く力」が発揮されていないからです。

彼らの報道の様子というのは、大抵、こんな感じです。
「年に二回の祭典、コミケが催されました。オタクが集まってます。みんなオタクっぽいですね。50万人集まります。ほら、コスプレでしたよ」
終わり。

ひも解くほどの労力を発揮する気になれないのか(それなら何しに来たんだという話ですが)、元々そうした力がない人が人員として回されているのかは分かりませんが、これで「コミケを報道した」と言えるでしょうか。

なぜできないのか。それは、ひも解く以前に、「知らないから」のような気もします。
コミケとは何なのか。同人誌とは何なのか。一次と二次の違いは。なぜ「販売」ではなく「頒布」なのか。「コミケには『お客』がいない」のはなぜなのか。「出店」ではなくサークル参加、「お客」ではなく一般参加者、この違いは何か。
頒布されているのは同人誌だけなのか。なぜビッグサイトなのか。存在の意義と、抱えている問題は何か。今まではどうであって、これからはどうなるのか。etc。

これら全てを報道してほしいなどとは言いません。不可能でしょう。わざわざ報道すべきではないこともあります。
しかし、知っているのと知らないのでは、天地の差があります
「ひも解く力」がなければ報道にならないし、その前に「知識」がなければひも解けないからです。

毎年二回50万人が集まるイベントでもう充分有名だから、紹介の必要はない?
日本人は一億人以上おるじゃろ?

こうしたなんちゃって報道は視聴者に知ったかぶりを生み、偏見を生み、風評被害をもたらす危険があります。情報を正確に伝えていないのだから、あとはお茶の間の想像力にお任せになるため、ある意味当然です。それで知らん顔されてはたまりません。

オタクという特異な集団に対していいイメージを持っていない人にしてみれば、頭の中に?マークと嫌悪感ばかりが植え付けられるのではないでしょうか。


社会問題を扱うニュースに対して、独自の目線でズバッと明朗な意見を言うコメンテータさんがいます。人気があり、需要があるのはとてもよく分かります。
しかし彼らも、その社会問題の歴史的・人的な背景を知らなければ、それをひも解く「報道」はできません。池上彰さんは知識があり、それをひも解けるからこそ、情報番組の司会ができるのです。

前述の人たちの多くは「細かいことは知らないけど、知らないからこそ自由な発想やユニークな視点、王道の正論が言えるのだ」というスタンスに見えます(というか、この「具体的な知識がない=”無垢”な人こそが正しいことを言える」という価値観が、報道では過度に珍重されている気がします)。

彼らに、情報を「ひも解く」ことはできないでしょう。だから「そのコメンテータの言ってることは分かるし筋は通っているけど、実際には解決方法とはならない」という現象が生まれます。そのコメンテータの意見はひもの外では自由闊達だけれど、絡まったひもの中には刺さっていくことができないからです。


もしかしたら、コミケの取材を任された記者さんはコミケへの造詣が深いかもしれません。たまたまということもあれば、あるいはコミケに詳しいからこそ抜擢されたのかも。
そうであれば、上から「こういう風に作れ」と言われているでしょうから、辛い立場ではあるでしょう。

私も、取材しているご本人含めたスタッフさんをあげつらいたいわけではありません。

ただ、
「テレビで『まともに』コミケが報道されたことって、今までに何回あるんだろう。もしかしてゼロ?」
「不正確で無内容な、ただ通り過ぎながら撮ってきた映像を垂れ流すだけの『報道』しかできないなら、コミケの取材ってなんのためにしてるの?」
「ちゃんとできない(能力的、知識的に)ならしないでくれない?」

という気持ちを抱いてしまうのも確かなのです。


なお、この「知識」と「ひも解く力」、ともに全く持ち合わせていなくてもできてしまう報道があります。
そう、「不倫」ですね。
政治経済外交歴史、なんの知識もなくても、何も考えなくてもニュースにできます。写真週刊誌記者でもテレビのニュースでも同じです。

ひとたび不倫が起きると報道がそれ一色になる、あるいは放映時間の大半が不倫のニュースに割かれるのは、それが圧倒的に報道しやすいからです。専門知識や知の積み重ね、建設的考察など全くなくても、誰でもできるからです。

仮に他のことはできなくても、不倫のニュースならいくらでも作れるのです。

政治用語を知らなければ政治の問題をひも解くことはできませんが、不倫は誰でも報じることができます。知識も技術もいりません。牛を上手に飼うのは牛飼いでないと難しいですが、砂を拾って悪人(暫定)にぶつけ指さすことは誰でもできるのです。

ロッキードもウォーターゲートも冷戦もキューバ危機も、なーんも知らなくても、ただ有名人を追いかけ回し、一方的に「お答えいただけませんか」と叫んで遠目からマイクを向け、くるりときびすを返して「答えていただけませんでした」と言えばいいだけです。
テロップで相手の後ろ姿にかぶせ、「……」とでも表示しておけば完璧です。

報道の体裁は、「週刊誌がこう言ってました」「会見の予定は○○です」「会見でこう言ってました」「不倫はいけませんね」……
先に挙げたコミケ報道とそっくりです。
これと同じノリで、50万人があつまるのにボランティア運営されている世界最大級のサブカルイベントの報道なんてできるわけないでしょうが。

職業に貴賤はなく、あれが仕事なのだから批判するのはよくないというご意見もあるでしょう。
しかし、職業に貴賤はなくても、仕事内容には貴賤があるのではないでしょうか。


ニュースを見る時、私はいかにその番組が、トピックを「ひも解いているか」に注目しています。
いいニュース番組があったら、ぜひ教えてくださいね。

おわり

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