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「サイババの呪いか祝福か」

(※これは2021年に書いていた記事ですが、手直しをして、下書きフォルダー保存から公開設定に変更しました)
 
「サイババの呪いか祝福か」

5歳になった2番目の息子の名前はサイくんです。

20数年前にテレビで何度か特集が組まれ、関連書籍もベストセラーになり日本でもブームになった南インドの聖者サイババの町で彼は生まれました。

名付けるまでもなく、息子の名前はサイババにあやかってサイくんとなりました。

もちろん、日本に拠点があり日本人である私ですから、気づいたらなぜかインドにいて子供も勝手に生まれていたというわけではなく、
妊娠中に日本からインドに来て、意図的にサイババの町で出産しました。

私自身は20数年前に母に連れられてこのサイババの街に初めて来てから何度もこの町を訪れ、
日本にいるよりもここの方が親しい知り合いも多い、実家のような場所となっています。

ここは小さいけれど世界につながる町で、
世界中からたくさんの人がやってきます。 インド名物のようなこじきもたくさん居ますし、世界の王族や大富豪、VIPもプライベート ジェットで訪れます。 小さい町なのだけれど殺人やレイプなど悲惨な出来事も起こりますし、もっとも影響力のあ る聖者や霊的指導者も訪れる祝福された町でもあります。

人が生まれるその瞬間にその人の人生の情報が折りたたまれて示されているという考え方があります。
どの個人にとっても、生まれる瞬間と死ぬ瞬間は重要なものです。

親としての私は、一般的な母親のように子供に自分のエネルギーを注げる気がしなかったので、
私としては、せめて子供が生まれる時の状況を整えて、そのことによって自分と子供のエネルギーのつながりを損なわれず強いものとして保つことが、自分にできる最大のことではないかとなんとなく考えていました。

生まれた後は最大限自分の手からは離して他の人に世話してもらうのが誰にとっても良いだろうという気持ちでした。


今17歳の上の子の出産をした時には私はまだ医療関係者の手を借りようと思っていて、水中出産で有名な助産院に最初お世話になっていました。

しかし助産院が提携する病院に行った時に対応してくれた若い医者が意地悪なことを言ったので、
私はすっかり気分を害して、それきり助産院もやめてしまい、
横浜のマンションのユニットバスの中に必死で上の息子を産み落としました。

最後にエコーで彼を見たのがわずか12ミリの胎児の時で、その次に彼を見たのが生まれ落ちてきた赤子の細部まで作り込まれた完全形だったので、これは私が作ったんじゃないなと感心しました。
私は上の子である彼に対しては、神聖な状況で神聖な子供として育てることに全力を傾けました。

インドの聖地に彼と二人で移り住み、毎日聖者に会いに行き、毎日ヴェーダを暗唱させました。

上の子から13年経った下の子の出産の時には私はもう経産婦だったので不安もなく、最初から誰の手も借りる必要を感じませんでした。
つまり私はどこでも産めたのです。

前々から何人かの知り合いがサイババの街プッタパルティで出産した話を聞いてたので、私もその列に加わろうと思いました。
アシュラムと呼ばれる巨大な修行場の宿泊施設の中で、こっそり産みました。
生まれ落ちた州の役場やアシュラムには病院に行く前にあっという間に生まれてしまったと言いました。

産んでから知ったんですが、今までプッタパルティで出産したと思ってた知人たちは、プッタパルティの病院で産んでいたそうです。
彼女たちがアシュラムの中で出産したと思っていたのは私の勘違いのようでした。

ほんとかどうかは知りませんが(そんなことはないんじゃないかと思うんですが)サイくんはアシュラムの中で生まれた最初の子だとアシュラムスタッフに言われました。

サイババのアシュラムの部屋の一室でポトンと生まれたサイくん。
その特殊な出自は彼を縛る呪いとなるのか祝福か。

今サイくんは一日中タブレットでユーチューブのゲーム実況動画を見て爆笑し、
菜食主義者のプッタパルティの街の環境の中で「サイくん、魚食べたい〜」とうるさく言います。

彼は生まれ方がすでに出来上がってるので、私ももう自分は彼に対しては何をする責任もないような気がして、好きなようにすればいいと感じています。

飲み込み圧倒する、暴走する母性の毒牙からは逃れられているから、それはサイくんにとっては間違いなくサイババの祝福だよね! と思います。

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