![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/168818800/rectangle_large_type_2_9fc7b52a4cb5817cb4324ca752a2bd3d.jpeg?width=1200)
吉野で暮らし始めて5年目
はじめまして。
奈良県の吉野町で「ゲストハウス空」を運営しています、
澤木久美子(さわきくみこ)と申します
5年前には自分でも全く想像しなかった「今」を生きています。
町のために自分ができる事があるならば、動くべきは今。
その思いに至るまでのこれまでを振り返ってみました。
最初はたまたま友人である大学教授のゼミ活動のお手伝いで吉野町を訪れましたが、その後、次々と地域の人と繋がり、誘われてイベントに参加したり、またイベントのお手伝いをしたり・・・。その頃住んでいた神戸と吉野を行ったり来たりする生活が始まりました。
そうこうしているうちに、空き家のことが気になり、2019年に空き家をシェアして活用する方法を提案する活動を始めました。私自身がそれまで建築士として設計事務所を運営していたので、趣のある空き家を見るとついつい「勿体ない・・・」と勝手ながら思ってしまう習性(?)があり、何かできないかと考えていたからです。
この活動は「町外からの人と町内の建物や人を繋ぐ仲人さん」を発掘し、移住希望者に紹介する「Come on よしの」という活動に繋がりました。
この活動と並行して、気になる大きなお屋敷に出会いました。それが吉野の渋沢栄一と言われる「阪本仙次」さんが育った旧阪本家住宅でした。
所有者さんにお願いして建物調査に入らせていただくことになり、建物調査をするためと、コロナ禍に心が癒される場所として、吉野町の佐々羅という場所で空き家をお借りして住み始めることになりました。そのご縁で「阪本仙次顕彰会」の発足に誘われ、2020年に数人の仲間と共に阪本仙次氏を顕彰する活動を始めました。
吉野は千年以上前から続く歴史深い場所なのですが、案外近年の歴史や人に関する記録が整っていないことが分かり、阪本仙次氏に関する記録もほとんど残っていなかったのです。
この活動は3年間、毎年報告会を開催し、現在はその記録を一つの本にまとめようと動いています。
この頃に大阪からプロのジャズピアニストである柴田コウメイさんが吉野へ移住して来られました。柴田さんが言い出しっぺとなり、吉野の町でジャズフェスをやろう!ことになりました。2021年の秋、最終的にはジャズに限定せず、コロナ禍で活動の場所を失っていたミュージシャンたちに呼びかけ、「吉野音街道」が始まりました。私も音楽好きだというだけで実行委員会に誘われ、美味しい食べ物も欲しいよね、という要望に応える形でフード担当となり、あちこちに声をかけたり紹介して頂き、吉野の町に音と美味しい食べ物の出店者さんが集まる賑やかな日を実現することができました。昨年4回目が開催され、私は神戸に居た頃から参加していたゴスペルクワイアの一員として3年連続出演することもできました。
また同じく2021年には、空き家の利活用提案の集大成として、「私が実際に空き家をシェアハウスにしてモデルを作ります!」と宣言し、その後すぐに紹介して頂いた元旅館の建物をお借りして、ゲストハウスを運営することになりました。宿を運営するとは思ってもみなかったのですが、たまたまご縁のあった建物が大きくて、シェアハウスというよりも・・・という流れでいつの間にか宿の女将になっていました(笑)。
ただ、せっかく空き家を活用させていただくのに、宿だけでは地域の方に来ていただけない、というわけで、場所の名前を「国栖Core(クズコア)」として、外から来る人と地域の人を繋ぐ場所にしていけるよう、様々な企画をしています。
この建物があった場所が、私が移り住むことになった国栖地区です。
国栖は1350年前の壬申の乱が始まる前に、後の天武天皇となる大海人皇子が潜んでいた場所と言われています。語り継がれた物語の場所が今も存在し、その時に舞われていた翁の舞は「国栖奏」として今も伝統を受け継がれ、途切れることなく毎年浄見原神社で舞われています。
この国栖地区には自治協議会があり、「くにすの杜」の運営に携わっています。そこは廃校跡で、使われなくなった校舎を解体し、役目の終わった場所を元の森に還そうというコンセプトの基、現在はイベント会場やキャンプ場として利用されています。
オープン記念に企画されたマルシェはコロナ禍を理由に中止されましたが、私が移り住んだ翌年から開催が始まり、「くにすの杜マルシェ」の実行委員としてお手伝いすることになりました。
また、私が建築士であることからお声を掛けて頂き、国栖地区自治協議会の中にある美しい村推進部会の空き家問題担当となりました。担当として企画しているのが、空き家問題懇話会「どうする?空き家」と、まち歩きです。
懇話会ではなかなか人と話す機会のない持ち家の今後をどうする?という話や、近所の空き家で気になっていること、などを気軽に話せる会という主旨で、国栖Coreの座敷で座卓を囲み、お茶を飲みながら話す形で開催しています。
ゲストハウスの運営が3年目となり、少し落ち着いてきたので次なる活動を始めました。”吉野アートラボ”というチームを組んで、「吉野と神戸をつなぐアートな体験でまちづくり」を進めるというものです。
私は神戸に居る間、20年ほど所属していたC.A.P.(芸術と計画会議)という団体でアーティストと一緒に様々な活動をしていましたが、その時の仲間に快く賛同してもらい、吉野に来てもらって吉野のアーティストとコラボして親子向けにアートな体験をしてもらうワークショップを企画しています。
神戸から来るメンバーには吉野を知ってもらって、吉野のファンになってもらうというところも目的の一つです。
こうして書き出してみると、よくもまあ色々関わらせて頂いてきたものだと、我ながら呆れますが(笑)、おかげさまでたくさんの人達と知り合うことができ、一人ではできないことが次々と形になっています。
この経験と人の繋がりを大切にして、次のステップに臨みたいと思っています。
次回からは、書き連ねた活動の一つ一つから見えてきたことを書いていきたいと思います。