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音も無く降り積もる雪の音

入社式とは多くの人にとって社会人デビューの日。
この日こそ粋な社長の粋な訓示を聞いてみたいという思いで書いてみました。



speech🎤

"今日は君たちに話しておきたいことがひとつある"

と、こんな調子で始まれば新入社員の心構え的なものが王道だろう。
いい意味で予想は外れたと思ってください。

今から話すのは数十年前に実際にあったエピソードです。
場所は都内のとあるラジオ局、その当時は現在とちがってテレビドラマがまだ一般的でなく、ラジオドラマ全盛の時代でした。

各局にはドラマ専門の制作セクションがあり、少数精鋭のスタッフにより決して多くない予算の中で音だけの秀逸な物語を数多く世に送り出していたのです。
音に対するこだわりは今以上といえたのではないでしょうか。

この会社と何の関係があるの?と思いはじめている方もいらっしゃるようですね。顔を見れば分かります。まあ、最後まで聞いてください。



ある時、逃亡者を主人公とする長編ドラマの企画が持ち上がりました。
脚本からオリジナルでつくられたそれはストーリー的には内部でも絶賛され、かねてより制作の候補にあがっていたものでしたが、多くのロケーションを必要とするものでした。つまりスタジオではほとんど収録できない代物だったのです。

勘のいい方はもうお分かりですね。そうです。莫大な制作費がかかるということです。

それでも当時ラジオドラマ界において異端であると同時に注目の新鋭といわれていた担当チーフディレクターは上層部を説得し、なんとか必要最低限の予算と人員を確保します。

順調に制作は進み、いよいよクライマックスシーンに取り掛かることになります。
逃亡の果てたった1人、北海道日高山中の雪深い平原で降りしきる雪を見上げる主人公。

「雪がしんしんと音もなく降り注ぐ」シーンです。

皆さんならここをどの様に作り込みますか?音のないシーンです、ラジオドラマです。シンプルに考えればテープを空で回せばいいと考えますよね。ところがこの作品のチーフディレクターは事もあろうか日高山中にロケを行う提言をしたのです。

つまり「しんしんと音もなく降り積もる雪の音を録りに行く」と言い出したわけです。

スタッフルームは蜂の巣を突いた騒ぎとなります。「チーフは気が触れたか」「そんな時間は残されていない」「もう予算は捻出できない」当然反対意見が噴出します。
最後はチーフの「このシーンで皆さんを感動させられなければ、私が責任をとります」と進退をかけた発言をし、事は決行となりました。


極寒対策を施した一行は日高山脈の広大な平原に無事撮影キャンプを張る事ができましたが、ここから予想外の困難に見舞われ、三日間を棒にふります。
目指した音が録れない、正確に言うと音のない音が録れない状況が続いたのです。
音もなく降り積もる雪のシーンは10秒間。風の音、鳥の声、小枝からの落雪の音、遠くに聞こえる列車や自動車の音、あらゆる微かな音がクリアな10秒間を遮ったのです。

かくしてその時は4日目に訪れました。未明の4時半、誰が指示するともなく準備を整えたスタッフに対し静かに振り上げたチーフの手が降ろされました。小雪が舞う静寂の10秒間、頭の中でカウントされる秒数、7.8.9.10。「コンプリート!」チーフが叫び皆で抱き合いました。


すぐさま一行は東京のスタジオに戻り編集に没頭します。初号が完成し重役を交えた試聴会が行われました。息を殺して皆が聞き入り、やがてラストシーンの音のない10秒間が流れます。そこにいる全員が肩を震わせて泣いたそうです。


誰がなんて言おうと己の信じた道を突き進め!人を感動させる何かをもて!といったスローガンを持ち出したくなります。それはこの場では言いたくありません。音のない音を録りに行ったのは事実です。音のないシーンがあったのも事実です。そのシーンで多くの人がこの上ない感動を受けたのも事実です。

このエピソードは放送当時美談として語られました。「制作過程の困難さを知った上での視聴だった為、感動が上乗せされた」といった意見が一時大勢をしめましたが、「実際に音のない音は存在する」という意見も多く寄せられました。

間違いなく言えるのは、この事象を科学的かその他の方法で解明すべきかを含めて「考え続ける」ことではないでしょうか。こんなことがあった、だけではなく、今の私達はこれを現代においてどう捉えなくてはならないのか皆さんにはそれを探究する目と頭脳を持って貰きたいのです。そして自らの意見を持って頂きたい。

今の時代を生きる皆さんの活躍をお祈りしております。以上。

end




都市伝説にしてしまうのは簡単です。

自分の中で消化(昇華?)して新たなものを作り上げていければ先人の奮闘はより厚みを増していきますよね。

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