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デンマークの子ども図書館のしごと
デンマークで子ども図書館の仕事をして5年半ほどになります。図書館大学に在学していた頃から様々な仕事をさせてもらってきました。いつもそれを上手く簡潔に説明できないので、ここにまとめてみることにしました。
コペンハーゲン・ノアブロ地区、公共図書館とブックスタート
公共図書館で初めて担当した仕事は、コペンハーゲン・ノアブロ図書館でのブックスタートプロジェクト。なんと、初めて採用されたのに、始めから終わりまでたった一人でやった仕事です。
仕事内容は、デンマークの文化省が定めた地域(主に生活保護受給者や移民・難民の方が多い地域)に、子ども(0歳~2歳児)向けの絵本や、読書に関するパンフレットの入ったバッグを、定期的に地域の家庭や幼稚園に届けに行き、その家庭で読み聞かせや図書館について話をするというもの。あらかじめ各家庭に手紙で訪問予定日を知らせてから行くものの、たった一人で、知らない家庭の呼び鈴を鳴らし、お家にあがらせてもらって話をするというのは、ものすごく勇気のいる仕事でした。
忘れられないエピソードもたくさんあります。たとえば、インターフォンで図書館から来たというと無視されたり、帰れと怒鳴られたり、もらうものだけ受け取るわと、ベランダの窓から手を出して本の入ったバッグを受け取りぴしゃりと窓を閉められたこともあります。その一方で、お菓子とお茶で丁寧に迎えてもらい、あれこれ様々な話をして楽しく過ごした時もありました。私の名前がアラビア語にもある名前だったこともあり、てっきりスカーフを被った中東の女性が来ると思っていたと驚いて迎えられたこともあります。
移民である自分が、同じように他国・他文化の背景を持つ人々に対して「子どもに絵本を読み聞かせることの重要さ」をどう伝えたら良いのか、常に悩みながらの訪問でした。デンマーク語の絵本を持参しながらも、必ずしもデンマーク語で読み聞かせをしなくても良いということ、絵本を読むことが、子どもと日常会話以上の多様で豊富な言葉を交わすきっかけになるということを話しました。さらに図書館での様々なイベントや他言語サービスについてもあれこれお話ししました。特にある国の人々は図書館からの訪問に対して警戒心が強かったので、彼女たちが普段集まっておしゃべりをする場に参加させてもらい、私がなぜ訪問するのかを丁寧に話す機会を設けてもらったこともあります。通訳さんに訪問時に一緒に来てもらったこともあります。そういうアプローチをして初めて心を開いてくれた方たちもいました。一方で、デンマーク語で本を読めなければ母国語の本でも良いんですよと言おうとしたら、実はその母親たちの多くが母国語の文字さえ読めないとわかり、愕然としたこともありました。
コペンハーゲン中央図書館/児童図書館
次の職場は、コペンハーゲン中央図書館内にある児童図書館でした。ここはコペンハーゲン市内の公立図書館では最も大きく、児童書の蔵書も一番多いところでした。カウンター業務が毎日あったので、本当にたくさんの質問を受けて鍛えられた場所でもあります。
絵本に関する質問がとても多かったのですが、時には、「アストリッド・リンドグレーンの『はるかな国の兄弟』を読んで息子が感動したから、同じような本を勧めてほしい」とか、本を全く読まない(そして不機嫌な)子どもに何を読ませたら良いかなどといった難しい質問もありました。
教員養成課程の学生さんからは、あなたが司書として一番良いと思う絵本を教えてくださいとか、私が日本人だと知って、デンマークの児童文学と比較したいから違いが良く分かる日本の絵本(もこの図書館にはあります)を教えてくださいと言われて、嬉々として探したこともあります。
コペンハーゲン中央図書館で働く以前に、私は友人と2人で「えほんのたね」という日本からデンマークの公共図書館に日本語の絵本を寄贈するというプロジェクトを進めており、日本語の絵本や児童書が全くなかったこの図書館に日本からたくさんの方々のご協力で、多くの絵本と児童書が贈られました。その登録作業をボランティアでしたことがきっかけで、その後ここで少しの期間ではありましたが仕事をさせていただきました。週末などはカウンターに列ができることも多く、経験の浅かった私もここでたくさん調べ物をしたり失敗を重ねながら、デンマークの絵本や児童書について勉強させてもらえた場所です。
郊外の図書館で
コペンハーゲン市内から電車で約30-40分ほど南にある公共図書館でも児童書司書として仕事をしました。カウンター業務が中心だったコペンハーゲン中央図書館とは異なり、ここでは児童図書館に関する様々な業務を経験させていただきました。児童書の選書から、展示、小学校へ出向いてのブックトーク、年間の様々なイベント企画、実施、幼稚園の保護者会でたくさんの保護者を前に、近年の絵本についてと読み聞かせの重要性について話をしたり、おしゃぶりやおむつはずしについての絵本のパンフレットを作ったり。幼稚園児と歌うためにピアノを弾いた日もありました。もちろんカウンター業務もありました。特に選書はとても良い経験になり、どんな本が出版されていて、何をいくつ買うべきなのか、デンマークの司書が選書の際必ず参考にするサイトを見ながら、同僚とあれこれ話ながら勉強させてもらったことは、とても良い経験になりました。
学校へ出向いてのブックトークは、小学生を前にしてデンマーク語で児童書について読みたくなるような工夫をしながら紹介するという、始めはかなりハードルの高い仕事でした。でもこのおかげでたくさんの本を読むことができ、本に関する知識も、そしてデンマーク人の小学生の前で話す度胸も少しつきました。その他、この図書館では業務が多岐にわたっていたことで、児童図書館は本だけではなく、子ども向けの多様な文化イベントを行う場所であるということを学べた場所でもあります。
学校図書館
この公共図書館のあとに仕事をいただいたのが、公立小中学校の図書館です。初めての学校図書館で、業務が公立図書館と大きく違ってとても原始的(!)であることにカルチャーショックをうけました。
例えば、公立図書館では本にICタグが付いていて、返却する人が自分で返却処理をするのに対し、学校図書館の本はバーコードで、低学年の子どもたちにはミスが多いため、ほとんどの本の返却作業を職員(私)がバーコードリーダーで一冊ずつ行わなければならず、しかも返却数が毎日大量なので作業に時間がかかりました。また、返却期限を守らない子どもや職員が多いので、こちらから直接教室に出向いて子どもたちにリマインダをしたり、紛失も多かったり。そういった蔵書管理には多くの時間を割きました。公共図書館の場合、利用者にはリマインダメールやSMSが届きますし、返却期限に遅れるとデンマークでは罰金制度があるのですが、学校ではそのような制度は採用していないため、一人ずつに声掛けをする必要がありました。
その一方で、児童書の読み手さんたちと日常的にコンタクトがあることはとても刺激的で、彼らから学ぶことはとても多いことにも気づきました。公共図書館にいると、自分で何を読みたいかがはっきりわかっている子たちとは直接かかわることはあまりありませんし、親に無理矢理連れられて来る子達は、親が司書との会話を仕切ってしまい、なかなか本人たちと会話ができないということもありました。でも学校では、どんなタイプの子どもたちとも直接関わることができます。更に、公共図書館に絶対に来ないタイプの子たちとの出会いもあります。こういった子どもたちとのかかわりのなかで、学校図書館にしかできない、とても大切な仕事があるということも知りました。
この学校図書館とはご縁があって、次の公立図書館での勤務期間が終了したあとにまた呼んでいただいて戻るのですが、その後は、学校でのテーマウィークでの授業や蔵書検索システムについての授業、メディアリテラシーに関する授業など、様々な授業や教材づくりを担当しました。それはそれまでにはなかった業務です。デンマークの子どもたちは退屈だと感じると本当にじっと聞いてくれないので、多様な方法を取り入れながら、子どもたちにとって「わかった!」「おもしろい」と実感してもらえるような授業を心がけていました。
学校と協働する公共図書館
短期間だけ勤務することになったある公共図書館、この図書館のある自治体は文化事業にとても力を入れているところでした。子ども分野では学校図書館と公共図書館の連携がすばらしいことも特徴的でした。
例えばデンマークの小学6年生には、様々なジャンルの文章を音読する方法が学校の学習課題にあるのですが、それをきっかけに、市内の小学6年生向けの音読コンテストを行うというもの。ここで読まれる作品は、学校・公共図書館の司書が、様々なジャンルの本から選びます。コンテストの最終審査会では、予選を勝ち抜いた子どもたちのクラスメート全員が観客として参加し、声援を送って盛り上がります。優勝者には市長からクラス全員に映画館のチケット(+ポップコーン!)が贈られるというなんとも楽しい企画でした。学校図書館、公立図書館と国語の教員たちの協力によって行われるこの企画は、それぞれの立場の人たちの熱い思いに支えられていて、すばらしかったです。
この公共図書館ではこういった学校との連携以外にも、地域の幼稚園・保育園にたくさんの絵本や読み聞かせ向けの本をカーゴバイクで届けるということもしていました。デンマークの幼稚園・保育園には図書館はありません。どこも近くの公共図書館から本を定期的に借りています。そういった本の入れ替えをしたり、その時期、その時期に必要なテーマなどの希望を聞いて本をお届けすることも業務のひとつでした。
それ以外にも年間の子ども向けイベントの企画、実施、そして児童演劇も何度も招待しました。デンマークの公立図書館では、児童演劇がよく上演されています。週末におじいちゃん、おばあちゃんと観に来る子ども、また平日の場合は、地域の幼稚園・保育園・小、中学校の子ども向けに上演します。そのため、年間の児童演劇カタログとにらめっこしながら、舞台の大きさ、予算、対象年齢、内容等を詳細に検討し、自分たちの図書館に合ったものを予約します。当日準備の手伝いをすることもありますし、来てくださった劇団の方々(ひとりだけのときもあります)をお出迎えすることも業務のひとつです。時間が上手く合えば実際に演劇を見ることもありますが、カウンター業務と重なることも多いので、お客さんとして来ていた人々から反応を聞いて、次に生かすことも多いです。
と、こんな感じでこれまで児童図書館の仕事をしてきました。児童図書館勤務とはいえ、本と関わる時間は業務全体の半分もないかもしれません。それでも本に関わる仕事である以上、できるだけ時間を作って少しずつ読むようにしているという感じです。どんな同僚からも言われるのが「全部の本を読むことはできないのだから」です。その言葉に支えられながら、コツコツと、それでも新しい本を受け取ってその匂いをかぐと、あぁこれもあれも読みたいな~となります。
私はこの国で生まれ育っていないし、デンマーク語も大学生の時に初めて学んだ言語で母語ではないので、なぜ私が、この国で子どもに本を届ける仕事をしているのだろう、私がこの仕事をする意味はなんだろうと考えることが多く、うまくいかないと感じたり、落ち込むことも多いです。でも、目の前のことを丁寧にやっていくなかで、その都度答えを出してきたという感じです。私自身、自分の2人の子どもたちがデンマーク語と日本語の2言語を習得するという環境で暮らし、幼少期に豊かな言葉やお話に出会うことの大切さ、そして親がその場に立ち会うことのすばらしさを感じていることも、この仕事に惹きつけられる大きな理由のひとつなのかもしれません。
デンマークで仕事をする上で良いなと感じるところは、何でも自分から提案、企画して進めていける柔軟性があること、そして司書さんたちがみんな本当に優しい!ことです。周りの人々に助けられながら、縁があって出会ったこの仕事に携わってこられたのだと思います。
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