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ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち(J.D.ヴァンス)

なぜこの本

2024年は世界の多くの国で大きな選挙がある年です。
足許の日本でも次期政権をうらなう自由民主党総裁選挙が行われます。
そしてアメリカでは大統領選挙が11月に行われる予定です。
名物のテレビ討論と間一髪難を逃れた狙撃事件からトランプが大統領になるかも、と感じています。
(ただ、バイデンからハリスに民主党大統領候補が代わって、だいぶ拮抗しているようです)
そんな時、気になった人物が本書の著者、J.D.ヴァンス。
彼はトランプに副大統領候補として指名されている新進気鋭の上院議員。
彼の著書が話題となっていたので読んでみました(積読で話題からだいぶ遅れたことを反省…)。

どんな本

まず日本人に馴染みの薄いヒルビリーとはなんでしょうか。
この本において、ヒルビリーとは下記のように表現されています。

…「スコッツ=アイリッシュ」の家計に属し大学を卒業せずに労働者階層の一員として働く白人アメリカ人のひとりだとみなしている。そうした人たちにとって、貧困は、代々伝わる伝統といえる。先祖は南部の奴隷経済時代に日雇い労働者として働き、その後は物納小作人、続いて炭鉱労働者になった。近年では、機械工や工場労働者として生計を立てている。…

ヒルビリー・エレジー はじめに

貧困は、代々伝わる伝統。
かなり強烈な言葉ですが、ケンブリッジ英語辞書でも

a person from a mountainous area of the US who has a simple way of life and is considered to be slightly stupid by people living in towns and cities.

https://dictionary.cambridge.org/ja/dictionary/english/hillbilly

と描かれており、おおよそ辞書の定義と言えないような書かれ方です。
ヴァンスはそうした家計に生まれ、苦しみながら成長し、上院議員まで昇りつめます。
そして自信の出自であるヒルビリーに親しみを覚えて本書を著したのです。

本書は彼の視点で幼少期から弁護士になるまでが描かれており、その中心となるのは彼の家族。
母は薬物中毒で恋人を頻繁に変えるため、ヴァンスは祖父母と姉に愛情を注いで育てられます。
そんな母への愛憎入り混じった感情や祖父母と姉への思慕が物語を貫く主題。
ヴァンス自身や家族を通じて垣間見るラストベルトでの生活は明るいものではありません。
そこにはアメリカンドリームという言葉が空しく霞む厳しい現実です。
現実、本書の中でもアメリカンドリームの現実について統計的ファクトが示されていますが、こちらも厳しいもの。
以前にご紹介したマイケル・サンデル著「実力も運のうち 能力主義は正義か?」にも通ずる社会階層固定はアメリカを分かつ正のフィードバックがここにもちらつきます。

本書が話題になった理由、つまり、トランプの叫ぶMAGA(Make America Great Again)や陰謀論を信じる人々の背中にあるものへの理解が本書最大の収穫でした。
日本人から見えている典型的アメリカは東海岸(ニューヨーク、ワシントンD.C.、ボストンなど)と西海岸(ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルなど)のごく一部ではないでしょうか。
ラストベルトでヒルビリーと呼ばれる人たちに起きている現実を見るにはうってつけの一冊。
加えて、本書内で登場するアームコ(Armco)の描写を見ていると、昨今の日本製鉄によるUSスチール買収への反対論が根強い理由も理解できます。

第10章まで実話としては暗い話が続きますが、どこか吹っ切れた著者のスタンスもあってさらっとした少年時代の回想。
最後はエレジーに別れを告げた今のヴァンスが見えるようです。

誰に、どんな時におすすめ

トランプが支持される理由が分からない方やアメリカ中西部の最近をご存知ない方におすすめ。
アメリカの経済や内国的な地政学を考える上でも有益でしょう。
また、アメリカにとどまらず、こういったコミュニティ分断は世界の何処でも起きうることです。
まだ見ぬ人々を想う想像力を育む一冊としてもおすすめいたします。


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