「台本」しかめ面の叔父さんのラブレター
蓮沼沙由理(21・♀)……飲食店で働いている。叔父の蓮沼夫妻から実の子のように可愛がられていた。
蓮沼公人(きみひと)(56・♂)……一流企業を早期退職したサラリーマン。やや気難しく、しかめ面が多い。
蓮沼美都子(52・♀)……故人、数ヶ月前になくなっている。明るく茶目っ気のある性格だった。
店員A……沙由理がヘルプで行った先の店員
親族A……蓮沼家の親族
親族B……蓮沼家の親族
シーン1
○喫茶店「キャンバス」(昼)
蓮沼沙由理が食事をお客様に提供している。お客から質問を受けるが、答えられず愛想笑いをしながら
他の店員を呼ぶ。キッチン内に戻り、大きくため息をつく沙由理。
店員A「慣れないところで大変でしょ。大丈夫? 蓮沼さん」
沙由理「いえー一応業務は元の店とは同じなんで……」
店員A「でも細かな違いがあるよね……ウチのチェーンってさ、ヘルプというか人の融通が激しくない?」
沙由理「そうですねぇ……まあしょうがないかなと」
店員A「愚痴ってもしょうがないんだけど……あ、でももうすぐ店落ち着くし」
店員Aは言葉を切って、店の入り口を見ながら苦笑いする。
店員A「あ、あのお客さんだ……」
沙由理、店員Aにならって入り口を見る。
賑わう店内に、スーツをきっちり着込んだ蓮沼公人(きみひと)がいる。
女性店員に案内されているが、しかめ面を続けている蓮沼。
店員A「あの人、最近の常連なんだけど……いつもああなのよねぇ」
店員Aは沙由理を見る。驚く店員A
沙由理「嘘でしょ……」
×××
葬儀場でもしかめ面の蓮沼。やや離れた参列者席から見ている沙由理。
×××
沙由理「お、叔父さん???」
シーン2
○喫茶店「キャンバス」
蓮沼はメニュー表を見ながら手を上げる。注文票を持って近づく沙由理。
蓮沼、顔を上げずに口を開ける。
蓮沼「コーヒー……とイチゴ満喫パフェ」
沙由理「はい。かしこまりました、コーヒーとイチゴ満喫パフェですね叔父さん」
蓮沼、一瞬動きをとめる。顔を上げて、沙由理を凝視する。
蓮沼「あっ」
沙由理「お久しぶりです、叔父さん……あの、甘党でしたっけ?」
蓮沼「沙由理……どうしてここに!」
蓮沼の大声に、周囲の人が目を向ける。咳払いをする蓮沼。
沙由理「ごめんごめん、別に驚かせるつもりはなかったの。ただ、叔母さんはともかくとして、叔父さんがここにいるのがめずらしくて」
蓮沼「アイツは食べ歩きが趣味だったからな……」
沙由理「そうそう。いやーこんなところに会うなんてね、最近父さんにも会わなかったし、結構心配してましたよ」
蓮沼「……余計な心配を」
沙由理(相変わらずだな……)
沙由理「それにしても、なんでこんな可愛い店でデザートを食べてるんですか?」
蓮沼「いいだろ……どこで何を食べたって」
沙由理「そうですけど」
蓮沼「とにかく仕事に戻りなさい。客一人にかまけてる暇ないだろう」
沙由理「はあい」
沙由理、蓮沼から離れる。最後に後ろをちらりと見る。蓮沼、深くため息をついている。
机を指先で叩いている。沙由理、頭を傾げる。
沙由理「謎だわ……」
シーン3
○休憩室
店員Aと沙由理はまかないを食べている。
店員A「え、あのお客さん。蓮沼さんの叔父さんなの?」
沙由理「そうなんですよ。びっくりしましたわ」
店員A「なんか毎度さぁすごい顔で食べてるから、気になってたんだよね」
しかめ面で食べる蓮沼の顔
沙由理「あの人甘党じゃないですからね。よく食べるなと思います」
店員A「そうなんだぁ。普通好きで食べると思うんだけどなぁ」
沙由理「そうですよね……一体いつから何ですか? 来るようになったの」
店員、壁に貼られたカレンダーを見る。目線は一月を見ている。頭を傾ける店員A
店員A「三ヶ月前だったかしらねぇ。めっちゃ大雪の日だったのに来てたからよく覚えてるわ」
×××
頭の上に雪をのせた蓮沼。しかめ面で店員に声をかける。
「雪だるまチーズケーキはありますか」
×××
店員A「ちょっと驚いたなぁ。雪だるまチーズケーキって、去年のものだったから……よく知ってるもんだと思った」
沙由理「叔父さんは去年も来たんじゃないんですよね」
店員A「あんなに毎度しかめ面してる人なら覚えてるわよぉ……今年はカマクラチーズケーキがあると言ったら、それを食べていったわ」
沙由理、唇をとがらす。
店員A「どうしたの」
沙由理「いや、雪だるまチーズケーキが食べたかったわけじゃないんだなぁと」
店員A「そうね、あの人どこかで見たのか、ウチのことはよく知っていたけど。どれも微妙に古いのよ」
沙由理「ふむ……」
店員A「まあ、変な人ってことよね」
店員A、笑う。沙由理も曖昧に笑う。
シーン4
○一年前、病室
ナシを食べる沙由理。ベットの上から蓮沼美都子が見ている。
美都子「ごめんなさいねぇ、せっかく持ってきてくれたのに食べられなくて」
沙由理「……食事制限、そんなにきついんですね」
美都子「そうねぇ。しないと死んじゃうんですって……でも甘いもの一つも食べられないって、きついわね」
美都子、苦笑いする。直視できず、下を向く沙由理。
沙由理「……叔父さん、忙しいんですね。私叔母さんのお見舞いに結構来てるけど、全然見たことない」
蓮沼、せわしなく電話を取り、周りの部下達を見回している。
美都子「そうねぇ。あの人、忙しいから」
美都子、笑う。ムキになる沙由理。
沙由理「でも、お見舞い一つもしないなんて、ひどいと思う」
美都子「ああ、そうねぇ……やっぱり忙しいのよねあの人は」
沙由理「叔母さん、よくそれですむなぁ。私には無理だわ……」
美都子「……長い付き合いだしねぇ。ああ、もう三十年なのね……早かったわ、ふふ」
沙由理「叔父さんはそのことを覚えてるのかなぁ」
美都子「あら、意外と忘れないのよ、そういうとこ」
ベットの脇の棚に置かれたオルゴールを見る美都子。美都子を追いかけるようにオルゴールを見る沙由理。
美都子を見るが、沙由理に対して美都子は何も言わない。口元は笑みを浮かべてる。それからオルゴールを鳴らす。
美都子「ちょっとね、弱いのよねぇ……それだけが気がかりだわ」
○葬儀場
笑む美都子の遺影。参列者がぞくぞくと焼香をしている。挨拶をしている蓮沼。参列者席から見ている沙由理。
親族A「かわいそうにねぇ。まだ五十代だったんでしょ」
親族B「子供もいないし、この後公人さんどうするのかしら」
沙由理、咳払いをする。あっと驚く親族AとB。愛想笑いをしながら沙由理から離れていく。
沙由理(何にも知らないくせに)
○火葬場
親族が待機している。外は雨が降っている。窓を見る蓮沼。スマホを見る沙由理。
画面には1月6日と表示されている。
親族A「公人さん、そこにいたら風邪をひくわよ」
蓮沼「ああ、いいんです……少しここにいたいんです」
親族A「あら、そう?」
蓮沼「はい……」
親族Aは蓮沼から離れる。沙由理は一部始終を見ていて、Aと入れ違いに蓮沼に近づく。
沙由理「叔母さんの好きな曲を思い出すね、こんな日は」
蓮沼「……美都子の?」
沙由理、オルゴールの曲を鼻歌で歌う。
沙由理「……暗く冷たい夜(よ)でも、いつか晴れるなら、どうか」
蓮沼「どうか……その時は、一緒に虹を見よう」
沙由理「すごいじゃん、よく覚えて……」
沙由理、息を飲む。蓮沼、涙を流すが拭いもしない。
蓮沼「雨……降り止まないな」
沙由理「うん。そうだね……」
窓の外の雨は強さが増す。
シーン5
○蓮沼の家の前
蓮沼が家に向かって歩いてくる。下を向いていたが、顔をあげる。沙由理を見つけて、目を見開く。
蓮沼「沙由理」
沙由理「おじさん、庭の草ぼーぼーだよ? ちょっと何とかした方がいいんじゃない?」
蓮沼、沙由理から目をそらす。
蓮沼「そんなことを言うためにわざわざ家に来たのか」
沙由理、頭を横に振る。
沙由理「まさか、まさかだよ」
蓮沼「ならなんで」
沙由理「あのさぁ。叔父さん……会社、辞めたんだね」
蓮沼「なんで」
沙由理、舌を出す。
沙由理「ああ、本当なんだ。変だと思ったんだ。昼間の遅くだよ……そんな時に悠々とパフェを食べられる仕事じゃないよねって」
×××
沙由理と沙由理の父親が向かい合っている。
×××
沙由理「お父さんを問い詰めたの、そしたらねドンピシャ。辞めたんだったね会社。フリーでは一応活動してるみたいだけど」
蓮沼、沙由理から視線を外しながら黙り込んでいる。
沙由理「叔父さん、一体何をしているの?」
蓮沼「お前には関係ない」
沙由理「関係ないって……そんなことを聞いたら、叔母さん悲しむよ」
×××
美都子は幼い沙由理の頭を撫でている。
美都子「我が子はいなかったけど、沙由理ちゃんがいれば……」
幼い沙由理は美都子の顔を見る。笑顔の美都子。
×××
蓮沼「……美都子か」
沙由理「叔母さん。食べ歩きが好きだったよね……病気で入院するまでずっとやってた。私見たことあるの、叔母さんおいしかった店を記録したノートを」
蓮沼はため息をつく。
蓮沼「そうだな、あいつは暇さえあれば出かけていた……それこそ入院しても、食べ歩きしたいと言い出すくらいだった」
沙由理「そんな叔母さんが食べられるなくなってしまうのは、見てて……辛かったよ」
蓮沼「入りなさい」
沙由理「え」
蓮沼、入り口の門を開く。蓮沼、寂しげな表情で。
蓮沼「ここでしゃべっていてもしょうがない話だろう……あまり構えないが、中の方がまだマシだ」
沙由理、蓮沼に着いていく。家に入ると目を見張る沙由理。室内は綺麗すぎるほどに整頓されている。
沙由理「超きれい……」
蓮沼「あいつは、掃除が苦手だったからな」
沙由理「何だか別の家に来たみたい」
蓮沼「分かる気はするな……」
沙由理「叔父さん……?」
蓮沼、沙由理の問いかけに答えず、本棚から何冊ものノートを取り出す。表紙には年月と食べ歩きレポと書いてある。ノートを積む蓮沼。
沙由理「このノート、こんなにあるんだ……」
蓮沼「ああ……こんな記録をつけているなんて知らなかったよ。死ぬ前だ、教えてくれたのは」
×××
美都子「そう、私の本棚の上にね……そういうノートがあるの。あ、おどろいた? それをね……」
×××
蓮沼「是非とも見てくれって茶目っ気あふれながら言うんだ」
沙由理、ノートを手に取り中身を見る。詳細のレポが何ページにわたって書かれている。蓮沼、深く息をつく。
蓮沼「あいつ……独りで食べるのがいやだったんだ、本当は……」
沙由理「そうなの?」
蓮沼「若い頃、まだそれほど忙しくなかった頃に聞いたことがある。……あいつ、独りで店に行って、どんな気分で食べてたんだろうな」
沙由理「叔父さん……」
ノートを開きページを指差す蓮沼。そこには「あなたの好きそうな、塩加減」というメッセージが書かれている。しかめ面になる蓮沼。
蓮沼「俺は、仕事ばかりで……亡くなる前ですら仕事で、仕事に逃げてて」
頭を抱える蓮沼。
蓮沼「あいつに何一つしてやれなかった」
沙由理「だけど、叔母さんは……叔父さんのこと、好きだったよ」
蓮沼「……そうらしいな」
沙由理「叔父さんも、叔母さんのこと好きなんでしょ」
蓮沼「……」
沙由理「なんで黙っちゃうの!」
蓮沼「あのな……そんなことを口に出す年じゃないからだ!」
恥ずかしそうに目をそらす蓮沼。沙由理はきょとんとしてから、笑う。
沙由理「あー。そうか相思相愛かぁ……あ」
真面目な顔をする沙由理。ノートを見つめる。小さく笑う。
沙由理「なんだ、そんなことだったのか」
蓮沼「いきなりどうしたんだ」
沙由理、ノートを差し出す。
沙由理「叔父さん、今までの話で何も分からないの?」
蓮沼「え?」
沙由理「このノート、叔母さんからのラブレターよ」
蓮沼、驚き、肩を引く。
蓮沼「これは、ほっぽり出してた俺への当てつけじゃないのか」
沙由理「だとしたら、こんなに叔父さんに向けてのメッセージはないと思う」
蓮沼「あ……」
沙由理「叔父さんは、なんというか許せなかったんじゃない。自分を……誰かに怒られたかったんじゃないの」
蓮沼「誰も責めなかったな……どんなときも」
沙由理は拳を握る。
沙由理「だって、誰も悪くないから……病気にかかるなんて、誰も思わなかったし……どうにもならなかったし……」
蓮沼「ああ……でも、誰かでも俺でも悪かったら、何故だろうまだ救われた気がしたよ」
沙由理「叔父さん、ネガティブ! 叔母さんが泣くよ!」
蓮沼、困り笑顔をする。
蓮沼「そうなんだよな……あいつ、こういうことのほうが、怒りそうなんだ」
蓮沼、沙由理から顔を背ける。
蓮沼「すまん、沙由理……ちょっとこっちをむかないでくれ」
沙由理もそっぽを向く。
沙由理「うん……見ないよ」
沙由理、窓に近づく。窓の外には夜空が広がっている。押し殺した蓮沼の嗚咽が聞こえる。
○シーン6
蓮沼と沙由理はテーブルに向かい合って座っている。テーブルの上にはコーヒーがあり、湯気が立っている。
蓮沼「ラブレターか、何だろうな……俺はもらってばかりだな」
沙由理「そうだね。しかもラブレターに追い詰められちゃって」
蓮沼「沙由理、そこは色々と察してくれないか」
沙由理「はーい、わかりましたよぉ」
蓮沼、すっきりした顔でコーヒーを飲む。
蓮沼「今度墓に行くとき、お礼を言うよ、美都子に……」
沙由理「良いと思うよ。ついでに返信も書かなくちゃ!」
人差し指を立てる沙由理。蓮沼、頭を傾げる。
蓮沼「返信?」
沙由理「そう! 叔父さんも叔母さん宛てに記録をつけたらどうかなぁ。きっと叔母さん、大喜びするよ!」
蓮沼「そ、それは恥ずかしい……ような」
沙由理「あ、ラブレターを無下にするんだ」
蓮沼「なんでそうなるんだ」
沙由理「えー。叔母さんきっと喜ぶよ、あ」
沙由理、ノートの束から表紙に何も書かれていないノートをとる。ページをめくると無地である。
沙由理「はい、叔父さん。このノート、使えるよ」
蓮沼、視線を彷徨わせるが、やがて観念する。
蓮沼「分かったよ、書けば良いんだろ」
蓮沼、小さく笑う。
蓮沼「美都子のためだから、な……」
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