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「朗読台本」恋人が望むことは「星月堂へようこそ」

「カプチーノは元気ですよ、お仕事頑張って……」

思わずメールを口に出して読んでしまって、駅の真ん中で恥ずかしくなった。
僕はすっかりというか、とうの昔からというか、彼女の言葉を待ち遠しくなっているようだ。
いつもなら感謝の言葉を書いて、それから「何時」に帰るとかいいだすだろう。
けれども残念なことに、ただいま出張中で……僕は住まいのある町から、ずいぶんと遠い場所にいる。

電話、すべきなのかな……と思った。
宿について、一通りのことが終わってからだ。
ぽんと、そんなことを思った。
けれども二週間の出張中は常に忙しい。
セラピストの業務だけではなく、研修担当まで任されているのだ。
スキルアップを願われているのだから、あっちも相当真剣だし、僕も真剣でなきゃいけない。
体は疲労を強く訴えていた。人を癒やす職業であるならば、己の健康管理は重大事案になる。
電話、したいなという思いはぐっと飲み込むしかない。

今電話したら、彼女の柔らかな声を聞いたら、僕は、ずっとつながりたくなってしまう。
電波がつないである限り、時間が許す限り、朝焼けの色を見て、そのまぶしさに目を瞑るまで、ずっと……。
重症だなと思う。重症でいいじゃないかと思う。

君がいることが本当にうれしくて
本当に喋っているだけで、微笑んでいるだけで、嬉しいんだ。
最近カプチーノがそれに嫉妬していそうな気もしてるけど……どうやら彼女とカプチーノ間ではうまくいったようだ。

そのことに少しほっとして、俺はベットの中に入った。
ベットのシーツは少しひんやりとして、毛布の少しゴワゴワとした感触が体を包んだ。
家以外のベットは緊張を少し覚える。けれども疲労がそれを覆い隠すように、僕を眠りへいざなった。

仕事は多忙を極めていた。
出張の間は当然と言えば当然だけど、普段の店とは別の現場で、常連なんて一人もいないところで施術をする。
セラピストだから、人一倍声と表情、そして手つきにも気をつけないといけない。
仕事が終わったら、今度は研修。新米の子を複数入れたらしく、研修は予定より延びることはままあった。
頭が重い、肩が重い……彼女に会いたくなる、カプチーノも撫でたくなる。

けれど連絡をとったら、何かが崩れ落ちそうで僕は堪えた。
翌日の仕事のためにも、休まなきゃいけない。
しんどい体で肉体的精神的負荷をかけてはいけない。

いけない、いけない……そんな言葉が頭をちらついて僕はため息をついた。
店の水槽には赤白の金魚が悠々と泳いでいて、餌を求めるように口をぱくぱくしている。
僕の頭を占拠する「いけない」を、どうか食べてはくれないだろうか。

彼女は僕がほとんど様子を知らせなかったこともあるのか。
日常をメールで端的に生き生きと伝えていた。
彼女は随分元気なようだ。

「寒くなってきたから、ウインナーたっぷりのポトフをつくりましたっ」

「カプチーノは寒がって暖房を要求します」

「新しいマフラーを買ってみました、赤いのです」

それを見た時の心のふわっとする温かみを、なんと言えばいいのか分からない。
それにうまく返信したかった。たくさん言葉を重ねたかった。
でも疲れてしまって、短く相づちを打つようなメッセージを残すしかなかった。

なんて、寂しいヤツだろうか。
昏い気分になるときは、こんな時だ。
そうなると、ますますメッセージを書くのが、嫌になった。

出張が終わったのは、ちょっと厳しいかなと自分の心に問い合わせしたくなってきた頃だ。
また仕事が遅くなって、その日はまた宿に泊まった。
明日から数日は休暇。僕はようやくと彼女に電話をかけた。

「久しぶり、大丈夫だった? そっちは」

僕があんまりにもくたびれた声をしていたせいか、彼女は小さく笑ってしまった。
それの謝罪をさらりとして、彼女は言った。

「ええ、大丈夫。カプチーノも良い子だった……私もわりと忙しかったけど」

「君は強いな、僕は結構くたくた」

「そう? そうねぇ、わりとしっかりとしてるとは思う」

「そっか」

なんだろうか、肩から力が抜けてしまうような感覚。
彼女、しっかりしてるもんなと改めて感じてしまった。
不意に彼女は息を吐いた。

「どうしたの?」

「ん、んー、あのさ」

「うん」

「別に何も困ってないんだけどね……早く、逢いたいな」

僕は一拍呼吸が止まって、それから。

「僕も……」と彼女に囁いた。

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佐和島ゆら
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