亡霊居酒屋 やおよろず ~許しの雨~中編
すいません、取り乱してしまって。わ、私の話ですか……その、とるに足らない話ですよ。それでも語らなければ解放されないと言うのなら。その、私の人生でも何か意味があったということなのでしょうか。
その……あぁ、雨の音がしますね。いつのまに降り出してきたんでしょ。傘、あぁもう私は傘もいらないんですね。私は亡霊の自分に未だ、馴れていないんです。
あなたは雨がお好きですか? お嫌いですか? 私は、そうですね、わりと好きです。私を慕ってくれた生徒との思い出に、雨が降っていました。
脈絡がなくて、失礼ですね。そうだ、順序立てて、話をしていきましょう。
私が先生になったのは、今から四十年ほど前でしょうか。ある中学で教師として働き始めました。
私は美術部の顧問をしつつ、授業では美術を担当していました。美術の授業って、制作の時間が長いでしょ。だから子供によっては飽きてしまって、騒ぐことも多かったんです。だから生徒たちの指導はきちんとしないといけなかった。私は美術の成績がすごい生徒より、まじめにこつこつと頑張っている生徒の方が好きだった。
分かるでしょ。世の中を生きているとき、自分よりすごい人なんて、ごまんといるんです。だから努力をしないといけない、たゆまない努力をした人間に、本来だれもかなわないんですよ。そう……思いたいじゃないですか。
私は怒ると怖いと評判の先生として、それなりに穏やかな教師生活を何年も送りました。信じられないかもしれませんが、その頃の先生というのは、聖職だったんですよ。私の住んでいた地域では先生は敬われていました。地域間が密接で、教師の言うことには間違いはないと、当たり前のように思われていたんです。そうある意味、先生という立場は一人歩きしていた……ということでもありました。
はは、まるで自慢話だ。そうです、私はその時期は充実していました。どこへ行っても、先生、先生と言われて……悪い気分ではなかった。それがああなるとは思わず、私は、ばかばかしいほどに幸せでした。……そうだ。私が記憶している生徒で、一人、とても強烈に覚えているものがいます。
その子はスゴく恥ずかしがり屋なので、外で名前を出したら、きっとそれだけで、怒り出しかねないほどで、だから本名を出すのは控えましょう。とりあえずA、と言います、彼女は。長い髪を三つ編みにして、よく背中に垂らしていました。愛嬌のある顔で、名前も可愛らしかった。口に出来ないのが、惜しいくらいです。
Aは学校に来たがりませんでした。体が弱くて休みがちというより、何かにふさぎ込んでいるといった調子で、教師の中でも、どうやったら学校に来るのか、そんな話ばかりになる生徒でした。Aの親御さんは町からずっと離れたところにある大きな店の社長だったんです。その店を日常的に使えるようになったら、その人はセレブだと子供達が言い出すようなそんな店でした。だから彼女は幼い頃は家にお手伝いと二人きり、中学になると、家に一人きりというのが、当たり前だったんです。親御さんは放任主義で、子供の成績が少し悪くても気にしませんし、高校もどこにいってもかまわないというほどでした。まぁ、彼女の将来は誰の目から見ても安泰と言えたんです。大きくなってどんな職についてもかまわない、それなりの年になれば親が相手を見つけてこよう、そんな具合に。
彼女は学校に来るのは、美術の授業がある日が多かった。友達も美術部の子が多かったんです。だから私は自然とAと関わり合うようになってきました。
Aは可愛らしい猫の絵をよく描いてました。友達の間でも評判で、Aはそれをうれしそうに笑っていたんです。
私はある日、聞いてみました。
「Aはイラストが上手いな。そういうのが好きなのか?」
Aは目をしばたたかせて、少し黙り込みましたが、小さく頷きました。
「そっか、好きなことがあるのはいいことだよ。それは本当に」
「いつか、そのイラストが自分の身を助けるかもな」
Aはその言葉に何故か、哀しそうに笑ったんです。子供には不釣り合いなほどに、全てを諦めたような顔だった。
私はどうしてか、分かりかねました。どうしてそんな顔をするのだろうと。
ぐん、とAに興味をもったことを覚えています。でも……おいおい彼女のことを知ってそれは当然でした。
彼女の家は長く続いている家で、Aは次期当主と言える立場だったんです。彼女は何をしても良かった、次の家を継ぐ者として子供を産む役割さえもつことが出来るなら。彼女はその役割に、そう、嫌気をさしていたんです。
何があっても家を守らなければならない、何をしても、いずれは家の継ぐために、諦めなければいけない。
彼女はイラストを描くことでしか、心が癒やされなかったんです。
ある雨の日でした。川の氾濫こそはしませんでしたが、雨の勢いがすさまじいものがあったんです。
学校は早めの帰宅を促すことにして、部活がなくなった子供達は、迎えの車やバスを使って、ぞくぞくと帰って行きました。
夕方の六時過ぎでしょうか……暗くなった美術室に人影が見えました。まだ生徒が残っていたのかと注意しに行くと。
そこにはAがいました。Aは黙って雨を見ていたんです。
Aに声をかけるとAは雨がひどいことを口にしました。私がそれに同意していると、Aはこう言ったんです。
ーー雨が町を飲みこまないかな……
彼女は時が経つにつれて、学校でも特殊な立場となっていきました。誰もが一流と言う店の、それも社長の娘。
お金は持っていました。彼女の持っているものは女子達のあこがれだったんです。それを当たり前のように持っているAは、嫉妬の対象になっていきました。段々と学校で孤立していくAは、ますます嫌気を募らせていったんです。家どころか、周囲までも。
私はそんな彼女の姿に、自分の姿が重なりました。
私は自分の住んでいる町が嫌いでした。若い頃は絵で生きていくと息巻きましたが、現実ではそうはうまくいかず、先生となってこの町で成功しましたが。若い頃は本当に嫌いでした。
絵を描くだけでは暮らしていけないことや、自分を小馬鹿にする周囲、自分に対する傲慢までの過信もあって、この箱庭のような小さな町が嫌だったんです……。
だけど今の私はかつての私と違って、知識はあったのです。
私はAに大学中に出会ったある男の話をしました。
友人だったその男は絵で食っていくと宣言して、大学をやめていったのです。
周囲は無理だろうとあざ笑いましたが、男は数年後本当にイラストレーターとして活動を始めたんです。
そして少しずつ仕事がやってきた……私は驚いたし、悔しかったし……あざ笑った過去の自分が恥ずかしくてたまらなかった。
絵で生活したいと思いつつもそれを突き通せなかった私が、教職の道を選んだことはけして間違いだったとは思いません。
それでもただ一度の人生を夢に向かって、まっしぐらに突き進んだ彼の姿が眩しかった……。
そんな私の、恥を晒しながらの、この町の外の話に、Aは聞き入っていました。
Aはまだ学生でしたから、外の世界を知らなかったんです。
外の可能性を、感じることもなかったんです。
Aは私を食い入るように見ました。その真っ直ぐな視線は、人によっては愚直と呼ばれるような、がむしゃらさすらありました。
「ねぇ、先生」
Aは言いました。
「どうやったら、外に行ける? この町から出ていける?」
私はある意味ではありますが、ひどく恐ろしいことをしているのではと思いました。
彼女は町一番と言えるような家の娘です。その肩には、見えない重荷を背負い続ける運命を持っていました。
夢を持つことで、彼女、いや彼女だけではない様々な事柄に影響するのではないかと思いました。
でもね、私はそれが面白かったんですよ、実は。
私は子供達のことを鳥のようだと思っていました。子供はいずれ、飛ぶんですよ。いろんな形で。
私はね、自分の故郷に戻った鳥になりました。そして子供達を育てて、羽ばたかせてきました。
Aは、自分の運命を乗り越えられるだけの鳥だ。私はそう確信したんです、その時。
だから彼女に、外へと行く手段を教えたんです。大きく成長するように祈って。
だってね、つまらないじゃないですか。未来ある生徒を、阻むような真似をするなんて。
……全ての話を終わったとき、彼女は突然窓を開けて、雨の降る外に飛び出したんです。
そして全身で雨を浴びて、けらけらと笑ったんです。それは歓喜の叫びであり、笑い声という名の哀しみの発散でした。
彼女は後で言いましたよ。あの時、狂っていたと。うれしくてうれしくて、狂っていたと。
Aはその後、学校に毎日通うようになりました、けして学校が好きになったわけではなかったのでしょう。
でも彼女は心に希望と夢を秘めて、自由を得るために学校生活を勤しみました。
そしてまず、家からずっと離れた有名校に合格したんです。家を出るための第一歩として。
はは、幸せでしたよ、本当に。
そう、この時までは……。
私は恵まれていた。いや、恵まれすぎていたのかもしれません。
彼女が飛び立った数年後、私は、その……教師を辞めました。
……とても、やっていけなかったんです。私は先生として、人を教える立場ではなかったと、身にしみて感じる事態が起こったんです。
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